消滅の魔女と四英傑 〜天才少女、異世界へ降り立つ〜

酒粕小僧

舞剣

クリスは余りにもライチェスの帰りが遅いので、ギルドに来ていた。


「はぁ?鬼人の傭兵達に弟子入りを懇願されて、ギルドから出て行った?」
「だって彼かなりの腕利きじゃないですか、弟子入りの志願者が現れるのも時間の問題だったんじゃないでしょうか。そもそも鬼人がいるところで『堕落龍フォールドラゴン』を倒したと言ったのが一番の原因だと思いますけどね」
「私の特訓というか実験に付き合った時に偶々出くわしたのをアシュナへの手土産だと嬉々として挑んでいたわね。本当、アイツのアレは反則ね。全ての物理、魔法を防ぐ上にアイツは一方的に内側から破壊出来るから硬くても関係ないのよ」
「そもそも、鬼人に気に入られる魔人というのも珍しいんですけどね」


鬼人にとって魔人は魔法に頼り切っただらしない連中という印象を持つ者が多い、それは傭兵稼業などの戦いを生業としてる者ほどその印象が強いのだ。


ライチェスは街の郊外にて、鬼人の傭兵達を説得していた。


「弟子にはしてあげられないけど、手合わせくらいならしてあげるよ。これで勘弁してくれないかな?」
「おぬしはやはり魔人なのが惜しい程の逸材、弟子になりたくば、力を示せとむしろ胸を貸していただける事に感謝したい」
「そういう意味で言ったんじゃないけどね」
「違うの?」
「僕にとってはシュナとの時間を大切にしたいからね。仕事でただでさえ君と一緒にいる事が出来ないのに弟子なんて出来たら更に君と一緒にいる事が少なくなってしまうじゃないか・・・うわあああ!!しゅ、シュナ何時の間に!!」


鬼人の傭兵達の中にちゃっかりとアシュナが混じっていた。


「ライちゃんがそこの叔父さん達と街の外に出るのを見かけたから何かあったのかと思って」


アシュナはライチェスが心配でついてきた感じだった。


「姫!!」「お嬢!!」


鬼人達はアシュナの存在に気付くと膝をつき頭を下げる。


「うーん?ここにはお爺ちゃんがいないから、そこまでかしこまらなくてもいいんだよ」


アシュナは困った様子だった。


「いえ、お嬢は我らにとっては鬼人の宝、それはラセツ様が不在だろうと変わらない事実です」
「ふーん、あまり気にしなくてもいいんだけどね。そうだ!!お爺ちゃんに私のお婿さんが見つかったから、そっちに帰ったら挨拶しに行くねと伝えておいて」
「!!」


そのアシュナの言葉でこの場が凍り付く。


「お嬢、いけません。そんな何処の馬の骨とも知らん者を・・・」
「そうです。少なくとも我らが納得する力を示せる者ではないと」
「最低限、この者が倒した『堕落龍フォールンドラゴン』は倒せないと」


ちなみに『堕落龍フォールンドラゴン』は準接触禁忌種の中では最も危険な部類である。


「倒したよ。というかそこにいるのが私のお婿さんだよ」
「なんと!!」
「この者が!!」


そのアシュナの言葉で鬼人達は納得した。


「成る程、お嬢が認める程の腕利きだということはますますおぬしに興味が湧いた。さっさと始めよう」


傭兵の隊長と思われる男は二本の小太刀を逆手に持ち姿勢を低く構える。


「『舞剣』・・・だったかな。武芸を剣術に取り込んだ美しさと強さを併せ持つ二刀剣術、使い手を選ぶ剣術とも言われ、免許皆伝を持つ者はごく僅かしかいないとされる剣術、その逆手下段の構えは『舞剣』独自の構えだ」
「おぬし、なかなか分かるじゃないか!!本当に魔人にしておくには惜しい程の逸材だ!!」
「それなら、僕も相応の武術で相手をしよう」


ライチェスは両腕の力を抜き、右足を約半歩前に進め、左かかとをやや内側にずらし、両腕は自然に垂らす。


「その構えは『悟掌拳』か!!」
「実はこれで鬼人にどこまで通用するか試した事がないんだ」
「面白い事を言う。その『悟掌拳』を含む鬼人の体術がどういうものか知らぬおぬしではなかろう?」
「そうだね。鬼人の体術は鬼人以外は体得できない。それは剣術等とは違い、鬼人の体術は『神通力』が使える事が大前提だからだ。だからこそ、『神通力』の熟練度が最も出る武術であると言われてる」
「それを分かって試そうというのは傲慢というものだ。だが、それでいい!!おぬし本当は鬼人ではないのか?その強さに対する傲慢は鬼人なら誰しもが持つものだ!!」
「いや、傲慢なんかじゃないさ。ただシュナの前だからね。どこまで扱えてるか分かると思ってさ。ほら、早くかかって来なよ」
「それではいざ参る!!」


