消滅の魔女と四英傑 〜天才少女、異世界へ降り立つ〜

酒粕小僧

愛の魔闘家

龍人ミュラー・ハウセルは屋上で休んでることが多い。
その姿を見れば誰もが不良だと思うだろう。
しかし、この男はサボりはせずきちんと授業を受けている。
そんな男をまったく恐れもしない、不良天才少女ことクリス・スロットが歩み寄る。


「あんた、よくも私にいい加減なことを教えてくれたわね」


クリスはミュラーを睨みつける。


「何のことだ?」


ミュラーは当然何のことか分からない。


「『付与魔法』のことよ!!ライチェスに聞いたら全然違うじゃない!!あんたのせいで恥をかいたのよ」
「ナニッ!!」


ミュラー自身そう教わっていたのでそれが違うことが驚愕だった。


「そんなはずはない。俺は今までそう教わって来たぞ」
「ちなみに成功したことは?」
「・・・言われてみればないな。そもそも『付与魔法』など使う必要がなかったからな」
「自分で成功させたこともない癖にやらせようとするなんて一体どういう神経してるのよ!!」


クリスはミュラーの言い訳など聞きたくなかった。


「落ち着け、そもそも『神通力』もそうだが、『付与魔法』が開発された時、それをいち早く理解できたのは鬼人と獣人くらいで、龍人、鳥人、魔人はただ単に魔力を纏わせてるだけだから教わる必要など無いと判断したらしいから具体的な事は分かってないんだ」


ミュラーは昔の様子をクリスに話す。


「はぁ、なんとなく魔の民と呼ばれる連中に強調性がないというのは理解できたわ。結局、相手を見下すことしかしないんだもの」
「それはあの鬼人が言ったのか?」


ミュラーの目の色が変わる。
アシュナに言われることが相当気に触るようだった。


「アシュナじゃなくライチェスが言ったのよ」
「そ、そうか、あの男が言うなら間違いはないのだろうな。それで、『付与魔法』とはどういうものだったのだ?」


ミュラーは何故かそわそわしていたのを見て知りたいのだなとクリスは気付く。


「それはいいけど、その代わりあんたの使う『召喚魔法』を教えてもらうわ!!それなら、あんたでも間違えずに教えられるでしょ」
「そ、それは難しい相談だ」


『召喚魔法』はミュラーにとっても極秘の魔法らしく教えたくないようだった。


「こうなったら仕方ないわ。本当はライチェスに秘密にしろと言われてるんだけど、あんた達を苦しめる樹の秘密をあんただけに特別教えてあげてもいいわ」
「それは本当か!!」


ミュラーは当然喰いついて来た。
それを分かってるからこの話をした。


「その前に『付与魔法』について私が話す。その次にあんたが『召喚魔法』について話す。話してくれたら例の樹について教えてあげるわ」
「ライチェスが嘘を言ってる可能性はないのか?」
「あいつは相手の信用には誠実に応えてくれる。そんな男よ。言い訳ばかりして誤魔化すあんたと一緒にするんじゃないわ」


クリスはミュラーを睨みつける。


「お前、俺への当たりキツくないか?」
「そう思うなら、ライチェスを見習って誠実に生きなさい」


クリスはミュラーがそうなってくれるとは一切信用していない。


「とりあえず、私からね」


クリスはライチェスに教わった『付与魔法』を説明する。


「確かに、そのような考えは俺達にはないな。魔法は才ある者に与えられると教わるからな。だから、ものに魔力が宿るという考え自体存在しない」
「そんなだから鬼人にやられちゃうのよ」
「なんだと?」


ミュラーは鬼人の話が絡むとすぐムキになる。
ライチェスだったら、アシュナが絡んだ話だとしても多少は我慢する。
辛抱強さに欠けることもミュラーの欠点だとクリスは思っている。


「さて、次はあんたの番よ。嘘を教えてもすぐバレるんだから下手な嘘はつかないことね」
「人を嘘付き呼ばわりするのはやめて欲しいんだが、信じる信じないはお前次第だ」


ミュラーはまさか自分が嘘付き呼ばわりされるとは思っていなかった。
ミュラー個人では間違いは誰にでもあることで嘘を教えたつもりはないと思っているからである。


「お前に出来るか分からんが、魔力を放出し続け召魔を呼び出し契約し、自分の魔力を分け与え使役する。魔力量によって当然出てくる召魔も違う。強い召魔程必要な魔力が多い。昔は強い召魔を呼ぶために複数で呼び出すと言うこともやっていたが、効率が悪いから今は行われていないがな。ただ魔力を放出するだけじゃないのがこの魔法の難しいところだ。自分の力を召魔として具現化させるのがこの魔法だからな。自分の力をイメージしながら放出するのが大切だ。一回やって出るとは思わないことだ。それで嘘付き呼ばわりなどされたらたまったものじゃないからな。さて、教えてもらうぞ、あの忌まわしき樹の秘密を」


ミュラーはかなり必死だった。
あまりの必死さにクリスはドン引きする。


「なんてことはないわ」


クリスはライチェスに教えてもらったことをそのまま話す。


「成る程、確かに『干渉力』のみを無効化するなら奴等の『神通力』には通用しない訳か。だが、あの男詳し過ぎやしないか?」
「嫁が鬼人だから仕方ないわよ」


クリスは特に気にしてなどいない。


「ナニッ!!ライチェスは既に籍を入れているのか!!ご祝儀の準備すらしてなかったぞ!!いつの間に」


ミュラーは何故か悔しそうだった。


「何言ってるのよ。まだ、籍は入れてないわ。それにあんたアシュナは天敵なのに祝っていいの?」
「何を言っている?俺が祝うのは、ライチェスだけだが?」


何だかんだでミュラーは情に熱い男なのでライチェスを盛大に祝ってやりたかったのだ。
例えその相手が天敵の鬼人であったとしてもそれくらいの甲斐性がミュラーにもあった。


