いじめられっ子メイドだけど、チートを手に入れたので、復讐しようとしてお嬢様を掘ったら懐かれた

水無

いじめられっ子メイドだけど、チートを手に入れたので、復讐しようとしてお嬢様を掘ったら懐かれた



「ぬるいわ」




 ガチャァァン!
 投げつけられたティーカップは私の額にぶつかると、そのまま絨毯へと落下し、四散した。
 私は絨毯に紅茶が染み込まぬよう、急いでその場に跪き、持っていた布で拭き取ろうとした。
 ――ドガッ!
 突如、鼻を蹴飛ばされる。
 私は布を持ったまま、ステンと無様に尻もちをついた。
 私を蹴り飛ばした張本人が、道端に落ちているゴミを見るような眼で、私を見下ろしてくる。
 私の仕えている『シュバルツ家』のご令嬢、『アンヌ様』。
 それが私にティーカップを投げつけ、鼻を蹴り飛ばした張本人。
 純金のような金色の髪に、人形のように整った顔立ち、まだ幼さを残している、その風貌に似つかわしくない胸。
 その全てが私と違っていた。
 可愛くて、綺麗で、優雅で、可憐で、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎い――それが私のお嬢様マスター




「あら、なんですの? その反抗的な眼。……よもや貴女、ワタクシになにか不満でもあるのかしら?」


「……いえ、とんでもございません」


「いい? 私、言った筈ですわよね? 水は軟水、ポットは予め温めておき、茶葉は適量に、そして三分ほど茶葉を蒸らし、きちんと濾したものを寄越しなさいと。そしてその間、絶対に冷ましてはいけないと」


「それは――」


「なんですか? 私がまだしゃべっている最中ですのよ?」




 お嬢様はそう言うと、他のメイドの持っていたポットを奪い、百度近い紅茶を私の頭に注いで・・・きた。
 私は出そうになる声を、逃げ出しそうになる脚を必死に押さえ、耐えた。
 やがてお嬢様は空になったポットから手を放した。
 支えを失ったポットはそのまま、私の頭にぶつかり、絨毯の上を転がった。
 ――紅茶は、お嬢様の言った通りに淹れた。
 寸分の狂いもなく、シュバルツ家の定めている基準レベルだ。
 立ち昇る湯気が、その香りが、それを告げている。
 なら、なぜ私にこのような仕打ちをするのか。
 理由は簡単。
 当主様から頂いた領地で起きた反乱。
 それが理由だ。
 反乱自体は規模の小さいもので、暴徒たちはすぐに鎮圧されたのだが、いままで其処では反乱すら起こっていなかった優良地域。
 それがお嬢様に渡った途端に起きたのだから、面白いはずがない。
 そして、ストレスの捌け口として、私に白羽の矢が立ったのだ。
 何年も昔から、幾度となく行われてきた事だ。
 今更取るに足らないことではあるが、さすがに鼻を蹴られ、熱湯をかけられるのは堪える。
 私はドロリと出てきた鼻血を片手で押さえ、膝を折り、体勢を変えた。




「申し訳ありません」




 鼻血を絨毯に零さないように、それでいてきちんと『謝罪』として見られるように、私はお嬢様に土下座をして詫びた。
 お嬢様は「フン」と鼻を鳴らすと、面白くなさそうに、部屋中央にある仰々しい装飾の椅子に座った。




「今回は許してあげる。けど、次はこうはいかないわ」


「ありがとうござます」


「……何をしているのかしら?」


「……は」


「はやく紅茶を淹れてきなさいって言っているの。私は紅茶が飲みたいの。ぐずぐずしないで。それとも、また蹴られたいのかしら?」


「はい、ただいま――」




 私はそそくさと立ち上がると、白いドレスエプロンで鼻血を拭い、割れたティーカップ、そしてポットを片付け、その部屋を後にした。









 キッチンにたどり着いた私は、そこで一瞬足を止めてしまう。
 同じメイドで先輩の『マーガレット』と『エリー』が、私をニヤついた顔で見ていた。
 私は視線を合わせないように、其処を通り抜けようとするが――




