憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
神龍決着
謁見の間。
悔しさに顔を歪ませ、床の上で這いつくばっている預言者を、タカシは無表情で、見下ろしていた。
「――終わりだな。これでいま、龍空、人間界に散らばっている神龍たちがあんたに会いにくるぜ。よかったな、人気者じゃねえか」
「バカな……! このワシが……、こんなところで終わるというのか……!?」
「はぁ……、終わらせねえよ……」
「……な、なんだと?」
「ここまでしておいて、終わるわけねえだろ? なんのために、俺がここまで来たと思ってんだ。おまえがドーラに何したのか、覚えてねえのかよ。死にたくなるまで殴るからな。……いや、やっぱ殺すか」
「な――」
「このまま神龍たちが来たら、おまえはオレの手の届かないところへ行く。追放にしても、死刑されるにしても、だ。そのまえに、どうしても落とし前つけんきゃなんねえよな?」
タカシは腰の剣を投げ捨てると、右手首を左手で掴んだ。
タカシは低い、獣のような唸り声を上げ、魔力を、力を右手に集中させていった。
「ひ、ひぃ……!? な、なに……!?」
「わかるか? この右手を包む黒い炎が……。今度こそ幻術でもないんでもない、正真正銘の餓炙髑髏だよ。こいつは、おまえの精神だけを喰らい殺す!」
「なんなんだ、これは?! おまえ……、おまえは……一体……何者なんだ!?」
「教えてやろうか……! 俺は……ドーラの……保護者だあああああああああ!!」
「ひぃ……ギャアアアアアアアアアアアア!!」
タカシの拳が預言者の腹を貫く。
そしてその瞬間、預言者の体が発火する。
ボゴォ! と周囲の空気、全てを灼くような黒炎が、預言者の体を包む。
「死んで地獄から詫びろォ! オラアアアアアアア!!」
タカシは拳を引っ込めると、間を置かずに、連打を繰り出す。
絶え間なく繰り出される拳に、預言者は声をあげる暇さえなかった。
拳は預言者の顔を焼かれ、腹を焼かれ、腕を焼かれ、内臓をも焼かれていく。
「どうしたどうしたァ! 龍の鱗は、すべての炎を通さないじゃなかったのか!? ああ!? こんなモンかぁ!?」
「やめ…………やめ………………」
トドメと言わんばかりに、ひときわ重い拳がズドン、と腹部に突き刺さる。
「あがが……がが……が……」
タカシは拳をそのままにし、預言者の顔面を思いきり蹴り飛ばした。
それにより、預言者に刺さっていた腕がズボッと抜ける。
預言者は力なく虚空を見つめ、ただ金魚のようにパクパクと口を開閉している。
しかし、預言者には目立った外傷は見当たらなかった。
「餓炙髑髏は精神を灼く炎だ。肉体は、まあ、残しておいてやるよ。……同族の為にな」
タカシは吐き捨てるようにそう言うと、視線を移動させ、神龍国王に向き直った。
『ア……テンアテン……ア……テンアテ……ンアテンア……テンアテ……ンア……テンアテンアテ……ン……』
「終わったよ……。これでいいのかはわかんないけど、少なくとも、ドーラに危害を加えるやつはいなくなった……あんたも安心してくれ」
『ア……テンアテ……ンアテ……ンアテンア……テンア……テンアテン……アテンア……テン』
「つっても、もうわからねえかな……。さて、あんたもそんな姿、ドーラに見られたくないだろ? うん……、わるい。これは俺のエゴだ。……けど、最低限の、知ってしまった者のけじめだ。少しの間、辛抱しておいてくれ……」
タカシは目を閉じると、スッと優しく、国王に手をかざした。
国王が微かにもっていた生命エネルギーが、その肉体が、水辺の蛍のようにゆらゆらと散っていく。
「アテンア……テンア……テンアテン……アテンア……テンア……テン……ア……テンアテ……ン……ア……リ……ガ……ト……ウ……」
「……せめて、安らかに――」
タカシは国王の謝辞にほんの一瞬だけ、驚いたような顔になると、微笑んでみせた。
『逝っちゃいましたね……』
「だな……って、ルーシーか。起きてたのか?」
『話の邪魔をしないよう、ずっと黙ってました』
「もう昇天したのかとおもった。しぶといな」
『ええ!? なんでそんなこと言っちゃうんですか!? いまそういう話する場面じゃないですよね!? もうちょっと、沈痛な面持ちでいましょうよ! そういう場面でしょ! まったくもう、ほんと空気が読めないんですね! なんだかタカシさんのことが可哀想になってきました。なんですか? よしよしされたいんですか? してあげましょうか? 頭を出してください! してあげませんから!』
「うるせーんだよ。相変わらずだな、おまえは」
「ルーシー!」
アテンの声。
それと共に謁見の間の扉が開き、騒ぎを聞きつけた神龍が駆けつけてきた。
「よ、預言者が死んで……?」
