憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

最終試練 その参



『た、タカシさん……、サキさんが……!』


「おい、サキ!!」


「………………」


「冗談は止めろっつったろ!!」


『え?』


「ちぇ~」


『え? ……え?』


「なんだ? どうしたよ、死にそうな声出して……」


『え? あの、いま、バキっていいませんでした? バキって』


「いやいや、あのシロの腕を見てみろよ」




 そう言いながら、タカシが指をさしたシロの腕は、青紫色に変色しており、手首と肘の中間あたりがだらりと、逆方向にねじれていた。




『……あれって、サキさんがやったんですか?』


「みたいだな」


『いま、この空間って魔法使えないんですよね?』


「みたいだな」


『ということは、サキさんの力でやってのけたってことですか?』


「みたいだな」


『サキさんって怪力なんですか?』


「みたいだな」


『……わたしって可愛いですよね?』


「さあな」


『ええ? そこは「みたいだな」でしょ!』


「……なんで?」


「ルーちゃん、来たよ!」




 小走りでタカシのところまでやってきたサキが、上気した顔でタカシに話しかけた。
 シロは折れた腕を、その鋭い眼光で、ただじっと見つめている。
 しかし、その眼光は心なしか、先程よりも淡くなっていた。




「……なんか哀れだな。てか、なんでおまえ、若干興奮してんの?」


「え?! これ!? なんか久しぶりだから! 力使うの!」


「……わ、わかったから、そんな顔で近寄ってくんな」


「へいへいへい、さっきの女の子! これであなたの、自慢のシロちゃんはもう戦えないっしょ! サキちゃんたちの勝ちでいい? いいよね?」




 サキが誰に声を開けるでもなく、真上に声を発した。




『サクサクサク……、ふぇ!? ……これ、もう繋がっているの?』


「まだなんか食ってんのかよ……」


『こ、これも拾うのね……、もっと音の出ないお菓子選んだのに……』


「もう菓子どうこうはいいんだよ! 試練終了なのか、まだなのか、それだけはハッキリさせろ」


『えー、こほん……! 試練はまだ続行中だわ!』


「まだ続くのかよ……」
「てことは、あのシロちゃんまだ戦えるってことだよね?」
「エーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!?」




 少女のそのアナウンスに一番驚いていせたのは、シロだった。
 シロは大声を出すと、口をあんぐりと開け、何かを悟ったように、ただじっと虚空を見つめている。




「おい、あんたのペット、すげえ不憫になってきたんだけど……」


『コラコラ、アタシの出したなぞなぞ忘れちゃったの?』


「あ、そっか!」




 少女のアナウンスに、シロはその表情のまま、ポン、と手を叩いてみせた。




「腕折れてんのに、器用なことしてんじゃねえよ……って、え? まだなんかギミックがあんのかよ」


『まだ四足から二足になっただけでしょ? 最終三本足フォームのお披露目がまだなのを、お忘れかしら?』


「三本足ってどうするん――」




 ブォンブォンブォンブォンブォン――ドスン!!
 吹雪を斬り裂き、回転しながら氷原へ突き刺さったのは、タカシの身の丈以上はある黒い物体。




『三本足の正体、それは杖を持った老人――ではなく、大剣「遍断あまねだち」持ったシロのことだったのね!? これは驚きだわ!』




 それはもはや、剣というよりも、鉄の塊を無理矢理削り出し、無理矢理剣と呼称しているだけの物体。
 例えるならそれは、剥き出しの暴力の塊。
 それが、どこからともなく、シロの目のまえにドスンと、突き刺さった。




「『だったのね!』 ……じゃねえよ! 自分で演出しておいて、白々しいんだよ! しかもなんか、どんどんおまえのキャラが不安定になって――」


『さあさあ、戦いも佳境に入って参りました! 司会を務めるは、私、謎の美少女門ば――の使い! 本日の対戦カードは麗しい筋肉! 唸る筋肉! 迸る筋肉! 我らが筋肉、シロ選手!』




 どこからか、大音量の拍手と歓声が聞こえてくる。
 それと同時に氷原は消え失せ、タカシたちはいつの間にか、エストリアのコロシアムに立っていた。
 しかし、観客席には誰一人として観客はおらず、コロシアムの周りは相変わらず無の空間が広がっている。




