消滅の魔女と四英傑 〜天才少女、異世界へ降り立つ〜

酒粕小僧

冥王の影と縁談話

女が逃亡した。
その情報がクリスの耳へ即座に入る。


「逃したってどういうこと?」


クリスは兵の詰所にいる兵に事情を聞く。


「じ、実は・・・」


昨日はこの詰所には合計で五人しか待機していなかったらしい。
そして、その五人の兵は首を切り裂かれてたり、突き刺されたりして死んでいた。
おそらく、即死だろうと衛兵は告げる。
首の後ろ側はともかく、表側には隙間がある。
そこを突いたようだったのだ。


「あの女って、刃物なんて持ってたの?」
「いえ、牢屋に入れる前に身体検査しているので問題ないかと」


クリスは下着の裏とかは見なかったのかとか聞こうとしたがやめた。
どちらにせよ、あの女が逃げたという事実には変わりないのだ。
それよりも女が何処に逃げたか問題だ。
こういう場合、犯人は一度自分のいた場所に戻るのが鉄板だ。


「あの女の研究所は調べたの?」
「それが・・・」


衛兵の話を聞くとその研究所は既にもぬけの殻で、何も残っていなかったと言う。


「完全に逃走経路を絶たれたって感じね」


クリスはこれが単独犯とは思えなかった。
あの女の脱獄を手引きした者がいると考えた。
あまりにも早すぎる。


『それとも、あの女が捕まる事が分かっていたというの?『冥王』が未来を知っていたように・・・でも、『冥王』は魂ごと浄化したからもういないはず・・・』


クリスは同じ力か似た力を持っている者がいるかもしれないと考えた。


「とりあえず、また同じような事件があったら教えて欲しいわ」


あそこまで幼い男子を集める程のショタコン女なのだ。
子供を全て奪われて取り返しに来ないはずがないとクリスは踏んだのだ。


「お姉ちゃん、用事終わったー?」
「えぇ、問題なく終わったわ」


今日はアシュナと一緒にいるのはライチェスが叔父のところへ挨拶に行ってるからである。
ライチェスはクリスにだけ話したが、フロス家は代々魔法使いの名家で通ってるため魔法の使えない鬼人を
連れて行ったら、アシュナが嫌な思いをするから任せてもいいかと言われたのだ。
クリスがアシュナは気にしないと思うと言うと、僕が気にするんですと力強く言うため了承した。


『普段からあれくらい男らしくあればいいんだけどね』


クリスはあの感じを見て確信した。
あの男はアシュナが好きなのだと、下手をするとアシュナがライチェスに抱いてる感情以上に。
それなら、何を躊躇う必要があるのかとクリスは思っている。


ーーーーー


ライチェスは叔父のラチェットン・イーガルの屋敷に呼ばれていた。


「話は手短にお願いします。ラチェットン叔父さん」


ライチェスは淡々と感情を込めず事務的に話す。
ライチェスとしてはここに長居はしたくなかった。


「いやいや、そんな急ぎではないのだろう。ゆっくりして行けばいい」


ラチェットンはライチェスを早々に帰す気はなさそうだった。


「ところで、学園の方はどうだ?今年は粒揃いだと聞いているが・・・」
「何も問題ありませんよ。楽しくやっております」
「いや、そう言うのを聞きたいのではなくてだな」


ライチェスは相変わらず回りくどいことを言うと思っていた。
魔法の成績を聞きたいのならはっきりとそう聞けばいいのだとライチェスは苛立つ。


「そうですね。そっちの方も誰にも負けるつもりはないので安心して下さい」


ライチェスは自分の実力が他より劣っている事を知ってる。
それでも、目の前の男を納得させないとならないのだ。


「それを聞けて安心した。今年は龍人や桁外れな人間もいると聞き及んでいたのでな」
「心配には及びません」


ライチェスはニーナはともかくアシュナの名前がなかった事に腹が立った。
鬼人を軽視するのは知っているが、自分の敬愛する剣士を蔑ろにされるのだけは我慢出来なかった。


「しかし、今年は『剣帝』もいます。僕としては彼女の方が脅威ですがね」


これは本心だった。
抱き着かれる度に骨を折られるのだからそう言わざるを得ない、何も嘘はついてない。


「前も言ったが、鬼人とは関わるな。あの者達は魔法もろくに使えない。出来損ないだ。お前のような選ばれた者が関わる相手ではない」
「・・・」


ライチェスは奥歯を噛みしめる。
ライチェスにとっては彼女を否定されることが自分を否定されるよりも悔しいのだ。
それ以上に何も言い返せない自分自身に腹が立った。


「ところでライチェス、縁談の話しが来てるんだが・・・」


ライチェスはそれが本題かと叔父の真意に気付く。


「その話しは、間に合っていますと何度も申しているはずでは?」
「それがな、相手方にどうしてもと言われてな」
「それで、一応確認しますが、相手はどなたです?」


ライチェスは相手が誰であろうと断る事を決めている。
これがアシュナだった場合、心が揺らいだかもしれないが、それは決してないので心が揺らぐ事は無かった。


「グランゾ第二王女と言えば分かるな」
グランゾ第二王女とは『技の神徒』が治る賢都グラゾニアのお姫様の一人である。
「!!」


ライチェスはその名に聞き覚えがあった。
それは兄の縁談相手だったのだ。


「それは、兄の縁談の相手だったはずです!!」
「それがな。おぬしの兄、ラコフは獣人の女でしか勃たんのよ」
「・・・」


ライチェスは何の話しか分からなかった。
ライチェスもライチェスでその手の話に疎いのだ。


「・・・話しが見えないのですが」
「はぁ、おぬしら兄弟は揃いも揃って魔力に適性のない者にしか興味を示さん」


ラチェットンはライチェスを含み兄弟の性癖を嘆く。
ライチェスの兄は獣人が好きで弟は人間が好きらしい。
ラチェットンとしては魔力に適性のある龍人や鳥人なら何も文句はない。
魔力に適性がないのが問題なのである。


