憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

テシの謝罪(百合描写有)



「サキ、起きられるか?」




 牢獄――
 というよりも、簡易的な拘置所。
 拘置所は石造りの壁に囲まれており、鉄格子がはめられている。
 その中に、タカシとサキの二人がいた。
 抜け出そうと思えば、タカシであれば簡単に抜け出せるほどの造り。
 しかしタカシはそこから逃げ出そうとはせず、この状況をただ享受していた。


 タカシはボロボロの茣蓙ゴザの上に座り直すと、横になっているサキをゆさゆさと揺さぶっていた。




「ううーん、むにゃむにゃ……ルーシー、いいにおいするー……」




 サキがそう寝言を言いながら、寝返りをうつ。
 しかし、サキはそのまま腕を広げ、タカシに抱きついた。
 不意を突かれて支えを失ったのか、タカシはそのまま背中からパタンと倒れ込んでしまう。


「お、おい……、サキ、やめ――」


 サキはタカシの言葉を遮るようにして、タカシの首筋に噛みついた。
 決して歯形は残らない、絶妙な力加減でタカシの首筋をはむはむと甘噛みしていく。
 タカシは抵抗しようと試みたものの、うまくサキを払い除けられないでいた。


 さきほど浴びた強力な電流毒。
 タカシの解毒スキルでも、それを分解するまでには至っていなかった。




「く……んっ! おまっ、起きてんだろ……! 今すぐどけ……ぶっとばすぞ……!」


「あむあむあむ……あれ? ルーちゃん、力入らないの?」


「な、なんか……、ダメだ。うまく力が入らなくて――」


「へぇ……じゃあ、しばらくはこのまま、サキちゃんのしたいことができるんだね」




 サキは一旦タカシから離れると、ぺろりと妖艶に舌なめずりをしてみせた。
 そしてそのままずるずると移動し、タカシの腹部に座る。
 サキはそこから徐々に上半身を倒すと、自身の唇をタカシの唇ぎりぎりまで近づけた。
 タカシは引きつったような顔で、生唾を飲み込む。
 サキはその様子を見ると、悪戯ぽく「くす」と笑い、細く長い指をタカシの胸部へ滑りこませた。




「は? え? おい、やめ、んなことやってる場合じゃ――」


「だいじょぶだいじょぶ、ルーちゃんはただ、じっとしてるだけでいいよ。あとはサキちゃんがぁ、やさしーく――」


「やめるのじゃー!」




 突如、拘置所にテシの声がこだまする。
 テシは顔を真っ赤にしながら鉄格子の扉に近づくと、かちゃりと鍵を開けた。
 テシはサキをタカシから強引に引き剥がすと、適当にぺいっと放り投げた。
 テシはタカシに向き直ると、泣き出しそうな顔で深々と土下座をしてみせた。




「許してほしいとは言わぬ! もはや報復として殺されてもよい。……しかし、でも、せめてワシの理由を聞いてはくれぬか、おね――ルーシー殿!」




 タカシとサキが顔を見合わせる。
 タカシはふっと息を吐くと、テシの頭にそっと手を触れた。
 すると、テシはおずおずと顔をあげた。
 目には大量の涙が溜まっており、いまにも泣き出してしまいそうなほど。




「……ああ、オレもなにも聞かないで、いきなり攻撃してすまなかった。あのときのオレは、もっと冷静でいるべきだった……こっちこそ、すまん」


「いや、あれはしょうがないことじゃった。あの娘は……、ドーラ殿はルーシー殿にとって大事な友達じゃったんじゃ……むしろワシが……うう、ワシがぁ……」




 タカシは拘置所内をぐるりと見渡すと、テシをまっすぐに見た。




「ドーラのことについては、シノさんから聞いたのか?」


「す、すまぬ……、だいたいの事情は……シノ殿から聞いのじゃ」


「いや、いいんだ。今回のことは両方が悪かった。それでいいだろ。頭に血がのぼって周りが見えなくなって、テシを蹴り殺そうとしたオレ。それを納めるために、強硬手段を使ってオレを無力化するしかなかったテシ。それで痛み分けにしよう」


『なんか、そうやって聞くと、こっちが一方的に悪い気がするんですけど……』


「ぐすっ、恩に着る。おね――ルーシー殿」


『テシさんもそれでいいんだ……』


「それでテシ、話しておきたい事ってなんだ?」


「まずはこの国において、神龍と定義づけられている・・・・・・・・・生き物について語ろうと思う」


「どういう意味だ? あいつ――ドーラは神龍だって言うのか?」


「そうじゃ。あれは間違いなく神龍じゃ。あの雪のような白い竜鱗、触れただけで切り裂かれてしまいそうな爪、そしてなにより、おね……ルーシー殿の頬を切り裂いた闘気」




 タカシはそっと自分の頬に触れる。
 タカシの頬には、炎症を抑えるための絆創膏が貼られていた。




「これはテシが……?」


「そうじゃ。毒はなかったが、放っておいて、バイ菌や雑菌が入り込んで化膿してはいけないのでな。応急ではあるが手当はさせてもらった」


「そうか……、ありがとな」


「いやいや、何を言うのじゃ! る、ルーシー殿はこの国の大事なお客人。そのお方に間接とはいえ、手を出してしまったのじゃ。せめてこのくらいの処置は――」


「なあテシ。……べつに呼びづらいのなら、おねえちゃん、って呼んでいいんだぞ?」


「よ……、良いのか? ほんとうに?」


「ああ、痛み分けっつったろ。それに、ルーシー殿・・・・・だと他人行儀だしな」


「う……、うう……、おねえちゃん……ごめ……ごめんなさい……! ワシも……頭こんがらがってて……、もっと冷静に、対応、でぎだのに……! 死んじゃったんじゃないかって……思って、殺しちゃったんじゃないかって……思って……でも、生きててぐれでで……よがった……よがった……ごめんなざい、ごめんなざい。うわぁぁぁん!」