「な、なんだこれ……!? どうなってんだ!」


『さてさて、そんな筋肉キリングマスィィィンに挑むは、命知らずのこの二人組だ! 人類の期待を一身に背負う勇者の娘、純情可憐な騎士処女ビッチサキュバス、サキ!!』


「う、うおおおおおおおおおおおおおお!? やったるぜ!」




 サキはなにがなにやらわからないまま、とりあえず歓声に応えてみせた。




「さすが、場慣れしてるだけはあるな……」


『そしてもう一人は! 体は女、頭脳は男。可愛い顔して吐く暴言の数々に、周囲はドン引き! 殺戮魔王、ルーシー!!』


「オレだけ悪口じゃねえか! ぶっとばすぞ!」


『ひえ~、聞こえましたか!? 皆さん!? いまの暴言! 怖いですね~』




 大音量のブーイングがタカシに浴びせられる。
 タカシは眉を顰めると、上空に中指を突き立てた。




『おおっとォ! これはモザイク処理が必要になりますね』


「てか、なんなんだよ、これ!」


『もう最終試練も終盤に突入したのだから、盛り上げていこうと思ったのよ。アタシエンターテイナーからの粋な計らい、というやつね。大丈夫、お礼はいらないわ』


「うるせえよ! どこが粋なん――」




 カーン!
 突如鳴り響くゴングのような、金属音。
 それに呼応するように、タカシの目の前まで大剣黒い塊が肉薄する。
 次の瞬間、コロシアムの二階観客席から土煙があがった。
 タカシは一瞬にして、そこまで吹き飛ばされたのだった。




『おーっと! ここでルーシー選手ぶっ飛ばされたァー!! これは致命傷どころの騒ぎではないぞォ! 生きているのか!? 果たして、生存しているのかァー!?』




 少女のテンションアップに呼応するように、会場のボルテージがぐんぐん上がっていく。




「……なんか、さっきより速くなってない? シロちゃん」


「はい。この遍断のお陰でございます」


「重いもん持ったら速くなるの? それって、おかしくね?」


「いいえ。おかしくなど、ございません。遠心力ですよ」


「……なにそ――」




 ガツン!!
 シロの放った大剣がサキの頬を掠め、背後の壁に突き刺さる。




「こういうことにございます」


「わ、わけわかんねー……でも――」




 サキはシロに背を向け、大剣のところまで小走りで行くと、それをすばやく引き抜いた。




「お、重っ!?」




 サキはそう言いつつも、いろいろな角度で大剣を素振りをしてみせた。
 サキは一通りの素振りを終わらせると、シロに向き直り、不敵に笑ってみせた。




「こんな感じかな……、それにしてもシロちゃんさぁ、敵さんに自分の得物を投げ渡すって、ちょっと迂闊じゃなーい?」


「いいえ。そうでもございません」




 シロはそう言うと、パチンと指を鳴らしてみせた。
 ――静寂。
 その空間に特に、なにか変化が起こることはなく、サキはおもむろに小首を傾げた。
 シロはそれに対し、突然、断続的に指を鳴らし始めた。




「……なに? 何も起こらないけど、もしかしてただの指パッチン自慢だったとか?」


「いえ……、あの……、ご主人様?」


『おおーッと! シロ選手! ここで生意気にも、ご主人様である私に格好よく合図を送ってしまった! これではご主人様も協力する気も失ってしまうというもの! さあ! 果たしてシロ選手はどうするのでしょうかァ?』


「………………」


『お? お? シロ選手が膝を折ったぞ? そして手を前へつき――地面に――ひたいを――擦り付けたァァァ!! これにはご主人様も感涙を禁じ得ない!! 思わずタオルではなく、大剣を投げてしまうもの!! ただし、剣の代金はもちろんシロ選手の給料から差し引かれます!!』




 再び、どこからか、大剣がブンブンと回転しながら飛んでくる。
 大剣はさきほどと同じように、土下座をしているシロの目の前に突き刺さった。




「……そこまでする必要ある? サキちゃんから奪えばよかっただけじゃん」


「いえ、とんでもない。それれにその方法ですと、そもそも、奪えるかどうかわからないですし、それにワタクシ……、筋肉と筋肉、大剣と大剣、という武骨で野蛮な果し合いに憧れていまして……、その為でしたら、デリシャス猫缶を一か月我慢するなど、どうということありません」


「給料って、餌だったんだ……」




 シロは土下座を解くと、地面に刺さった大剣を抜き、サキに向かって構えた。
 その眼光は以前よりも鋭く、鋭利に、サキの全身を刺し貫く。
 サキは今度こそ臨戦態勢を整えると、ビリビリと、纏わりつくような闘気に口角を上げた。




「よろしいですかな? ……では、御覚悟をば――」




 ガキィィィィン!!


 大剣黒い塊大剣黒い塊
 それらが激しくぶつかり合い、火花を散らした。

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