傭兵の隊長は刀を振り上げるがライチェスの手刀で軌道を逸らされ、ライチェスの蹴りによるカウンターを受ける。


「くっ!?」
『な、『悟掌拳』にはこんな技はないはず。これは『裂蹴脚』の動きではなかったか?』


傭兵の隊長は予想外の攻撃に防ぐのが一瞬遅れてしまった。


「僕がどうして『悟掌拳』しか使わないと錯覚していた?」
「なん・・・だと・・・!?」


『悟掌拳』とは、主に徒手の護身術で主に返し技が多く、守りに特化した武術である。
それに対し『裂蹴脚』は蹴り技による攻めに特化した武術なのだ。
ライチェスはこの二つを組み合わせることで独自の体術を獲得している。


「そうか、『悟掌拳』と『裂蹴脚』の合わせ技か!!なかなか粋な事をする」


ライチェスは拳足で傭兵の隊長の刃を受け止めつつ、『舞剣』を迎え撃つ。


「な、なんて、奴だ!!いや、なんて『神通力』だ!!隊長の『舞剣』を生身で受け止めるなんて!!」
「凄いでしょ。私のお婿さん」
「お嬢の目は確かなようですね。我等の刃を生身で受け止める程の『神通力』となると相当の熟練者でしょう」
「でも、ライちゃんはこんなものじゃないよ」


アシュナは成長途上の小さい胸を張る。


「おぬし、かなり『神通力』を極めておるな。ここまで強い『神通力』の使い手は鬼人でも達人クラスで、おぬしの歳でここまで使いこなせたものはなかなかいない、鬼人以外じゃおぬしが初めてかもしれんな。ならば、拙者も出し惜しみなどする必要はないな!!」
「それなら、僕も相応の力を見せてあげるよ!!」


隊長の攻撃速度が上がるとライチェスは拳で全て弾き返し、蹴りをお見舞いする。


「うぐぅ!!」
『今のが見えていたというのか!!此奴、拙者の動きが見えている!!』


隊長はライチェスと距離を置く。
隊長は腰を落とし、右手を胸の前に左手を肩甲骨辺りに持って行き構える。


「あ、あの構えは!!」
「『舞剣』奥義『百花繚乱』だー」


アシュナは当然の如く知っていた。
むしろ、鬼人の扱う剣術で知らない技はないし、鬼人以外の剣術でも一度見た技は大抵覚えている。


「これを使わせる猛者に出逢えたことに感謝する」


この奥義は例えるなら独楽である。
片脚を軸とし腰回りをひねり回転力で相手を何度も切り刻む『舞剣』の奥義である。


「あ、アレは!!」


それに対しライチェスは両手を上げてるだけである。


「ライちゃん、やっぱり『前羽』も使えるんだ」


一見無防備に両手を上げてるように見えるが攻撃範囲に入った相手を返り討ちにする為の構えである。
どうしてもライチェスの領域に入らないといけない『百花繚乱』とは相性が最悪な返し技である。


「せ、攻め込めん!!」


隊長はライチェスの隙のない構えで理解した。
どう攻め込んだところで攻め込んだ瞬間に返り討ちにされるイメージしか出て来ないのだ。


しばらく拮抗状態が続いたが隊長はそこで根負けした。


「こ、降参だ」


隊長はライチェスに勝てない事を察し降参する。


「確かにアレは、『百花繚乱』では相性が悪い。その上此奴は、胴体視力を『神通力』で跳ね上げ拙者達とは異なる時間で動けるようだ」
「数秒程度しか出来ないけどね」
「それが出来るのは初代の『力の神徒』か現在の『力の神徒』ラセツ様、そしてお嬢くらいだ。しかも、『神通力』による肉体強化を維持しながらやるには、精密な魔力の制御が出来ないと不可能だ」
「制御に関しては昔から得意だったからね。むしろ、それしか取り柄がなかったくらいさ」


