消滅の魔女と四英傑 〜天才少女、異世界へ降り立つ〜

酒粕小僧

死と覚悟

学園の抗争騒動から一ヶ月が過ぎ去り、学園に平穏を取り戻しつつあった。


「・・・何か言うことは?」
「ごめんなさい」


アシュナがクリスの前で正座して謝る。


「まったく、あんたらが暴れたら洒落にならないんだから自重なさい」
「うぅ、だってあの龍が・・・」
「言い訳しない!!」


アシュナはシュンと項垂れる。


「まったく、たった攻撃を打ち合うだけで校舎のガラス全部割るなんて龍人と鬼人の喧嘩はとんでもないわね」
クリスはアシュナとミュラーの喧嘩に呆れるしかなかった。


ーーーーー


ことの発端はライチェスなのだ。
むしろアシュナの場合それしかないのだ。
最近、ライチェスはミュラーといることが多いのである。
ライチェスもミュラーがいるとアシュナは寄って来ない事を学習したらしくよくつるんでいる。
最初はミュラーの姿に怖がっていたが今は慣れており、一緒に行動してる事が多い。
ミュラーと一緒に依頼をしたりもしていた。
しかし、アシュナにとってはそれが面白くなかった。
そして、事は起きた。


「私と決闘をするの!!」


アシュナはミュラーに近寄りそう叫ぶ。


「断る」


もちろん、ミュラーは相手にしない。


「ライちゃんは誰にも渡さないの!!決闘から逃げる腰抜けの龍なんかに絶対に渡さないの!!」
「俺が腰抜けだと」


流石にミュラーも黙っていなかった。
これがクリスならそんな事はないと弁明するが、今回は龍人の天敵である鬼人である。
いつもは冷静なミュラーも我慢ならなかった。


「いいだろう。どちらが強いか決めようではないか」


普段のミュラーならこんな安い挑発など乗らないが相手が鬼人の場合この通りである。


「しかし、ここでは場所が悪い。外で相手してやる」


ミュラーも流石に屋内で暴れる訳にはいかなかった。
アシュナもそれを察したのか距離を置きミュラーについていく。
校庭の真ん中で二人は相対する。
アシュナは居合の構えをする。


「ほう、その構えは『參纏剣サンテンケン』奥義の一つ『壊那』だな」
「!!」
「何故知ってるかという顔だな。勝てたら教えてやろう」


鬼人は戦いを楽しむ為に最初は手を抜く事が多いが龍人相手の場合、鬼人はそんな余興はしない。


「ならば、俺も相応の相手をしよう」


ミュラーは収納魔法から全長五メートルほどある巨大な斧、嵐巨斧『ヘルベルク』を出し片手で担ぐ。
ミュラーは斧を振り下ろすとアシュナは刀を鞘から抜き放ち『壊那』を放つ。
その一撃で辺り一帯に衝撃波が発生しミュラーとアシュナの足下はクレーターのようになっていた。


「ほう、こいつを受け止めるか。これをまともに受け止めた鬼人はお前で二人目だ。しかも、同じ技で」
「どこで会ったの?」


アシュナの声色が変わる。
それは普段のアシュナが出すような声じゃなく明らかな怒りを秘めていた。


「あの裏切り者にどこで会ったのか聞いてるの!!」
「さあな、俺が会ったのは二十年程前だ。聞いたところで意味がないぞ」


ミュラーは答える気がない。
アシュナはミュラーに攻撃するが全て斧に受け止められる。
アシュナの武器はミュラーの武器を破壊する事ができない。
ミュラーの扱う嵐巨斧『ヘルベルク』は表面に何層もの空気の膜が張られており、それがアシュナの刀の衝撃を抑えている。


「私は忘れないの!!お爺ちゃんの利き腕を奪い、私を捨てたあの男を!!」


アシュナの瞳は今までにないほどの怒りを現しているのか紅く発光している。
アシュナが再び『壊那』を放つと受け止めたミュラーを下がらせる。


「!?」


アシュナの力がさきほど以上に上がっていることにミュラーは気付いた。
アシュナがもう一つの奥義を放とうとした時だった。
アシュナに赤黒い光が直撃し、アシュナは力を失いその場に倒れる。