「あっ」




 不意に足をかけられ、その場に前のめりで倒れてしまう。
 その際、持っていたポットは割れ、手をついたときにその破片が、手のひらに食い込んでしまった。




「いっ……!」


「あーら、ごめんなさい、『フンヌンガガプ』さん。私の美脚が急に伸びをしたいなんて、言うので……つい」




 フンヌンガガプ。
 残念ながら、この私の名前である。
 ……とはいっても、親がつけた名前ではなく、面白半分、嫌がらせ半分でお嬢様につけられた名前なのだ。
 そして当の本人は、私の名前を憶えてすらいない。
 ……そこ、笑わないように。




「それにしても、どんくさいのですね。フンヌンガガプさん」


「ええ、まったく。嫌がらせするこちらの身にもなってほしいわ」


「こんな簡単にひっかかってしまうなんて」




 私は嫌がらせをしてもなお、嫌味を言ってくる二人を無視して、手のひら刺さった破片を、慎重に取り除いていった。




「……あら? あらあらあら? もしかして、貴女が割った・・・・・・そのティーポット、アンヌお嬢様のお気に入りのティーポットではなくて?」


「まあ、まあまあまあ、これは大変。フンヌンガガプさん、これはまたキツ~イお仕置きをされるのではなくて?」


「今度は鼻を折られるだけでは、済まないかもしれませんね?」


「……私、急いでいるので、失礼します」




 私がその場を去ろうとすると、マーガレットが私の胸倉をつかんで、強引に壁まで押し付けてきた。
 その顔はさきほどまでの余裕ぶった顔ではなく、憎悪に満ち満ちていた。




「……なんでしょう」


「ほんのすこしお嬢様に気に入ってもらったからって、あまり調子に乗らないことね」




 マーガレットはそれだけ言うと、エリーと共に、この場を後にした。
 お嬢様に気に入られている……? あれで?
 何も知らないから、あんなことが言われるのだ。私の勤務内容を知らないから、あんなことを言えるのだ。




「ふぅ……」




 私はため息をつくと、いそいそと紅茶を淹れる準備に取りかかった。
 お湯を沸かし、そして茶葉を……ん、茶葉が見当たらない。
 私は踏み台を持ってくると、上の棚の中を見回してみた。




「たしか、ここのあたりに……」




 踏み台を使っても、なおも背の届かなかった私は、手探りで茶葉の入れ物を探していた。
 ガサゴソガサゴソ。
 ん、丸い、円筒状の物体。
 多分これだろう。
 私はそれを掴むと、踏み台から降りようとした。
 しかし――


「うわわ……!」


 ドテーン!
 私は体勢を崩し、背中から床に倒れ込んだ。


「いたた……」


 ……皮肉ではあるが、この時ばかりは、丈夫な体に生まれてよかったと思っている。


「あ」


 ふと気がつくと、手に持った容器がの蓋が空いている。
 シュバルツ家で使用している茶葉は全て高級品。
 私の給金などでは、茶葉一枚すら賄えない。
 私は急いでその辺に茶葉は落ちていないかと、探してみた。
 ……しかし、どこにも茶葉は落ちていなかった。
 怪訝に思った私は再び手に持った容器を見てみた。


「開封厳禁」


 容器には確かにそう書かれていた。
 しかし、私がその言葉を反芻するよりも先に、容器から怪しげな煙が漏れ出した。
 モクモクモク。
 煙が立ち昇り、おもわず「けほけほ」とせき込んでしまう。
 そして――




『おやおやぁ? この煙は人体に有害な物質は含まれていないんだがねえ……』




 突然、ひどく軽薄そうな女性の声が聞こえてきた。
 私は辺りを見渡して、声の主を確認しようとした。




『こっちこっち』




 声が聞こえてきたのは、私の頭上から。
 私は恐る恐る、頭上を見上げてみた。
 そこには長い黒髪の美しい女性がフワフワと浮きながら、私をニマニマと見つめていた。
 女性は何やら見慣れない服装をしており、なんというか、胸や局部などの布が際どかった。




「やあやあ、あたしは茶葉の精……とでも言っておこうかな。キミのあまりにもあんまりな人生を可憐に思い、馳せ参じた者さ。出生については触れないでくれ給へ」


「はぁ……」


 なんというか、なにがなんだか……。


「さて、キミの名前は……『フンヌンガガプ』! なるほどなるほど、魔人であるあたしもビックリなDQNネームだ」


「魔人……?」


「おっと、今のは失言だ。忘れ給へ。ちなみにこれは命令ではない。お願いだ」


「はい」


「うんうん。聞き分けのいい子は好きさ。フンヌンガガプちゃん……、うん。長いうえに、これ以上キミの名前を呼んでいると噛んでしまいそうだ。これからはキミの事は『フンヌンガガ』ちゃんと呼ばせてもらうよ」