 いままで強がっていたのか、堰を切ったように、テシの目から涙が溢れてきた。
 タカシはそっとテシを抱き寄せると、頭を軽くなでた。









「神龍とは破壊と再生の象徴。つまり、神龍がワシらの目の前に現れるということは――」


「この世界を破壊してから再生させるのが目的ってことか?」


「そういうことじゃ」




 テシはひと通り泣いた後、目の周りを赤くしながら、神龍のことについて語っていた。




「ただ、世界を破壊できるほどの力を持っている龍が、なんで記憶を失くして、炭坑なんかで暮らしていたんだ?」


「さあ……、それはワシにもわかりかねるの……」


『あ、タカシさん、思い出してください。ドーラちゃんがあそこにいた理由』


「……そうだ。ドーラはあそこへは逃げ隠れていたと言っていたんだ」


「逃げ隠れ……? 神龍のような存在が?」


「ああ、でもあいつと最初会ったとき、あいつはオレに全く抵抗しないで斬られていた」


「むむむ……、それはすこし妙じゃな」


「ああ、そのことについてはシノさんもそう言っていた」


「姫が?」


「ああ」


「ふぅむ……たしかに、確信がなかったとは言っていたが、このことじゃったのか……」


「それにあれだ。あいつが現れたのは――記憶を取り戻したのは、この世界を破壊するためだろ? だったら、なんであいつは忽然と姿を消したんだ?」


「記憶を取り戻した? あの娘――ドーラ殿はたしかにそう言ったのか?」


「ああ……、ちょっと呟いただけだったけど、オレはたしかにそう聞いた」


「むぅぅ……謎は増々深まるばかり、とくるか……。ワシが座学で習った神龍の特性と、おねえちゃんの言うドーラ殿の行動が、見事に合致しない。しかし、その姿かたちは教本や神龍像のそれと全く一緒……これは、手詰まりかの……指を咥えたまま、世界が滅ぼされるしかないのか……いや、そんなことは――」


「オレは、そうじゃないと思う。ドーラはドーラだ。記憶を取り戻そうが、元々が破壊と再生の象徴だろうが、あいつはあいつだ。あんな臆病なやつがおいそれと、そんなことはしねえよ」


「……随分と、ドーラ殿を信頼しておるのですな」


「まあな、あいつとは長いこと一緒に過ごしてきたんだ。それくらいわかるさ」


「ふふ……、それはすこしだけ羨ましいのじゃ……」


「あ? なんか言ったか?」


「な、なんでもないのじゃ……!」


「そうか? 羨ましいとか聞こえた気がするんだけど、なんだ、気のせいか……」


「ううう……、おねえちゃんはイジワルじゃ……」


「さて、これまでの話を要約すると、こうだな。二週間前、オレが王の特命を受けて船に乗船したときから、事は始まっていた。ドーラはオレに内緒で、船に乗り込んで密航を図った。そのころからだったな、城下町広場の神龍像がひかりだしたのは?」


「そうじゃ。みんなそのときは、すごく驚いておっての」


「ああ、なんせ神龍っつーのは破壊と再生の象徴だ。その像がいきなり光出したんだ。慌てないほうがおかしい。――そして、満を持して今朝……今朝でいいんだよな?」


「そうじゃ。いまはもう陽は沈んでおるが、まだこれらは、今日の出来事じゃ。……それにしても、ビックリしたのじゃ。あれほどの電流毒を食らいながらも、半日もたたずケロリと起き上がっておるのじゃからな。病院に連れていきたかったが、その時のおねえちゃんはまだ、神龍と共謀して世界を滅ぼそうとしている罪人。ここから連れ出すことは叶わない……だから、医者を呼ぶことにしたのじゃが……、それもさっき帰ってもらったところじゃ」


「ああ、それでいい。治療は自分でもできるしな」


「……かたじけないのじゃ」


「ところで、シノさんは?」


「姫は今回の事を城へ報告しに行っとるのじゃ」


「そうか。……話を戻そう。それで……今朝、オレたちの船がここに着いた。オレたちはテシやアヤメさんと一緒に城へ向かい、半ば強引に神龍像のことをトバ皇に押し付けられた。それでその頃、ドーラはひとりでフラフラと城下町の広場へと向かっていた。オレたちが広場に着いた頃にはドーラは記憶を取り戻し、どこかへ消えた……」


「ふむ、それがいまに至るまでの経緯じゃな。むぅ……でも、情報を整理したところで、なにも打つ手がないということには――」


「なんだよテシ。聞いてなかったのか? 打つ手ならあるぞ」


「え? なにかいい案でもあるのか?」


「もちろんだ」


「おお! さすがはおねえちゃん! 聞かせてほしいのじゃ」


「簡単だよ。あいつのところに行って、ぶん殴って、連れて帰ってくる。それだけだ」

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