おまえらを最強にしてやるから、オレを勇者にしてくれ(仮)

水無

脱退させてくれ

「……おまえ、俺を騙してたのか?」


「はは……、今更かよ。マヌケなヤツだな」


「おまえ、言ってたじゃないか! 『俺は脇役でいい、おまえが真の勇者になって世界を救ってくれ』って! 俺はおまえを信じて、必死に魔法を勉強したのに!」


「だからこうして、必死におまえを引き留めてんじゃねえか。……なあ、考え直せよ。俺のパーティに残れ。おまえほどのエンチャンター、他にはいねえ。見たことがねえ。俺と、俺らと一緒にてっぺん目指そうぜ? な?」




 いままでのように、爽やかな笑みを浮かべる。
 ただ、いまはもう、こいつの笑顔ほど胸糞悪いものはない。




「……ダメだ。おまえのことは信用できない。パーティを……抜けさせてもらう」


「はぁ……、どうしてもか?」


「もう決まったことだ」


「おまえを拾ってくれるやつなんていねえぞ? いままでどれだけの事をしたかわかってんのか?」


「わかってるよ。他のパーティを蹴落とすために、色々なことをおまえに命じられるままやった。評判も悪い。どん底だ。……それをいまさらほじくり返して、おまえのせいにするつもりもない」


「だったらひとりでやっていくか? おまえはエンチャンターだろうが。無理に決まってる」


「ああ、エンチャンターは他がいてはじめて輝ける職だ。ひとりでは生きていけない。エンチャンターは自分を強化できないからな。どうせ、こんな魔物だらけの場所に呼び出したってことは、最初からここまで計算してたんだろ?」


「……ああ……、ああ、そうだよ。だからなんだよ」


「なんでもねえよ。どうもしねえって言ったろ。……ただ、俺はこのパーティにはいられねえ。これ以上はやってられねえ」


「……俺が、むざむざ抜けさせると思うか?」




 勇者の声に呼応するようにして、俺のパーティのやつらが姿を現した。
 どいつもこいつも、反吐が出るような顔をしている。
 俺はいままで、こんなやつらとパーティとしてやっていたのか……。




「ちっ……、待ち伏せかよ……!」


「そういうこった。おまえはここで死ぬか、俺のパーティに残るかの二択しかねえんだよ。ただ、もう二度と俺に逆らえねえように、一度きっついお灸をすえてやるがな」




 どうする?
 状況としては非常にまずい。
 あいつら、勇者以外は悪党面してはいるが、かなり腕が立つ。
 加えて勇者アイツだ。
 性格の悪さと、勇者とは思えない狡猾さを除いても、かなり出来る。
 それはパーティの俺が一番知っている。
 こいつらと戦って勝てる確率は、控えめに言ってゼロ。
 逃げられる確率も……ゼロだ。
 絶望的すぎる状況。
 俺は選択しなければならない。
 選択しろ。
 屈服、服従かではない――ただ死ぬか、抗って死ぬか。


 ガラガラ……


 視界の端で、なにか動くものを捉えた。




「フッ」




 驚いたことに、この状況で俺の口から自然に笑みが漏れていた。
 当然、あいつらも困惑している……というよりも、気味悪がっている。
 それはそうだ。
 こんな状況で笑っているんだ。
 相当頭のおかしい奴に映っているだろう。
 ただ、おまえらはその頭のおかしいやつに一杯食わされるんだからよ。


 俺は膝をおり、両手のひらをつき、額を地面に擦りつけた。




「すんまっせええええええええええええええええん!!」




 俺に残された選択肢。
 それは――土下座であった。




「ほんと、ナマ言ってすんまっせええええええん! パーティ抜けませんから! 靴でもなんでも舐めますから! だから、痛いことしないでえええええええええええ!!」




 喉がつぶれそうなほど叫んだ。
 必死に許しを請えば、きついお灸をすえられずに済む。
 それが俺に残された、たったひとつの道。
 マイウェイ!
 笑うがいいさ! 愚民共! そうさ! 俺は死ぬのが、痛いのが何よりも怖い!
 それを回避できるなら、いくらでもこんな土下座してやる。




「くっ……ハッハッハ、見ろよこいつ。無様にもほどがあるぜ! やっぱおまえはそうじゃねえとな! 笑かせてくれるじゃねえか」


「こんなみっともねえやつが、史上最強のエンチャンター? 笑えるぜ」


「おいおい、そんなに言ってやるなよ。こんなのでも、俺たちのパーティの要だぜ? なあ、リーダー」




 後頭部に鈍い痛み。
 硬いものがのせられている。
 靴だろう。
 俺の後頭部をグリグリと、なじるように踏みつけている。




「だとよ、エンチャンター様。みんなおまえのバカみたいな行動を許してくれるってよ! みんなに感謝しろよ――な!」




 今度は頭頂部を足蹴りされた。
 俺はその反動で、無様にもカエルの様にひっくり返ってしまう。




「ハッハッハ! ダッセェやつ! でも、お灸はすえてやるぜ! おまえが二度とこんなみっともねえ真似、しないようにな!」


「ひぃ」


「……ただ、その前にやることがある」


「はえ? 他にも何か……?」


「俺たち全員の靴を舐めろ。それも丁寧にだ。汚れのひとつでも付いてたら、お灸がもっときついものになるかもしれねえぜ?」




 勇者はそう言って、自分の靴を俺の目の前まで持ってきた。
 俺は勇者の靴を手に取ると、それに――




能力上昇アビリティブースト




 靴が火山のように空中に舞い上がり、それを履いていた勇者ごと、ぶっ飛んでいった。




「おまえなにを――」




 パーティのやつらが動き出す前に、俺は次の手を打っていた。
 さきほど視線の端で動いていた、手乗りサイズの蜥蜴リザードだ。




歪な進化論ミッシングリンク!!」




 俺が呪文を唱えると、蜥蜴はみるみるうちに五メートルほどの大きさまで進化し、二人に立ちはだかった。
 能力値的には地方のボスキャラと大差ないほどの強さだ。
 いくら二人が強くても、勇者がいないとなれば、十分な時間稼ぎになる。




「ぶぁああああああかめえええええええ!! 一生そいつと遊んでろ! この悪人面の、顔面凶器の、世紀末覇者共があああああああ!!」




 俺は言うや否や、全速力でダッシュしていた。
 遠くからなにやら、声が聞こえてくるが、俺は一切振り返らない。
 振り返るつもりもない。
 怖いからだ。
 いや、怖くない。
 いま振り返ってしまうと、腰が抜けて立てなくなってしまう危険性があるのだ。
 原因は詳しくは企業秘密だが、つまりそういうことだ。


 ていうか、俺、こんなに速く走れんのかよ!
 スプリンターに転職するのもありだな……もし、つぎのパーティが見つからなかったらだけど。






 俺はそんなことを考えながら、魔王の目と鼻の先の街『ジャバンナ』から、一路、はじまりの街を目指した。



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