消滅の魔女と四英傑 〜天才少女、異世界へ降り立つ〜

酒粕小僧

出会い

それは彼が五歳の頃だった。
彼が彼女が会ったのは、帝都ガラーディン人間の国の主要都市である。
親が研究会で滞在する予定でたまたま、兄達の面倒を見るために連れて来られていた。


「これを片付けるのか・・・ハァ」


ライチェスは兄と弟が散らかした部屋の掃除を任されていた。
ここまで散らかした兄や弟は既に外へ遊びに行った。
それは溜息もつきたくなるだろう。


「うわあ!!」


ライチェスは箱をどけると黒光りする虫が出て来る。


「ハァハァ・・・いつ見てもこれだけは慣れないや」


ライチェスはその虫の死骸を紙に包み外に出すと魔法で焼き尽くす。
その頃はまだ炎の中級魔法までしか使えなかった。
ライチェスは指先一つ一つに火を灯していく。
最初は親指から小指へ点けたら順番と逆に消していき、次は小指から親指へ着け順番と逆に消していく。
簡単そうに見えるが、なかなか高度な技なのだ。
魔力の調整を点ける指と消す指で切り替えなければならないのだ。
スピードが上がれば上がるほど難易度が上がる。
自身の魔力をコントロールする練習を空き時間にちまちまやっている。
食事は基本的に自分で作る。
いつものように硬いパンと薄いスープだ。
パンをスープに付けて食べると多少はましになるが、酷い料理である。
兄や弟が散らかした部屋を掃除し、服を洗濯し、料理を作る。
魔法はその合間に鍛えていたそんなある時だった。
鬼人の女の子が鞘と紐で繋がれた剣を投げては鞘に収め、鞘を投げては剣に収めていた。
ライチェスも見ただけで『遊剣』だと分かった。


「凄いね。それ・・・余りにも上手いからつい見惚れてしまったよ」


彼女のそれは剣や鞘に意思があるかのようだった。


「うーん、やってみる?」


彼女は少し考えてからその刀と鞘をライチェスに貸し渡す。


「おっと!!」


やってみると分かるが、かなり難しい。
ライチェスは諦めず何度もやるが結局出来なかった。


「明日もここにいてくれるかい?」


ライチェスは駄目元で、言ってみる。


「うん、いいよ」


翌日、一通り仕事を終わらせて同じ場所に行くと彼女が待っていてくれた。


「もしかして、待っていてくれたのかい」
「うん」


彼女は返事をする。


「まず、僕がやる前にもう一度見せてよ」


彼女は昨日とは違い背面でやって見せたり、鞘を蹴って刀を収めたりしていた。
流石にこれは無理だと思った。
ライチェスはとりあえず普通にやって見る。


「コツとかないのかい」


ライチェスは結局何度やっても出来そうにないのでコツを聞くことにした。


「うーん、コツ?」


彼女は首を傾げながらジェスチャーで「こうやってーこう」とやって見せるがさっぱり分からなかった。


「ハァ、結局今日も出来なかった」


ライチェスは結局一度も出来なかった。


「明日も来てくれる?」
「えっ!?」


まさか、向こうから言ってくれるとは思わなかった。


「ダメ?」
「・・・君さえよければ」


そして、ライチェスは暇を見つけては彼女に会いに行く。
ライチェスにとってそれは日課になった。
そんなある日、鬼人と遊んでることが両親にバレた。
ライチェスは自分の仕事を放ったらかしてそして、よりにもよって鬼人と遊んでいたということで一週間家から出してもらえなかった。
もちろんライチェスは自分の仕事はしっかりとやっていたし、自身の鍛錬も欠かさなかった。
流石にライチェスも一週間も来なかった相手を待つ訳がないと駄目元で広場に行くと彼女が待っていてくれた。


「あっ!!」


彼女は嬉しそうに近寄って来る。


「やっと来てくれた!!」
「僕も待ってくれてるとは思わなかったよ」


ライチェスは彼女に笑いかける。


「それじゃあ」
「うーん、いつもは私ばっかりだからたまにはあなたのも見たいな」
「僕が出来る特技?僕が出来るのは料理くらいだけど得意とは言えないかな。それとこれくらいかな」


ライチェスは指先で炎を操って見せた。
ライチェスにしてはあまり大したことではなかったが、彼女は満足してくれたようだった。
そして、またしばらくの時が流れ彼は知ることになる。
彼女が叔父の雇った刺客に狙われていることに。
最初のうちは服が汚れてるだけかと思っていた。
どういう訳かいつも最初に彼女が来てるのに今日に限って来ない。
いつまで経っても来ないから、諦めて帰ろうとした時に彼女は来た。
いつも以上に汚れていたから顔をハンカチで拭いてあげた。
そして翌日、彼は待ち合わせ場所に行くとそこで彼女は複数の大人の男達に囲まれていた。
しかし、彼女はそれをものともしない。
圧倒的なその力は男達を次々と薙ぎ倒していく。
彼はその圧倒的な力に心を奪われた。
あの歳であそこまで強い女の子に出会ったことはなかった。
男達はその圧倒的な力を前に何か叫ぶと去っていった。


