憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

最終試練 その肆



 大剣と大剣の斬り合い――
 というよりも、黒い鉄塊と黒い鉄塊のぶつけ合い。
 両者の手に持った得物は、およそ剣ではあり得ない衝突音を、辺りに撒き散らしていた。


 ドガン! ガンガン! ゴガン! ゴギィィィン!!
 まるでトラックとトラックとが、何度も正面衝突しているような衝撃音。
 壮絶極まりないその場の空気に反し、両者は一様に口の端をニヤリと上げ、その衝突斬り合いを楽しんでいるように見てとれた。
 タカシはその様子を、二階の観客席より、若干引きながら見ていた。




「やべえな、これ」


『なんというか、力と力の激突ですね……』


「ずっとガギンガギンいわせてっから、耳痛ぇしな。……あいつら、鼓膜破れてんじゃねえの」


『すごい衝撃ですよね、アレ。剣と剣とがぶつかり合う瞬間に、空気が一瞬、水中にできる、輪っかみたいなの作ってますもん』


「魔法使えない状況で、あれほど近寄りたくないのは、デフさんと同じか、それ以上だな……」


『ちなみに、肉弾戦に限って言えばですけど、デフさんよりもノーキンスさんのほうが強いらしいですよ』


「ああ……、あの筋肉ダルマさんか。体つきでいえば、あそこの猫野郎と一緒くらいなんじゃねえの?」


『うーん、でもノーキンスさんはもっと黒光りしてましたし、威圧感でいえば、シロちゃんさん以上でしたよね。シロちゃんさんは虎の被り物被ってるから、ちょっと威圧感がないというか、そもそも結構かわいいですよね』


「ブッ! ……アレがか?」


『え? ……ええ』


「アホか! あれのどこが可愛いんだよ!」


『ええー? 可愛くないですか? あのモフモフしたところとか』


「すまん。わからん」


『それよりもタカシさん、サキさんの手伝いしなくていいんですか?』


「バカ言え。さっきも言ったろ。魔法使えない状態であそこに行っても、疲れるだけだって」


『いやいや、疲れるだけなら手助けしましょうよ! 勝てないとかなら、まだわかるんですけど、疲れるからって……。それに魔法使えないんなら、なんでさっき剣を受けたとき、無傷だったんですか!? あれ、魔法ですよね?』