ライチェスはゼファードの修行によって強くなったが、その根幹にあるのはアシュナの存在である。


「僕はシュナの為に強くなるって決めたからね」
「・・・お嬢は本当にいい者と出会ったようだ。気に入ったぞ。確か、ライチェス・クロムスだったな。おぬしにはいつしか義兄弟の盃を交わしたいものだ」


鬼人では気に入った相手と義兄弟の契りを交わすことはよくある事だが、それは主に人間や獣人が多く、魔人となると珍しいのだ。


「ライちゃん!!」


アシュナがライチェスを見つめる。


アシュナの方が身長が低い為どうしても上目遣いになっていまう。
アシュナはこれでも一三歳であり、ライチェスは十五歳なのである。
魔人や鬼人といった長寿な種族は発育が遅い傾向があることが多い。


「私と手合わせしてくれない?」
「・・・!?」


ライチェスはアシュナの予想外の言葉に思考を停止した。
アシュナとは一緒に特訓はしてるが手合わせなどした事などなかったのだ。
それが、今の手合わせを見てアシュナもライチェスと手合わせしたくなったのだ。
そもそも、ライチェスはアシュナとは例え手合わせだろうと戦う気はなかった。
ライチェスにとってアシュナは護るべき対象であって、戦う対象ではないからである。


「シュナ、僕の力は君の為にあるものであって君と戦う為にあるものじゃないんだよ」


ライチェスは必死にアシュナを説得する。


「ライちゃんは、私と手合わせしたくないの?」


アシュナは瞳をウルウルさせてライチェスに懇願する。
それがライチェスにとっては今までで一番辛い選択だったかもしれない。
アシュナの悲しい顔は見たくないのとアシュナと戦う訳にはいかないという葛藤にライチェスは苛まれていた。


「そういえば、僕等特別生同士が戦う事は例え腕試しだろうと御法度だと先生が言ってなかった?」


ライチェスは、クリスが生徒会長と学園長にこれを校則に追加して欲しいと頼んでいた。
その理由は、ミュラーとアシュナの一件があるからである。
今年の特別生は力が有り余ってる上に、強大な能力持ちしかいないので、街に影響が出ないところ以外の私闘を禁止している。
クリスが一番問題視してるのはミュラーとアシュナの喧嘩である。
この二人が本気で喧嘩をしたら、草木一本すら残らないというのがクリスの見解だが、ライチェスやエリックも同じ考えである。


「お姉ちゃんの許可を得ればいいんだね!!」


アシュナは慣れた手つきで、通信術式が書かれた付箋を使い、クリスに繋ぐ。


「はい、クリスよ」
「あっ、お姉ちゃん、アシュナだよ。ちょっとだけお願いがあるんだけどいいかな?」
「あまり、無茶なこというんじゃないわよ。私はお使いを頼んでいつまでも帰ってこない馬鹿を探してんだから」
「それって、ライちゃんのこと?」


そのクリスの声にライチェスは冷や汗をかいている。


「そう、あの馬鹿助手を探してるのよ。見つけたら私が怒ってたって伝えてくれない?」
「ライちゃんなら、ここにいるよ」
「でかしたわ!!流石、私の妹分ね。ご褒美にお肉食べ放題を奢ってあげるわ!!」
「本当!!」


アシュナは肉食べ放題という単語で喜ぶ。


「アンタの通信術式を探知してそっち行くわ。ところで私にお願いって何?」
「そうそう、ライちゃんと手合わせしたいの」
「どうして、そういう流れになったか凄く気になるところだけど、そうね・・・そいつのお仕置きも兼ねて許可するわ。その代わり、私が立ち会うから待ってなさい」


ライチェスはクリスの言葉に真っ青になる。
クリスがライチェスの想像以上に怒っていることを理解したからである。
クリスの『消滅』はライチェスの力を持ってしても避ける事は出来ても、防げないからである。
それ以前に、ライチェス自身でアシュナを相手にしたイメトレをした事があったが、勝った試しが無かった事もある。
アシュナの斬撃は例え達人級に鍛え抜かれた『神通力』ですら断ち切ってしまう。
避け続けて反撃をすればいいが、アシュナの本気の斬撃は音すらも置き去りにする。
そんなのを全て避けきる自身などない。
接近戦最強種族頂点の間合いに踏み込む事自体自殺行為そのものなのだ。
しかも、アシュナの実力はまだ未知数なところがあるからである。
ライチェスとしては、そういうこともあり、二重の意味で相手をしたくないのだ。

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