憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
ハートブレイク
龍空の城、謁見の間。
そこにはタカシと、気絶しているサキ、そして預言者がいた。
タカシは時折、背中からずり落ちそうになるサキを気遣いながら、眼前の預言者を睨みつけていた。
周囲には誰もいなく、既に人払いならぬ、龍払いがされていた後だった。
ひとりポツンと、謁見の間――その王座に座していた預言者は、タカシに対し、怒気を露にするでもなく、ましてや笑いかけるでもなく、特に何ら感情の籠っていない視線を向けていた。
「……ふぅ、なんだ。同胞よ。どうかしたのか?」
預言者が目を閉じ、口を開く。
タカシはその様子に眉を顰め、不満を口にする。
「もうクセー芝居はいいんだよ。全部ドーラから聞いたぞ。……龍のおっさん」
「なるほどなるほど……」
「まさか預言者さんに女装癖があるとはな。龍空もひっくり返るビッグニュースなんじゃないか?」
「ははは……、案外悪くはなかろう? 女装というのも」
「……おまえそれ、まじで言ってんのか?」
「無論、冗談だ。アホめ。……しかし、意外だったな。おまえが来るとは」
「なんだ、ドーラが来ると思ってたか?」
「ドーラ……ああ、あの小娘か……。そうだ。そうなるように仕組んだのだからな」
「……ひとつ訊くが、おまえは人間を、ドーラを消した後、神龍たちも消す予定だったらしいじゃねえか」
「………………」
「神龍ってのは大層なもんでよ。話を聞いたときから疑問だったんだ。そんなに簡単に消しゴムみてーに、消せたりできるもんなのか? てな。どうなんだよ」
「……なるほどな、ただのバカではなさそうだ。それで、貴様が来たということか?」
「やっぱりな。……奥の手があるんだろ? 対神龍用のとっておきってやつがよ」
「そうだな。おまえの予想通りだ。ワシには神龍共を一挙に消滅させる手段がある。やつらなど、ワシの敵ではないのだ。蝋燭の火を消すが如く、ひとつまみだ」
「そーかいそーかい。ならなおさら、ドーラを来させなくて正解だわな。……そんで、ここからがさらに、俺の推測なんだけどな……、おまえ、ドーラの母親はどうした?」
「……くっくっく。ワシにその質問を投げかけている時点で、おまえの中ではもう結論は出ているのではないのか?」
「くそッ、外道が……! おまえは許さねえ」
「ドーラ……いや、アテン様か。……再び龍空に生きて戻られたことは驚いたが、一度も二度も変わらん。しかし、今度は二度と戻ってこれぬよう、ワシが直々に葬ってやるとするか……」
そう言うと預言者はゆらりと立ち上がった。
カツカツカツ――と、足音を響かせながら、一歩、また一歩と、預言者はタカシに近づいていった。
預言者はタカシの正面まで移動すると、自分を睨みつけているタカシを見下ろした。
「退け。所用を思い出した」
「……俺は別にここを動かないぜ? おまえが俺を避けて、ここを通ればいいんじゃねえの?」
「喝!!」
預言者が声を張り上げる。
ビリビリと空気が震え、謁見の間にあった窓ガラスが割れた。
タカシは片眉だけをくいっと上げるが、表情は崩さない。
「下等生物如きが、ワシに気安い言葉を吐くな」
「いつまで俺たちの上に立ってるつもりだよ。トカゲ野郎。おまえらは既に、下にいるんだぜ?」
「ほう。ワシを不機嫌にさせる物言いは天下一品だな。どれ、次の減らず口を考えてみせろ」
「……余裕こいてんじゃねえぞ。おまえは殺す。絶対に殺す」
「……もはや、言葉を交わす知能すらも消え失せたか。去ね。疾く失せろ。目障りに他ならない。ここはワシの道だ」
タカシは背負っていたサキを部屋の端へぶん投げた。
サキは床をツルツルと滑ると、壁にぶつかり「へぶっ」と声をあげた。
「……最後だ。一応、訊いておいてやる。おまえに自首する気はないんだな?」
「フム。冥途の土産だ。これはアテン様の耳にも入れていただきたかったが……、まずは貴様に聞かせてやろう」
「……はあ?」
「国王陛下の最期だ。……傑作だったぞ」
預言者は顔をニタァと歪ませると、蛙のような鳴き声で嗤い始めた。
「神龍というのはだな、貴様らやワシら龍とは違い、内にある魔力と、外の魔力を使う。神龍は強ければ強いほど、外気の魔力を取り込むのが上手い。現在で云えば、筆頭戦士スノとカーミラ、そして陛下の三名がこれの扱いに卓越しており、他の追随を許さない使い手として、龍空にその名を轟かせている。普通に戦れば、ワシなどでは逆立ちしても勝てんだろう。しかし、ワシは事実、あの美しく、気高かったアレを亡き者にしてやった。……成功したのだ。外気魔法を取り込むことの阻害にな。空中に漂う魔力を操作し、変換し、有毒な物質へと変換させた。これをワシは魔力毒と名付けた。致死量の魔力毒を吸収した陛下は、内側から精神と肉体が瓦解し、もはや龍ではないナニカになったのだ」