「はい」


「いやいや、そこはキミさ『そこまで言ったら『プ』も発音してくださいよ! 取り残された『プ』の気持ちはどうなるんすか~』くらいツッコんでもらわないと、こちらとしても、ハリがないんだよね」


「はぁ……」


「……ふむ、今のキミの心情を一言で言い表すなら、『めんどくせーな、こいつ』だろうね。当たっているかい?」


「まあ……」


「そ、そこは包み隠さないんだね。成程、キミはどうやら正直者だな?」


「あの、それでご用件は……?」




 私の声に呼応するようにして、さきほど火にかけていたポットからけたたましい音が鳴る。
 私が火を止めようとポットへ近づくと、ポットが宙に浮いてしまった。




「驚いたかい?」


「はぁ……まぁ……」


「これはあたしの力でもあってね……まあ、それはいいね。あたしの用件についてキミは訊いたね? いいだろう、答えてあげよう。あたしはキミの人生を変えるために、ここへ来た。それ以上でも、以下でもないのさ。キミが望むまま、キミのやりたいように、キミの人生を設計してあげよう」




 何を言っているのだろう。この人は。




「おやおや、どうやら戸惑っているようだね、フンヌンガガちゃん。じゃあちょっとだけ、いままでのキミの人生を振り返ってみようか」


「ッ!? や、やめて……!」


「フフフ、やっと、人間らしい表情カオになったじゃあないか。でも止めないよ。キミの半生、それはとても壮絶なものだった。キミは貴族の娘として、この世に生を受けた。しかし、貴族だったことも、令嬢だったことも、今のキミには遠い昔。もうすでに、忘れているんじゃあないかな?」


「いや……、いや……!」


「キミのお父さんはとてもいい人――所謂、人格者だった。貴族でありながら、誰にでも分け隔てなく接していた。時には貴族目線で、そして時には平民目線で、領民たちとの絆を築きあげていた。そして、あるとき一人の青年がキミの家に使用人としてやってきた。名を『ラルフ』――『ラルフ・シュバルツ』だ。ラルフは頭がよく、その頭角をメキメキと顕していき、ついにはキミのお父さんの秘書にまで成り上がった。キミのお父さんはラルフに多大な信頼を寄せており、ラルフもまた、キミのお父さんを尊敬していた。……かに見えた。だけど、そうじゃあなかった。ラルフは狡猾にも、『時』を狙っていたのだ。キミのお父さんに取って代わる『時』を。そして、その『時』はやってきた。大旱魃だいかんばつ。雨は降らず、作物は育たず、民草は困窮した。それはキミのお父さんも同じだった。水を蓄えていたはずのダムも枯れ、キミのお父さんはこの事態をなんとか解決しようと、中央へと赴いた。しかし、これが仇となった。ラルフはその間に、民にキミの家が水を独り占めしていると吹聴した。残されたキミのお母さんは必死にそれを否定したが、キミの家からは大量の水が、そして個人用の、水がたっぷりと蓄えられているダムが見つかった。こうなってくると、民衆は抑えがきかなくなる。膨れ上がった不満は爆発し、キミの一家を飲み込み、押し流した。キミのお母さんをはじめとし、親族、使用人に至るまで皆殺しにされた。それも、幼いキミの目の前で。喉を裂かれ、腹を破かれ、内臓を搔き乱され、脳を磨り潰された」


「やめ……、やめ……て……!」


「そして帰ってきたキミのお父さんは愕然とする。その現状に、その地獄に。ラルフは民に告げた。すべてはキミのお父さんの仕業であると。キミのお父さんは否定する気力すら無くしていた。そして最後にこう言ったんだ。『私を殺してもいい。しかし、娘だけは……娘だけは、どうか……!』そう嘆願するキミのお父さんの首を、ラルフは鼻歌まじりに刎ねた。……直前に『貴方様に、そんな事する筈が無いではありませんか』とうそぶいて。それが、キミの家族との、最後の記憶」