「・・・待ってたよ」


そこで彼は最近彼女が泥だらけな理由が分かった。
さっき、あの男の一人が自分に関わったからこうなったんだみたいなことを話していた。


「僕、もう来ない方がいいかな?」


ライチェスは彼女に迷惑しかかけないなら、これ以上会わない方が思った。
ライチェスはこれが誰の仕業か知っている。
だからこそ、自分からそう言わないといけないのが悔しかった。
弱い自分が許せなくなった。
彼女が悲しそうな表情をする。


「もう来てくれないの?」
「君にこれ以上迷惑はかけられないからね」
「??」


彼女は分かっていなかったが、彼女以上にこれを言い出さないといけない彼が一番辛かった。


「うん、でもまた会えることを願ってる」


彼は心に誓ったもう二度とこんな思いはごめんだと。
彼女の為に強くなろうと心に固く誓う。


「僕はライチェス・フロス、君は?」
「私はアシュナ・テイゼンだよ。ねぇ、また会える?」
「君が待っていてくれるなら」


ズルい言葉だと彼は自分自身を軽蔑する。
そう言うと彼女は笑ってくれた。
彼は結局、昔も今も変わらない。
彼女の好意に甘えてるのだと毎回思う。
その度、自分が嫌になっていく。


随分と懐かしく、かなり嫌な夢を見たと思った。


「やっと起きたか」
「!?」


ライチェスは両手が手錠と鎖で繋がれていた。


「約束は約束だ。負けたお前は、そこでたっぷりと自分の愚かさを知るがいい。今は私も『マギナフェスタ』で忙しい、それが終わったら賢都に向かう。分かったな!!その間、そいつにたっぷりと教育してもらうことだ。いつもみたいに殺すなよ」


ラチェットンは豚のように太った醜悪な男にそう語る。


「ヒッヒッヒ、良いのかい、俺はでもノンケでもかまわず食ってしまう魔人なんだぜフヒ、フヒヒヒヒ」
「残念ながら、こんなことで僕が考えを変えると思うなら大間違いだ。その考えるようなら死んだ方がマシさ」


他人に自分の信念や矜持、誇りを捻じ曲げられるくらいなら死を選ぶ。
ライチェス・フロスとはそういう男である。


「その強がりがいつまで続くか楽しみだ」


ラチェットンは不気味な笑みを浮かべると部屋から出て行く。


「やるならサッサとやりなよ。僕は死んでもお前達には従わない」


ライチェスが言うと目の前の醜悪な男は鞭をライチェスに数回振るう。


「・・・その程度かい?それなら、まだ彼女に抱きつかれた時の方がまだ拷問になるかな」


ライチェスは強がっていない。
まさにその通りだからだ。


「フヒヒ、これはなかなか粋のいい仔猫ちゃんだ」


目の前の男は楽しそうな不気味な笑みを浮かべている。


ーーーーー


クリスはアシュナと食事をしている。


「へぇ、あんたとライチェスってかなり長い付き合いなのね。前々から気になっていたんだけど、あいつの何処がいいの?ただのヘタレじゃない」
「うーん、ライちゃんの好きなところをあげたらキリがないけど、一番は強いところかなー」


意外な答えが返って来たとクリスは思った。


「あいつの何処が強いの?あんたの方が圧倒的に強いじゃない」
「そんなことないよ。ライちゃんは私とは比べものにならないくらい強いよ。上手く言えないけど、会う度に強くなってる。昨日より今日、今日より明日、日を追うごとに強くなってるもん」


クリスは意外に思った。
普段はライチェスのこと以外何も考えてなさそうで、いまいち掴み所のないアシュナが、しっかりとした答えを出したのだ。
これは付き合いの長いアシュナだから言える答えなのだなとクリスは感じた。
それと同時にあのヘタレに腹立たしくもなった。
これだけ思っている子をいつまで待たせるのだと。


「それにライちゃんはヘタレじゃないよ。いつも一緒にいてくれるって言ってくれたもん」


ライチェスはそういうつもりで言ったわけではないが、アシュナはそう解釈しているのだ。


「私がライちゃんを守れば一緒にいてくれるもん」


クリスはどちらかというとライチェスがアシュナを守っているのではないかと最近思うようになっており、それに違和感を感じつつあった。


「それ、ライチェスが言ったの?」
「うん!!」


アシュナは笑顔で答える。


『これは何かあるわね』


クリスは何かは分からなかったが、アシュナを悲しませない為に言った可能性があったからだ。


「それを言う前、ライチェスの様子がおかしかった事はなかった?」
「うーん、ライちゃんにしては似合わない表情をしてたくらいかな」


アシュナはニーナの評判が良い憂い顔をバッサリと切り捨てる。


「それって何の話をした時?」
「いつか、空を飛ぶ乗り物が出来たら一緒に乗りたいなって話をした時だよ。その時はライちゃん答えてくれなかったけどね」


クリスは気付いた。
ライチェスのその表情こそが答えなのだと。


「でも、あの顔を見たら不安になったかな。また、どっかに行っちゃうんじゃないかって、でも、私の勘違いみたいにでホッとした」


おそらく、勘違いではないとクリスは思った。
答えなかったのはおそらく、アシュナを気遣ってのことだろう。
それが逆にアシュナを不安にしたがアシュナが教えてくれたそれがアシュナの不安を取り去った。
答えなかったのではない、答えられなかったのだとクリスは思う。
そこでクリスはライチェスがアシュナに重要な秘密を隠していることに気付いたが、それが何なのかはまだ分からなかった。

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