「な!? ……てめぇ……ッ!」
「しかし、さすがは陛下。すでに肉体は神龍としての役目を終えておられるのに、魂はまだ、なにか未練があったのか、肉体から分離を拒まれておられるのだ。それでそんな陛下を、さすがに哀れだと思ったワシは慈悲をかけてやった。……見るか?」
「見るか……て、も……もしかして……!」
預言者がパチンと指を鳴らす。
それに呼応するように、床から、猛獣を閉じ込めておくような檻がせり上がってきた。
その中のソレをタカシが視認すると、タカシは目を見開き「ルーシー! 見るな!」と大声で叫んだ。
『ア……テン……アテン……ア……テンア……テンアテ……ンア……テンアテ……ン……アテ……ンア……テンアテ……ン……』
白いドロドロとした、スライムのような物体。
眼球のような物質が、行き場を失くした小鳥のように、物体の中をウロウロと蠢いている。
『アテン』
その物体はただひたすら、その単語のみを繰り返し発していた。
檻はただの入れ物に過ぎなく、ソレを留めておくものではなかった。
抜け出そうと思えばそこから抜け出せる、しかし、ソレには意思は感じられなく、其処に在るのは、ただ、ぐちゃぐちゃと『アテン』という者の名を呼ぶ物体だった。
「ワシの仮説では、本来はこのような姿にはならず、空気と共に肉体が霧散するように消える、クリーンな次世代エネルギー兵器にしたはずだったのだが……、さすがは陛下だ。娘の事を想う。ただそれだけの、取るに足らない、下らない未練のみで、まだこのようなゴミに魂を肉体に残しているとは……、まったくもって理解し難い。しかし、ワシは哀しいのだ。かように気高く、美しかった陛下が――」
タカシの振りかぶった拳が、預言者の醜く、歪んだ顔面を捉える。
アテンの時とは違い、魔力を纏った渾身の一撃。
怒りの拳は預言者の鼻を潰し、歯を喉へ押し込み、眼球を破裂させた。
「ヒヒヒヒ……イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 怒るか! 貴様が!? 他人の為に!? ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
顔をグチャグチャに潰されてもなお、預言者は痙攣するようにブルブルと笑った。
「もういい。もう……、喋るな。おまえは粉々にする」
「イヒ? ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! やってみろ。ワシは死なぬ! 絶対に――」
倒れ込んでいた預言者の顔面に、タカシの足がめり込む。
預言者の頭は床を砕き、ヒビを入れ、めり込んだ。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガンガンガンガンガンガン!!
タカシは無表情で何度も何度も、プレス機のような威力で、ミシンのように預言者の頭を踏み潰していった。
「絶対に……なんだよ?」
「――死にはしない、そう言ったのだ」
「――ッ!?」
その瞬間、タカシの胸から血まみれの腕が生えてきた。
その手には心臓が握られており、ドクンドクンと脈動している。
「カハ……ッ!?」
タカシは口から大量の血反吐をビチャビチャとぶちまけ、自らの心臓と、その腕を汚した。
――その背後には人影。腕の持ち主。
今もなお、タカシに踏み潰されているはず預言者が、其処にはいた。
タカシは何よりもまずは、自己の回復を優先しようと、預言者の腕に、手を伸ばそうとした。
しかし――
「ぬうん……!」
ブチ……ィ!
預言者が心臓を握ったまま、タカシの背後から正面へ腕を押し込んでいる。
「うおあああああああああああああああああああああああああ!!」
ブチブチブチブチブチブチブチィィィィ!!
血管が大きな音を立てて千切れていく。
千切れた血管はそこから大量の血を、辺りに撒き散らしていった。
もうすでに預言者の腕は、預言者の肩とタカシの背中がくっつきそうなほどに、深く刺さっている。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! アハハハハハハハハハハハハ!!」
無邪気な子供のように、狂人のように、嬉々として笑う預言者。
その手には、タカシの心臓が、剥き身の状態で握られていた。
「残念。これでお終いだ。異邦の者よ」
預言者は呟くようにして、手に持った心臓を握りつぶした。
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