憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
好戦主義
――トバ城天守閣跡。
ゴボゴボゴボと、魔力を含んだ溶岩の表面から、可燃性のガスが噴き出ている。
ガスは噴き出した瞬間、小さな焔となって立ち昇り、空中で霧散した。
辺りでは、そのような現象が断続的に続いていた。
そんな様を術者のカーミラは静かに、上空から見降ろしていた。
カーミラの背中には龍の翼。
アリスや他の龍たちも同様に、カーミラが放った『炉心溶融』から逃れるように滞空していた。
一方、翼を持たないトバ皇はじめ、人間の姿はどこにも見られなかった。
「人の生とは無常……、刹那のうちに散りゆく其れはまさに、火花。あなたたちの一生が、意味のあったものであるよう、せめてわたしは願いましょう」
「ちょっと! カーミラさん!? 極大魔法を出すなら、出すって言ってよ! 危ないじゃない! 咄嗟に跳びあがったからよかったものの!」
「出します」
「おっそーい! 龍たちもなんとか逃げられたけど、これ、アタシでも火傷するから! 一般兵だったら、重傷だから! わかってるの!?」
「それは……大変申し訳ないことを……、このカーミラ、全身全霊を以て祈りましょう。ああ、龍空におわす神龍王よ、どうか、わたしの愚かな行いにご慈悲を……そして、この者たちの魂を救い給え……願わくば、わたしの行いを咎めるアリスの記憶が、無くなりますように……」
「なくさないよ!? この仕打ちは、ちょっとやそっとじゃ忘れないから! なんなら、今後のあたしとカーミラさんの関係に、影響を及ぼしかねないから!」
「おちっ……!」
「舌打ちに『お』をつけても、舌打ちだから! べつに上品になったりしないから!」
「さて、アリスのツッコミが冴え渡ったところで、この地での任務も終わりました。次へ、滅ぼしに行きましょうか。るんるん」
「口ずさんじゃってるよ! はぁ……、カーミラさんって、見た目の上品さからは想像がつかないくらい、好戦主義だよね……」
「はい。なにせわたし、自分以外の生き物が血を流し、苦しむさまを見るのが好きでして……、ですから、この終わり方は……少々、不本意なのです」
「そ、そうなんだ……。ま、まぁそれくらい、手段を選べる相手じゃなかったってことなんだね」
「ああ、いえ――」
「危ない! カーミラさん!」
ドバァァァァァァン!!
溶岩地帯の溶岩がボコボコと盛り上がり、一気に弾け飛んだ。
溶岩は噴煙を撒き散らしながら上空に舞い上がると、あたり一帯に、雨のように降り注ぐ。
カーミラとアリスは、アリスが咄嗟に展開した魔法陣により難を逃れたが、それ以外の龍は、溶岩の雨をその身に浴び、叫び声を上げている。
アリスはそれを尻目に、自らの足元、溶岩の中心を見た。
ロンガが剣を空に向け、直立不動でカーミラを睨みつけている。
はじけ飛んだ溶岩はロンガの周りだけ、しかし、そこにはトバ皇をはじめ、シノ、テシ、そして数人のトバ兵がいた。
「ガッハッハッハッハ! やるな! 撃滅の! 俺は魔法はからっきしだからな! 助かった!」
「フッ、これくらいのこと、造作でもない……」
「無事……、なの? カーミラさんの炉心溶融を食らって?」
「いえ、よく見るのです。アリス。あのロンガという剣士を」
「あ、鎧が……!」
「はい。熔けて肌まで届いています。一人なら助かったでしょうが、あの人数を助け、さらに一部とはいえ、冷え固まっていない炉心溶融を吹き飛ばしたのです。あの者こそが真に警戒すべき相手、だったのでしょう。しかし、もはや彼は手負いの状態。長くは戦えません。どのみち、わたしたちの勝利は――」
「この……クソどもがァ……ッ!」
「許さねえ……ッ!」
「噛み殺してやる!!」
「あ! あんたたち! 待ちなさい! あれは罠――」
溶岩の雨を浴び、激高した龍たちが、次々にロンガたちに襲い掛かる。
アリスの制止を聞かず、龍たちは次々に細切れになっていった。
「残心の太刀」
幾重にも張られた斬撃の残滓が、容赦なく龍の鱗を、肉を断ち斬る。
「……わたしたちの勝利は、驕らなければ、確定的と言おうとしたのですが……。はぁ……、あのような、脳の八割以上が筋肉で構成されている者たちが、わたしの部下であることがとても恥ずかしい……神龍王よ、どうか、あの者たちに安寧と最低限度の智慧を……」
「ロンガくん……! 大丈夫?」
「フッ、問題など……あ……ぐぁっ……なにを!?」
シノがロンガの傷跡を、刀の鞘でなじる。
ロンガはこれに耐え切れず、顔を歪めた。
「カッコつけてる場合じゃないでしょ。はぁ……しょうがない。あたしとお父さんが神龍の相手をするから、ロンガくんは殿をお願い。いっちゃん、ロンガくんの補佐、できるよね?」