「気づいてたのかよ……」


『そりゃ気づきますよ。生身であんなの受けたら死んじゃいますってば。それより、どうして魔法が使えるって、気付いたんですか?』


「……ほら、猫野郎の腕、見てみろよ」


『……あれ? 治ってますね。あれは魔法によるものなんですか?』


「確信はなかったけどな。それを見て、咄嗟に腕周りに障壁を張った。一か八かだったけど、展開出来てよかったよ」


『……目ざといですね』


「嫌味か? ……まあ、戦ってる最中だからな。そりゃ目ざとくもなるわ」


『魔法が使えるなら、尚更参戦しましょうよ。なんで見てるだけなんですか?』


「めんどくさいってのもあるけどさ、……サキの顔、見えるか?」


『サキさんの顔……ですか?』


「あいつがあんな顔するの、オレにセクハラするときと……、オレと戦ったときだけなんだよ」


『……だから?』


「いや、あんなに楽しそうなのに、邪魔するのって野暮じゃね?」


『言ってる場合ですか! わたしたちにはやることがあるんですよ!? それに、ドーラちゃんのことも……、帰ってから存分に相手してあげたらいいじゃないですか!』


「……いや、おまえ簡単に言うけどな、あいつの相手すんのオレだからな?」


『いいじゃないですか! とにかく、はやく行ってあげてください!』


「はいはい、わかりましたよ……。おう! サキ!!」


「なに? ルーちゃん!」


『おおーッと! 観客席までぶっ飛ばされていたルーシー選手が、この局面で立ち上がったァァ!!』


「今から終わらせる。さっき偽サキが使ってた聖魔法で、一気にカタをつけるぞ!」


「え? でも、魔法って使えないんじゃ――」


「いいから使え!!」


「らじゃー!!」




 サキはシロを威嚇するようにして、大剣を大きく振り回す。
 そしてそのまま、後方へ跳躍し、大きく距離をとった。




「いくぞ! サキ!」




 いつの間にか観客席の前方――その手すりのふちに、体を乗り上げていたタカシが叫ぶ。
 その手には緑色の光。
 タカシは手のひらほどはある、その緑色の光弾をサキの背中に向かって放った。
 緑色の光弾はサキの体内に浸透していくと、そのまま全身を包んでいった。




「なにこれ!? 力が湧いてくる!」


「回復魔法の応用だ! そのまま、おまえの必殺技を猫野郎にぶっ込め!!」


「よーし、いっくよー!!」


「ふむ、これは不味いですね……、急いで退避しなければ――」


『おおーッと!? シロ選手!! ここで二人の合体技を! なんと、真正面から受け切る気のようです!!』


「え」


『漢気溢れるそのレスリング精神に! 私、感動の涙で前が見えません!!』


「あの……ご主人様……?」


『シロちゃんさんが、ふ……、不憫すぎる……。タカシさん、せめて、手加減してあげられませんか……?』


「いや、そうしたいのはやまやまなんだけど、魔法はすでにオレの手を離れたからな。手加減するかしないかは、サキのさじ加減次第。……なんだけど……」




 タカシは顎でクイッとサキのほうを指す。
 サキはシロの漢気に打たれたのか、感動しているように見受けられる。




「わかったよシロちゃん! ここで手加減するのは無粋ってことだよね? ――おっけー! じゃあ、サキちゃんたちの必殺技を、その身で受け切って!!」


「……あいつ、手加減する気ねえな。おーい! 猫野郎! すまんが、大人しく成仏してくれ!」


「あ、あの、ワタクシ仏教徒ではなく、猫なので、無神論者なのですが――」


「しらねーよ……」


「サキちゃんとルーちゃんの愛の結晶受け取れ! 『愛の究極雷光一閃アルティマソード大剣ヴァージョン!!』」




 タカシの魔法を元に、さきほど偽サキが纏っていた規模の、何倍もの電撃が、サキの体を駆け巡る。
 その姿はもはや雷神。
 精神と肉体は分離するギリギリのところまで魔法化しており、サキの実体がほとんどなくなっていた。
 やがて電撃は、全身から、手に持った大剣へと移行していく。
 サキは体をぐるんと一回転させると、そのまま大剣を横に薙いだ。
 眩いばかりの聖魔法を纏った電撃が、放射状に放たれる。
 放たれた極大出力の雷光は、一切合切、そこにある全てを持っていく。
 まるで魔力で創られた大量の狼が、横一列になり、得物に襲い掛かるようだった。


 コロシアムの外壁、内装、地面。
 そこにあるすべてを、黄色い狼たちが貪り、削り、咀嚼していく。
 そしてサキの眼前――コロシアムだったものは塵ひとつ、ゴミひとつ残さず、ただの更地と化していた。
 シロの姿はそこにはない。