「お前が俺をどう思ってるかは聞きたくもないが、俺は友にはそれなりの敬意を払うぞ」


ミュラーにとってライチェスは大切な友人である。
それにミュラーはライチェスを一人の男として尊重している為、子供扱いしていない。
ミュラーはライチェスが『愛の神徒』だということは本人から聞いて知っているが、本人に誰にも言わないでと頼まれたので話していない。
それこそが、彼なりの誠意というものなのだが、それを理解できないクリスはミュラーの評価をどんどん落として行くのだ。


ーーーーー


その頃、ライチェスはたくさんの鬼人の傭兵に囲まれていた。


『どうしてこうなるんだ』


ライチェスは普通に仕事をもらいに来ただけだった。


ーーーーー


ライチェスはギルドに入ると中にいた冒険者や傭兵達の視線がライチェスに向かう。


「アレが『愛のラヴァーズ魔闘家ファイター』か・・・」
「嘘だろ。まだガキじゃねえか!!」
「口には気をつけろ!!あいつは『消滅の魔女』以上にヤバい奴なんだ!!戦闘を愛するほど好きな戦闘狂だ!!出会った敵を嬉々としてを葬るらしい」
「噂では、イーガル卿を再起不能にしたのも奴らしいぜ」
「マジかよ。どう見ても優男のガキにしか見えないんだがな」


ギルドの冒険者の大半はライチェスにヤバい奴を見るような視線を向けているが、ライチェスは分かっていない。


「クリス・スロットから仕事をいただきに参りました」
「ど、どの様な仕事をご所望ですか?」
「うーん、出来ればやりがいがあって経験がつめそうなのがいいのがいいかな」
りがいがある奴ですね」


その言葉を聞くと周りの冒険者や傭兵達が騒ぎ出す。


「あいつ、また戦いを楽しむ気だ」
「次は一体何が奴の餌食になるんだ?」
「そういえば、以前スケイルグリズリーの死骸を素材として引き渡してなかったか?」
「それって準接触禁種のか!!それが出来るのは『消滅の魔女』くらいだったはずだが?」
「馬鹿野郎!!奴は『消滅の魔女』の右腕『爆烈の悪魔』だ。むしろ出来ない方がおかしい!!」


ライチェスにはクリスが考えた『愛のラヴァーズ魔闘家ファイター』の他に一部の冒険者や傭兵達が、相手を情け容赦なく嬉々として爆破、爆砕、爆殺する姿から『爆烈の悪魔』という異名で恐れられている。
実は本当に魔女に仕える悪魔なんじゃないかという話があるくらいである。
最終的にそんな悪魔を抱えてる『消滅の魔女』が一番ヤバい奴なのではと思われてる。


「こういうのはどうでしょう」


受付がライチェスに渡したのは、ブラッドオークであった。
準接触禁忌種ほど危険な相手ではなく血の気が多く知能が働くため面倒な相手である。
相手としては悪くはないが、場所が幻夢の森という禁足地の近くというのに不安しかなかった。
そこは行方不明者が多く出没する場所なのだ。
一説ではサトリが子作りの為に攫うという話がある。
サトリはどういう訳かどの種族と交配してもサトリしか産めない上に女性だけしか存在しない。
その為、一人の男を死ぬまで回して死んだら捨てるという話がある。
彼女達には子供に対する愛情は存在するが男など所詮は子を残す為の種でしかないのだ。
ライチェスはその意味を分かってないが、行方不明者が多いという意味で危険だという認識だった。
ブラッドオークより、この場所という条件が高いランクに設定されてる要因だろうとライチェスは察する。


「流石に接触禁忌種と鉢合わせるとまずいからやめておくよ」


ちなみにサトリは接触禁忌種に認定されている。
元々は魔人の変異種だというのを誰もが忘れ、魔物扱いされているのだ。
それほどまでにサトリは嫌われているのである。


「そうですか、あの辺は昔からブラッドオークが集まる時期があるんですよね。場所が場所なので研究熱心な学者すら近寄らないんです。一説ではサトリがオークの王を使役してるんじゃないかという話があるくらいです」
「オークにそんな存在がいることは知らなかったよ」
「まぁ、あくまでも一説です。そもそも、奴等には協調性というものがなく、群れで行動することがないですから、もしかすると群れを束ねる王に近い存在がいるのかもしれないと言われてるだけです」


あくまでも一説で、根拠などないという話だが、サトリなら確実に知ってる可能性があるらしい。


「・・・たまにはこういうのも受けるのも悪くなさそうかな」


ライチェスは『植物の霊薬シャルト・リューズ』の納品依頼を受ける。


「それ、霊薬の精製ですよ。できるんですか?」
「できないなら、やらせるだけですよ。」
「はい?」


ギルドの受付はライチェスの言ってる意味が分からなかった。


「先生は素晴らしい方なのですが、僕に対する無茶振りがそれはもう酷いんですよ。スケイルグリズリーを倒すよう言ってきたり、最近では堕落龍フォールンドラゴンを倒したばかりなんですよ」


ライチェスがそれを言うと鬼人の傭兵達がガタッと立ち上がりライチェスを取り囲む。
それが今の状況である。

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