「落ち着きなよ。シュナ」


ミュラーが振り返るとそこにいたのは断魔銃を片手に持ったライチェスだった。


『あれは魔狩りの銃『ライネル』!!何故アレをこの男が!!』


ミュラーもライチェスの持つ銃がどういうものか知っていた。


「うわーん、ライちゃーん」


ライチェスがアシュナに近付くとアシュナはライチェスに抱き着くとライチェスはアシュナを優しく抱きしめる。


「まったく、君はいつも無茶をするんだから。怪我はないかい?」


その姿はまるでアシュナの兄である。


「ライちゃんがいけないんだよ。あの龍とばっかり一緒で私の相手をしてくれないから」
「分かった、分かった、だからそんな強く抱き着かないでくれないかい?」


ミュラーはどうしてこの男がアシュナに惚れられてるかなんとなく理解した。
これがアシュナがクリスに怒られてる事の顛末である。


ーーーーー


屋上にいたのはミュラーとライチェスだった。


「シュナの父親はシュナにとっての仇なんだ。だから、その話しに関しては知ってる者にとっては禁句なんだよ。あの時、僕が彼女を止めなかったら本当の殺し合いが始まってたかもしれないならね」
「それに関しては礼を言おう。しかし、お前のアレは断魔銃『ライネル』だな。どうしてアレを持っている?」


ミュラーはライチェスの持つ銃を何処で手に入れたか知りたかった。


「それがよく覚えてなくてね。軽く死にかけたのは覚えてるよ」
「お前、その銃のリスクは知っていて使ってるのか?」
「もちろん知ってるよ。撃つ度に命を削ることだろう。それがどうしたんだい?」


ライチェスは別に気にしていないようだった。


「お前、それを理解していてどうして平然としていられる?」
「・・・僕はね。ある約束を果たすためだけに生きてる」
「それで死んだら約束も何もないだろう」


ミュラーは死んでしまったら元も子もないと思っている。


「僕はそれでもいいと思ってる。それで死んだら所詮はその程度だったということさ」


ライチェスは表情一つ変えず、淡々と話す。


「死ぬのが怖くないのか」
「・・・怖いよ。でもね、僕にとっては彼女を失う方がもっと怖いんだ。その為の力さ」
「・・・あの鬼人の娘か。何故お前がそこまでする?お前はあいつが苦手なのではないのか?」


ミュラーはライチェスがアシュナに抱き付かれるのを嫌がってると思っていた。


「ハハ、確かに側から見たらそう見えるか、まぁ、実際その通りなんだけどね。彼女には何度骨を折られたことか。でも、好きか嫌いだと言ったら好きなんだと思う。でもね、僕には彼女の好意を受け止める資格はない」
「その銃が理由か」