『決着ゥゥゥゥ!!』




 もはや半分しかないコロシアムに、少女の声が響き渡る。
 しかし、そこには歓声はなかった。









「さてさて、最終試練を晴れてクリアした御二方に、通行証が授与されます。よく頑張ったわね! おめでとう!」


「あ、ありがとう……すげえ楽しそうだな。キャラもはっちゃけてるし」


「ええ、ここ数年のストレスが全部ぶっ飛んでいく感覚だったわ。また明日から仕事に専念することができそうよ」


「門番としての仕事か?」


「ふぇ? なんでバレて――じゃない! こほん、何を言っているのかしら? アタシの仕事は、我が主である門番様のお手伝いよ。第一、門番がこんなにプリチーで――」


「バレてねえとでも思ってたのかよ」


「うぅ……、口調とか変えて、精一杯見栄を張ったのに……」


「自分からバラしてたし、そもそも声とか一緒だったからな?」


「はぁ……、まあ、いいわ。こっちのほうがやりやすいもの。考えようによっては楽でいいわ」


「それよりもさ、よかったのか?」


「よかった? どういう意味かしら? もしかして、更なる試練をお望み?」


「いや、そうじゃなくてさ……お前のペットのことだよ」


「ああ、そんなことね」


「いやいや、そんなことって――」




 タカシが何かに気付き、視線を少女の顔から頭へと上げる。
 そこには疲弊しきった白猫が、少女の頭上にだらんと座っていた。




「生きてるじゃん」


「ふにゃあ……」




 シロは小さくそう鳴いてみせた。




「あら、それは皮肉かしら? 死にはしないって最初に言ったでしょ? 生きてる・・・・わよ。ちゃんとね」


「どんな歪曲した捉え方してんだよ。べつに皮肉で言った覚えはねえよ」


「そうなの? ……どちらでもいいわね。ついてきなさい。へご案内するわ」




 門番はそう言うとパチンと指を鳴らした。
 すると、半壊したコロシアムの床にパッと、下り階段が出現した。
 タカシとサキは門番に促されるようにして、階段を下っていく。




「あのさ、門番ちゃん」


「なにかしら? サキュバスのお嬢さん」


「この剣どうしたらいいかな?」




 サキはそう言って、手に持った大剣を振りかざした。




「どうって……、ああ、いいわよ。別に持って帰っても。お土産にするなり、料理に使うなり、お好きにどうぞ」


「ほんとに? やったー!」


「いいわよね? シロ?」


「ニャオン!」




 シロは門番の問いかけに、元気よく答えてみせた。




「おまえ、そんなの持って行っても、かさばるだけだろ」


「ええー? でも、イケてるじゃん、これ! 手に馴染むしさ」


「にゃん、にゃがにゃがにゃおう、んにゃんにゃん」


「おい、おまえのペット、にゃがにゃがうるさいぞ」


「ふむふむ、なるほどなるほど……」


「なんだ、猫がなんか言ってんの、わかるのか?」


「いいえ? 全く」


「おい!」


「でも、なにを言おうとしてるかは分かっているつもりよ」


「じゃあ、なんて言ってんだよ」


「『ぼくのご主人様は、世界で一番かわいいニャー』じゃないかしら」




 シロは起き上がると、サキの持っていた大剣に跳び蹴りをしてみせた。




「え、なになに?」




 サキはシロのその行動に狼狽えるが、やがて手元に違和感を覚え、手に注視した。
 大剣が、ガチャンガチャンと変形してゆき、やがてサキの手に収まるまで縮小した。




「おー、ハイテクだねー……!」




 サキは目を輝かせながら、手に持った剣を眺めた。




「なーにが世界で一番かわいいだよ。もっとペットを大切にしてやれ」


「あら、あなたに言われる筋合いはないわ。ルーシーさん……ではない人」


「!?」


『た、タカシさん!? この人……!』


「おまえ……、なんで……」


「そりゃわかるわよ。ここは死者と生者、現世と幽世の境界線。アタシはその門番。当然ではないかしら。……なにやら事情があるみたいだったから、言わなかっただけなのだけれど、これは忠告よ。……その体は早く返してあげなさい。取り返しがつかなくなるわ」


『え? それって――』


「どういう意味だよ」


「そのうちわかるわ。……嫌でもね。さて、ついたわ。ここよ」




 タカシたちがたどり着いたのは、最初に来た場所。
 少し大きめの日本家屋――その正面玄関ではなく、その側面。
 そこには『勝手口』と書かれた扉があった。




「ハリボテ……じゃない……?」

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