「いや、生きてるよ。殺してはいない」
「……お、終わったのか?」
「それはこっちのセリフだろうが。おまえはどうだ? ……終わったのか?」
「……あたしは――」
「王女様ァ!」
アテンが答えるよりも早く、エウリーが謁見の間に、泣きながら入ってきた。
エウリーはすがるようにして、アテンのジャージを掴み、それと同時にスノがなだれ込んできた。
「助けてェ! 姉様が!」
「こら、スノ!」
「しかし、王女様……、愚妹のやつが……」
「おまえら、ほんとゲンキンだよな。いままでモドキ呼ばわりだったのに、いまは王女かよ」
「それに関してはもういいんだ、ルーシー。龍空がこうなった責任はあたしたち親子にある。……きちんと、みんなをもっと信用していたら、こうはならなかっただろう……むしろ、まだあたしを王女って呼んでくれるだけで、嬉しいんだ」
「王女……」
その場にいた神龍が、伏し目がちにそう呟いた。
そこへ――
ふたりの神龍が、息を切らしながら謁見の間へとやってきた。
一体はアリス。
そしてもう一体は、シノに斬られたはずのカーミラであった。
カーミラは体中、いたるところに刀傷があったものの、顔色は悪くなかった。
「龍空城の放送を聞いて、急いで戻って参りました! 状況はいかが……です……か……?」
「……だれ?」
「あんたこそだれよ! どうして、知らない奴がこんなところにいるワケ?」
「俺は……」
「彼女はルーシーだ。龍空を預言者から救ってくれた勇者だ。アリス」
タカシの言葉を遮るように、アテンが付け加える。
「も、モドキ……いえ、王女様……ですよね?」
「久しぶりだな、アリスにカーミラ」
「お久しぶりです! 嗚呼、わたしったら、王女様になんてことを……! 謝っても謝っても、償いきれるものではありません!」
「……お久しぶり、でございます。王女様」
「うんうん。……ところで、カーミラよ。おまえともあろう龍が、人間に手酷くやられたようだな」
「はい。それはもう。あのとき、死んだ、と思っていたのですから」
「でも確か……、自分を皇と名乗った人間に助けてもらったのよね? カーミラさん?」
「トバ皇のことか?」
皇という単語に、タカシは反応を示してみせた。
「え? うーん、たしかそんな名前だったわね。元勇者一行とも名乗ってたわ」
「……あの人、戦士だったよな……なんで回復できるんだ……?」
「ああ、それはね、カーミラさんに使ったのは、以前、旅をしていた時に入手した薬なんですって」
「そうか。……いや、それよりも、シノさんを見なかったか?」
「シノ……? 知ってる? カーミラさん」
「いいえ。あの……特徴を、教えてもらえますか?」
「ああ、ええっと、長い黒髪で目に前髪がかかってて……」
「それはもしかして……、龍殺しの剣士では?」
「そうそうその人だよ。その人は無事なのか?」
「はい。わたし共々、トバ皇に救われました。大丈夫、生きていますよ」
「そうか……よかった……」
タカシはシノの無事がわかると、ホッと胸をなでおろした。
「と、ところで、母様が見当たらないのだが……、もしや、未だ病床に伏しておられるのか?」
「え? あ、いやー……」
タカシはアテンから視線を逸らし、すこしだけ狼狽えている。
龍空城からの放送は、タカシによる編集があったため、国王に関しては部屋にいたタカシとサキ、ルーシー、それと預言者の四名しか知り得なかった。
「えーっと……なんだ、まあ、説明するよ。どうなったか」
タカシは歯切れが悪そうにそう言うと、謁見の間で起こった事、預言者から聞いた話を、かいつまんで、そこにいる者たちに聞かせた。
もちろん、アテンの母親がどのような姿になって、どうやって死んでいったかは伏せていた。
タカシの話を聞き終わると、みな一様に暗い顔で俯いていた。
「――大体、こんな感じだ。ちなみにドーラの母親……国王だな。あの人はもう、逝ったよ。……最期まで、ドーラ……いや、アテン。おまえの名前を呼んでいた」
「母様が……」
「……急で悪いが、さっさとこいつの処遇を決めたほうがいいぞ、国王様」
「うん。そうだな……て、ええ!? あたしがか?」
「他に誰がいるんだよ……」
「で、でもあたしなんかが……」
「アテン様。最早、我らの王となれるのは、貴女だけです。我なんかがこんな事を言う資格はないのですが……ここにいる全員、貴女が相応しいと思っていますよ」
エウリーの言葉に、アテン以外の神龍が力強く頷いた。
「みんな……、うん。わかったよ。あたし、母様の分も頑張るから! みんなも、あたしに付いてきてくれ!」
「はい!」
ドーラの問いかけに、そこにいた神龍全員が返事をした。
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