「いやあああああああああ!」


「……そしてキミはいまや、憎きシュバルツ家のメイドとして、従事している。……なぜだい? 生傷が絶えないこの職場に居続ける理由は? 逃げだしたらいいじゃないか、殺してしまえばいいじゃないか。自由になってしまえばいいじゃないか」


「……逃げれば殺される。歯向かえば殺される。自由になっても追われ続け、最終的に殺される。ただの小娘の自分に、何ができると……?」


「そう。キミは無力だ。無力な上に、意気地なしで愚図なダメ人間。それがキミさ」


「……私を、冷やかしに来たんですか?」


「いやいや、勘違いしないでほしい。言ったろ? あたしはキミの人生を変えに来たって」


「……どうやって」


「キミに力を与えよう。キミに知恵を与えよう。キミに自由を与えよう。その為に、あたしはここに来た」


「そんなことが……貴女に出来るのですか?」


「……うんうん。疑うのも無理はないよね。いいよ、話してごらん。特別にキミのお願いを聞いてあげよう。……それ、キミはいま、デコピンでこのポットを粉々に出来る」




 そんなバカな。
 そう考えていると、私の前にフワフワとポットが漂ってきた。
 自然と腕が上がり、ぐぐぐ……と親指が人差し指の留め具のようになり、一気に力を開放する。
 すると――
 バリィィィィン!!
 ポットが粉々に、まるで爆発したように割れてしまった。




「……どうだい? これで、信じてもらえたかな?」


「……殺したい」


「うん?」


「ここにいる人間を――ここで私を見下している人間を、私の家族を、従姉弟を殺した奴らを、父に恩があるにも関わらず、簡単に私たちを殺した愚民共を、一人残らず殺したい! 力がほしい。絶対的な力。有無を言わせない、神にも劣らぬ力を!」


「あはははは。とてもいい。たしかに、キミはそれをやれるだけの意志を持っている。あとはあたしがソレを渡すだけ。……でも、いいのかい? キミはそれで、後悔しないのかな?」


「後悔などしません。私が後悔しているのは、この現状です」


「よろしい。契約成立だ。では、受け取り給へ――」









 情事の最中だったのだろう。
 私はラルフ様と目合まぐわっていたマーガレットの首を、ワインのコルクのように引っこ抜いてみせた。
 目の前のラルフ様は、鼻の下のケツの穴でなにかを叫んでおられる。
 聞かなくてもわかる。命乞いの類だろう。
 私に何かを懇願し、あまつさえ、其れを叶えてもらおうとしているのだ。
 この期においてなんと傲慢で、愚かな行いなのだろう。
 私は手を伸ばした。
「手をお取りください。安心して、殺しはしません」
 私はラルフ様にそう微笑みかけてみせた。
 ベッドの上で糞尿を漏らし、力無く笑うラルフ・・・は滑稽そのものだった。
 私はつい意地悪をしたくなり、虫けらのようにラルフが差し出してきた腕をもいでみせた。
 不協和音。
 聞くに堪えない声で鳴く其れは、もはや観賞用にも出来る筈が無く、私は一思いに頭を潰してみせた。
 こうして私の父の仇は、目の前であっけなく死んでいった。
 一通り屋敷の者を殺した私が、最後に行ったのは、アンヌお嬢様の部屋。
 状況を呑み込めず、ただひたすらに狼狽えるお嬢様を、私はベッドへと連れ込んだ。
――――――――――――――――――
 フンヌンガガプとアンヌのくんずほぐれつは十八禁になるので、ここでは公開しません。
――――――――――――――――――
 何故、こんなことをしてしまったのか、自分でもよくわからないが、私の腕の中で嬌声を上げるアンヌお嬢様は、ひどく美しく、そしてひどく儚げであった。
 あの頃の、まだ幼かった私と重なってしまうからだろうか……。
 私は結局、アンヌお嬢様だけは殺すことなく、屋敷に火をつけ、記憶ごと燃やした。
 そしてその翌日――


「お、起きてください、フンヌンガガプ」
 唇に柔らかい感触を感じ、目を開けてみると、頬を紅潮させているアンヌお嬢様が、熱の籠った視線で私を見下ろしていた。




「あ、お、起きましたのね。その……フンヌンガガプ? 昨日はその……、とても情熱的な夜でございました。えっと……はしたないと思われるかもしれませんが……、もしよろしければ、また、貴女の好きなように、私のことを抱いていただけますか……?」




 ……どうしてこうなった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品