「ま、任されたのじゃ!」
「クッ……、俺はまだ、戦え――ぐぬぬぬぅ……!」
「ほらほら、強がってると、もっともっと痛くなるよー?」
「お、鬼じゃ……鬼がおる……」
「まあまあ、出番奪われて癪だろうけどさ、そのエネルギーはまたいつか、ちがうのに向けてよ。いまはあたしに任せて、養生しときなさい」
「し、しかし……!」
「なあに? 信用できないってこと?」
「いあだだだだだだだ! ち、ちがう、そうではない……! 大丈夫なのか? その力は……!」
「大丈夫。負担は大きいし、短時間しか使えないけど、その間に倒せばいいだけだからね。いけるいける」
「なんなら、パパが二体とも倒しちゃうけど?」
「あ、お父さんは死んでて」
「え?」
「予定が少々狂いましたが、これもまた一興。今度こそ、この手で八つ裂きにできるのですね……! わたし、少しばかり興奮しております。ああ、神龍王様……! どうか、これから行われる一方的な殺戮に、少しの間、目を御瞑りください」
「ちょっと、カーミラさん!? おーい? ……だめだ。トリップしてる……」
「なんだか、あっちも盛り上がってるみたいじゃの……」
「うんうん。ほんじゃま、開放しますか! 龍殺しの力ってやつを!」
◇
「歯ァ、食いしばれ! ドーラ!!」
タカシの振りかざした拳が、ドーラの頭頂部を激しく殴打する。
「――――――ッ!」
ゴンっ! と激しく骨が討ちつけられた音が響き、ドーラはたまらず声にならない悲鳴を上げた。
「な、なにやっとんだー! キサマー!! 王女様にー!?」
「あ? 王女様じゃないんだろ!?」
「あっ、た、たしかに……。では、この場合どう言えば……コラー! よくもモドキにー!?」
「おい、立てるよな、ドーラ……! こんなんじゃ痛くもねえはずだ」
タカシの拳はドーラを殴った反動で、皮がめくれ、出血している。
タカシは魔法で強化せずに、ドーラを殴っていた。
ドーラを殴ったのは、ただの少女の拳だった。それは暴力というよりは、躾に近かった。
「い、いたいよ……! ルーシー……!」
「うるせぇ! 勝手にいなくなりやがって! こんなとこまで散歩に来やがって! 連れ帰る身にもなれ!」
「連れ帰……」
「……なんだよ、忘れたのか? 約束しただろうが。おまえが記憶を取り戻してどっかに行っても、俺が連れ戻してやるって」
「忘れるわけ……ない……忘れないよ。でも――」
「だったら――」
ドーラは頭を押さえながら声を殺し、涙をポロポロと流していた。
タカシは振り上げた拳を引っ込めると、ドーラの頭を優しく撫でた。
心配になったのか、エウリーが龍化を解き、タカシの横まで駆け寄った。
その表情から、戦う意思はないように見てとれる。
「おまえ、やはり知り合いだったのか、アテン様と……」
「アテン……? だれだ、それ――」
「ルゥゥゥスィィィィィィィィ!!」
タカシを呼ぶ声。
声の主は、涙と鼻水を辺りに撒き散らしながら、タカシに駆け寄ってきた。
「サキ!?」
「人間!?」
エウリーはサキの登場に身構えたものの、戦闘態勢はとらず、サキとの距離を空けた。
サキはタカシに抱きつくと、顔面を胸部に擦りつけるように、頭を何度も動かした。
「よかった。生きてたんだな――って、おまっ、やめっ、きたなっ……!」
「びええええええええええええええん! どごいっでだの!? なにやっでだの!? 生ぎでだの!? よがっだ! 大好ぎ!!」
「一度に色々質問した挙句、どさくさに紛れて告白するな! てか、おまえこそ、ここで何してんだよ!」
「ザギぢゃんはぁ、ドーラぢゃんに保護ざれで! ぞれで……ぞれで……!」
「わかった。わかったから、とりあえず離れろ」
「うす! サキちゃん離れるっす!」
「くっそぉ……散々自分の体液をこすり付けやがって……!」
「す、すまん、ルーシー、状況が飲み込めなくて混乱している。どうなっているんだ、なぜここに、人間が……そして、なぜアテン様は泣いておられるのだ。我はここで、一体何をしたらいいのだ?」
「いや、それは俺にもわからん」
「ええ……」
「ただ、ひとりわかってるやつがいるよなぁ?」
タカシはそう言って、赤い芋ジャージを着たアテンを見た。
エウリーもそれにつられて、アテンを見た。
アテンはその視線に気がつくと、しゃくりあげながら答えた。
「……やっぱり話さないと、ダメか?」
「ダメ」
「ダ~メ」
「ダメです」
その場にいたタカシ、サキ、エウリーが同時にそう答えた。
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