「おぬしはまだ、あの鬼人にご執心なのか?」
「アシュナですか?それこそありえないです。彼女から僕への好意はあるかもしれません。しかし、僕はそれに答える気は全くありませんよ」


これも事実である。
だからこそスラスラ言葉が出て来る。


「ならば、断る理由などあるまい」
「今すぐに答えないといけませんか?」


ライチェスとしては断るつもりだが、この様子だとなかなか引き下がってくれそうにない。


「今すぐにだ!!」
「申し訳ありませんが、興味ありません」


ライチェスはクリスの口癖を使う。


「おぬしは何故こんなまたとない機会を棒に払うとする?何故だ?やはり、あの鬼人の娘が理由だな?」
「言いがかりです。ただ単に興味が湧かないだけです。それに僕は貴方方が僕にしたことを忘れたことなどありません。今更そんなことされても嬉しくもなんともないんですよ」
「おぬしの言いたいことも分からぬわけではない、謝って済む問題でもないのは百も承知、だからこそこれは罪滅ぼしのつもりなんだよ」


成る程、あくまでも善意のつもりなんだなとライチェスは感じとる。


「もし、それが善意のつもりなら余計なお世話です。これ以上話しても平行線なのは目に見えてます。
僕は帰らせてもらいます」


ライチェスは席を立ち上がり帰ろうとする。


「待て!!話はまだ終わっておらんぞ!!」
「くどいです!!僕は最初から貴方と話す気などないんです!!僕が知らないと思ってるのか!!僕が貴方に従わなかった時に僕の周囲の者に何をしたのか!!そのおかげでいつも一人だった!!この際です。僕はここで叔父さんに絶縁を申し付けます!!」


ライチェスは今までの怒りをぶつけた。
ライチェスに関わる者は何故か街から消える。
それは裏でラチェットンが、人攫いを雇い一家全て攫って行ったからである。
しかし、彼の一番の誤算はアシュナであった。
雇った人攫いを一人で返り討ちにしてしまうのだ。
それに関してはライチェスは気付いてないと思っているようだが、しっかりと気付いている。
それ以降は全部、ライチェスが片付けていたのだから。


「・・・何か勘違いをしていないか?」
「どこをどう勘違いしてると?」
「おぬしは確かに強くなった。それはおぬしに流れる血のおかげだということを」
「それがなんだというんです?僕はそんなくだらないもののおかげで強くなった訳ではないんですけどね」
「なんとでも言うがよい。おぬしは確かに歴代稀に見ぬ落ちこぼれだった。そのような落ちこぼれがここまで来れたのはその血のおかげというもの他ならない」


ライチェスはその言葉がまるで自分の努力を否定されているようだった。
ライチェスは更に怒りを増して行く。


「そんな話に興味ありません。僕は貴方と縁を切る。それだけです」
「・・・いいだろう。ただし私に勝てたらの話だがな。負けたら縁談の拒否はないと思え!!」
「受けて立つよ!!」


どちらにせよ拒否させる気がなかったじゃないかとライチェスは思ったが、これこそが叔父の狙いだったのではないかと思っている。
だからこそ、ライチェスを挑発するようなことばかり話していたのだろう。


「『大寒地獄アイスエイジ』」


ラチェットンは部屋全体を凍りつかす。
その魔法は部屋の温度を一気に落とし、マイナス三十度以下の気温となる。


「『焦熱地獄インフェルノ』」


ライチェスの地獄の業火はライチェスの背後の氷結した床や壁をあっという間に炎が飲み込む。
かたや氷、かたや炎である。
ライチェスは歴代最強のこの男に勝てるかどうか分からなかった。
だが、ライチェスには断魔銃『ライネル』がある。
しかし、ライチェスはその銃を使う気はなかった。
これだけは、この戦いだけは使いたくなかった。
自分の努力を否定したこの男は自分の力のみで倒さなければ気がすまなかった。
なので、ライチェスは最初から出し惜しみはしない。
むしろ、できないのである。
それほどまでにラチェットンは強いのだ。


「ふむ、確かに強いな。おぬしの兄も弟も『大寒地獄アイスエイジ』に対抗することは出来なかった。だが、これはどうだ?『氷山刃アイスバーグブレード』」
ラチェットンは巨大な氷の剣をライチェスに振り下ろす。
「『紅焰剣プロミネンスブレード』」
ライチェスは巨大な炎の刃で応戦する。
「うわあ!!」


ライチェスは力負けをして吹き飛ぶ。


「くっ・・・」
それでも立ち上がる。


「ほぅ、まだ諦めないか。まさかこいつを見せることになるとはな。光栄に思うことだ。お前は私にこれを使わせるのだからな『アブソリュートゼロ』」
「『輝炎アビスノヴァ』」


ライチェスはラチェットンの最大魔法に対抗する。
ライチェスの光り輝く炎はあっという間に冷気に飲まれ、ライチェスは徐々に体温を奪われ、ゆっくりと意識を失った。



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