ミュラーが尋ねるとライチェスは黙って頷く。


「僕はいずれこの力を使い死ぬ。それまで彼女を守れればそれでいい」
「・・・そうか、なら俺はもう何も言わん」


ミュラーは止めなかった。
止められなかった、それほどまでに少年の覚悟は固かったからだ。


「だから、この銃のこと師匠やアシュナには黙っていてくれないかい?」
「・・・分かった。俺は何も聞かなかったし、見ていない。そういうことにしよう」


ミュラーはライチェスの意志を尊重した。


「・・・お前の女だろ。早く行ってやれまた機嫌を損ねられたらかなわんからな」


ミュラーは屋上の入り口辺りでじっとこちらを見つめている気配に気付いていた。


「僕の女かはともかく、そうだね。最近、相手にしてなかったからね。でも、痛いのは・・・ね」


ミュラーはアシュナがライチェスが好きな理由はなんとなく分かったが、ライチェスがアシュナを構う理由が分からなかった。


「お前は、あの鬼人の娘に会うと途端にだらしなくなるな」


先程のライチェスの表情と打って変わり、アシュナを見つけた瞬間、情け無いいつもの表情になる。


「・・・仕方ない。行ってくるよ」
「骨は拾ってやる」
ミュラーはかなり物騒なことを言うがそれが彼なりの冗談だった。


ーーーーー


クリスは一人、学園内部抗争解決でエリックから貰い受けた生徒会室改めクリスの事務所という部屋にいた。


基本的に授業と寝る時以外はここにいる事が多い。
この事務所には主に街の掃除を主な活動をし、時折生徒会長のエリックからの雑用を請け負っている。


「まったく、やっぱり街の掃除とエリックの雑用じゃ稼げないわね」


クリスは机に頬杖をつきながら書類の山を整理している。


「楽に稼ぎたいんですか?」


クリスの隣で一緒に書類整理をしているのは、クリスカースト最下位の幻獣ことニーナであった。
ニーナの普段着がどういうものかは知らないが今はスーツのような服を着ている。
眼鏡をかけてることに関してはデフォルトらしい。


「あんたが言うとロクなことしかないから却下よ」
「そんなー」


クリスは一度ニーナに駄目元で聞いた事があり、その時の答えが「優しいおじさんと夜の街へ行けば楽に稼げます」という答えが返って来た。
クリスは当然却下した。
クリスはこの変態の相手に辟易していた。


「そういえば、新しい茶葉がありましたね」
「ああ、アレね。まだ残ってるからまだ、あけなくていいわよ」
「御主人は本当にケチですよね。そのくせお金に目がないなんて救いようがないですよ」
「万年発情期のあんたには言われたくないわ」


この二人はどちらにせよ救いようのない奴らだった。


「私は今の茶葉が好きなのよ。このスパイシーな刺激、独特な苦さそしてほのかな甘味のこの紅茶が」
「それを美味しいというのはたぶん御主人くらいです」


ちなみにライチェスやアシュナも一度飲んでおり、一口飲んで顔をしかめ飲むのをやめてしまった。
ミュラーによると、それはよく虫除けに使われる葉を乾燥させたもので毒とか中毒性はないが、どの種族も拒絶反応を起こす味だが、逆にそれがいいという根強いファンがいる茶葉らしい。


「普通に美味しいと思うけどね」


クリスの中では前の世界のリコリス菓子の味に近い感じがしていた。
クリスはあの独特な味が好きだったので、この紅茶は美味しく飲めるのであった。
クリスとニーナが書類をまとめていると事務所の扉が開く。


「失礼します」


事務所にやって来たのは、ジェニスだった。


「どうしたの?」


クリスは仕事の手を止める。


「とりあえず座りなさい」


クリスは客用の席をジェニスに案内する。


「どうぞ」


ニーナはジェニスにお茶を出す。
もちろん、クリスの飲んでるものではない。


「あ、ありがとう」


ジェニスは前の生徒会室が変わり果てた見た目に未だ慣れずにいた。


「それで、用件はなにかしら?」
「仕事です」
「どうせ、いつも通りエリックの手伝いじゃないの?」
「はぁ、それならどれだけ良かったか。ギルドの依頼の委託をこの学園で行なってるのはご存知だとは思います」


それはもちろんクリスは知っている。
一応、街にもあるがそれは主に冒険や傭兵を生業としているものが多い。


「それがどうしたの?」
「何かの間違いなら良かったのですが、そうではないようですので・・・」
「何よ、もったいぶってはっきり言いなさい」


クリスははっきりしないジェニスにイライラしていた。


「この依頼、ライチェスさんの指名で来てるんですよ」


その依頼の内容は、魔法都市クレイガルドで開催する魔法研究の祭典『マギナフェスタ』に参加して欲しいと来てるんです。
『マギナフェスタ』とは世界各国から魔法を研究する者が集まって行う魔法の祭典である。
所謂、研究発表会的な事を都市をあげて行うお祭りなのだ。

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