憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
龍空の真実
今は昔、龍空にひとりの人間の男がいた。
その男は龍空へと迷い込んできてしまったと言い、龍たちに助けを請うた。
しかし、龍たちはこれを異分子と断定し、それの排除を試みた。
男は襲い掛かる龍たちの猛襲の中、なんとか生き延びたが、やがて力尽きたのか、地に伏した。
動けなくなった男を、龍たちがじりじりと追い詰める。
男の命の火もこれで搔き消えるかに思われた――その時だった。
一体の龍が男を庇うようにして、龍たちの前へと飛び出した。
龍たちはこれに対し、非常に困惑した。
なぜなら、その龍は龍たちの王である神龍王の娘――王女だったからだ。
龍たちは王女に対し、そこを退くように説得し、いかに人間が醜く、ずる賢い生き物かと必死に説いた。
しかし王女はこれを退け、龍たちに現状を客観視するよう促した。
龍たちはこれに絶句し、終ぞ誰一人として、何も言わなくなった。
龍たちは異分子を排除することばかりに目がいき、己がしていた事が見えていなかったのだ。
男は自分を救った王女に感謝した。
王女は男の謝意は受け取らず、代わりに『話』を要求した。
王女は男の出で立ちから、冒険者であると予想したからだ。
男は困惑したが、精一杯自分の世界のこと、これまで出会った人々のことを王女に話した。
王女はこれに大変感銘を受け、男を正式に客人として、城へ招き入れた。
そして王女は男が自分の国に帰れるまで、自らの家来として、男に職を与えた。
男はこれに喜び、そして受け入れた。
そして、そんな二人の邂逅から幾百もの太陽が昇り、また幾百もの太陽が沈んだ頃、男は自らの世界への帰り道を見つけたのだ。
すっかり龍空に馴染んだ男の出立に、王女をはじめ、龍たちはそれを祝し、宴を開いた。
集まった龍たちは悲しみ、またある龍は喜んだ。
王女もそのうちの一人であり、いつか人間の世界へ行くと男と笑顔で約束を交わした。
そしてその翌日、男の出立の日――王女が忽然と姿を消した。
龍空は全体が混乱に陥り、龍たち総出による王女の捜索が行われた。
しかし、いくら探せども、どれほどの数の龍を投入しようとも、王女は見つけられなかった。
そんな中、一体の龍が声を荒げ、ある者を告発した。
ある者とは、人間の男。
龍はその男の正体及び、龍空へ来た目的をつまびらかにした。
男の正体は侵略者。
そしてその目的は、王女の誘拐、そして龍空の乗っ取りだった。
龍たちはその内容に愕然とし、その告発を疑ったが、告発した龍は次々とその証拠を白日の下に晒した。
男は必死に否定したが、誰にも聞き入れてはもらえなかった。
龍たちは男を捕らえ、拷問にかけ、王女の居場所を聞き出そうとしたが、男は決して口を割らなかった。
結局、その男は激しい拷問を受けた後、目をくりぬかれ、龍の墓場へと捨てられた。
男は死の間際まで、王女の身を案じたフリをしていたという。
龍たちは報復として、人間界へ攻め入ろうと王に提言したが、王はこれを退け、二度とこの悲劇が起きないよう、龍たちに人間と一切の干渉を禁じた。
「――こうして我らは猿共のことが嫌いになりましたとさ。おしまい」
エウリーは手に持った紙芝居をひとつにまとめると、邪魔にならないように、廊下の端へと置いた。
「それでドーラ……、えっと王女様の行方は消えてしまった、と」
「そういうことだ」
「でも、おまえ。王女は死んだって言ったよな? これじゃ結局、行方不明ってだけで、安否は分からないじゃねえか」
「そうだ。だから、この話には続きがある。そこで王女は決定的に死んでしまった。そしてそれは、つい最近の出来事なのだ。……聞きたいか?」
「え? お、おう。聞かせてくれ」
「よ、よし。わかった――」
「ちょっと姉さん、こんなところで何やってんの?」
「ゴーン!? おまえ、どうしてここに」
廊下の奥からやってきた少女はゴーン。
エウリーの妹で、神龍三姉妹の末妹。
姉と同じような髪色をしているが、こちらは肩までで切り揃えられていた。
活発そうな外見のわりに、目はトロンとしており、半分しか開かれていない。
「いや、姉さんが遅いからじゃん……」
「も、もしかして……我を心配してくれていたのか?」
「うーん。まあ、ほんとは違うけど、そう言っておこう。そっちのが嬉しいんだもんね?」
「頼むから、そういうのはせめて、心の中にしまっておくか、小声で言ってくれ」
「それで、その横の女の子が?」
「ああ、地上で確認された神龍のルーシーだ」
「覚えてるよ。あのとき、俺たちに炉心溶融ぶっ放してくれたやつだよね?」
「おい、そう喧嘩腰になるな、ゴーン。あのときはルーシーも混乱していたから、おもわずぶっ放しただけだ」
「おもわずぶっ放せないからこその、あの魔法じゃん。アホなの?」
「あ、アホ!? せめてバカって言え!」
「バカ」
「あ、姉に向かって……よくも、そんな口の訊き方を……! しかし、許す!」
「許すのかよ」
タカシがため息まじりにツッコんだ。
「我は心が広いからな。これしきの事、軽く流せるのだ」
「バカやってないで、はやく王様のとこに行くよ」
「ああ! また!? もう許さんからな」
「ちっ、めんどくさいなー……てか、姉さん怒らせても何も特典ないじゃん」
「そのようなことはない。今回は日頃のご愛顧につき、なんと姉様に言いつける」
「ガキかよ! 自分の力でなんとか解決してみせろよ!」
「クハハ、我ら姉妹にはこれが一番効くのだ。見ろ、あのゴーンの青ざめた顔を! 姉様を恐れている証拠だ! そうだろ? ゴーン?」
「いいよべつに」
「へ?」
「いや、だってどうせ姉さんがスノ姉さんにチクったって、『つまらないことで、手をかけさせるな』って、怒られるの目に見えてるし」
「た……たしかに……!」
「そういうわけだから、俺のほうからチクっとくね」
「や、やめてくれ! おしおきされる……!」
「え? 聞こえないんだけど」
「やめてく……ださい……!」
「最初からそう言ってようね、姉さん」
「うう……、なんでこんな……」
「不憫だ……」
「さあ、ついてきてね、ご両名」
◇
エストリア城のような謁見の間。
だが、その広さは圧倒的に違っていた。
戦時下だからか、エストリアのように場内の兵は少ない。
そして中央には、でっぷりとした腹を拵えた老人が、玉座に座っていた。
タカシは感情が爆発しそうになるのを堪えながら、伏し目がちに、その前に跪いた。
「よくぞ参った。同胞よ」
「……は。御目通りいただき光栄です陛下」
「おいルーシー、この方は王ではないぞ。預言者殿だ」
「へ?」
「王は予てより、病床に伏しておられてな。代わりといっては何だが、ワシがそれまでの代理として、此の座についておるのだ」
「そ、そうなんすか」
「そうなんすよ。……まあ、預言者といっても、なにも占いをするだけではないぞ。龍空での政策に口を出したり、此度のように、人間界に攻め入る戦術などに口を出したりと、とにかく口を出すのが大好きな、口うるさい老人だ。そういった認識でよい」
「は、はぁ……」
「……してエウリーよ」
「はい」
「よくも戻ってくれたな」
「え!?」
「間違えた。よくぞ戻ってくれたな」
「あ、はい」
「……言い間違えるか? 今の?」
「しかし、すこし遅かったようだな。どこで道草を食っていたのだ」
「申し訳ない、預言者殿。廊下でこの者に、あの人間の話を聞かせていました」
「ああ、あの人間の話か……それはちなみに、どのような人間だったかな……?」
「ええ!? あの大事件を忘れてしまったのですか?」
「いや、ちょっとな。ここまで出かかっているのだが、いかんせん、歳が歳でな。無理やり出そうとすると、一切合切、いろいろと余計な物も出てしまいかねんのだ。リバースしてしまうワシの姿など見たくはないだろう?」
「なんの話ですか……。あれですよ。……なんといったか…、一刀斎……だったか? の話です」
「おお、そうだった。たしか、そういった名――」
「一刀斎!?」
「なんだルーシー、知っているのか?」
「……いえ、何も知りませんでした。何も」
「して、ルーシーとやら。おまえをここに呼び出したのは、他でもない。こちら側の戦力が圧倒的に足りていないからだ」
「戦力が、足りていない……? しかし、城にはオレを除いて……、いや、あともう一人を除いても、八体の神龍がいるんですよね」
「なに、人間どもに後れを取っているというわけではない。事実、人間界には大量の龍兵と、二体の神龍を送り込んでいる。制圧するのは時間の問題だろう」
「たった二体? 他の神龍は……?」
「残りの神龍はここに揃えておくべき。そう判断したまでだ。それはそれは、厄介な問題があるのだぞ」
「厄介な……問題ですか」
「エウリー」
「は。……では、先ほどの続きだ、ルーシー。消えていた王女の行方。それを話してやろう」
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