憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
与力幼女勅使河原勅使
タカシの周りを囲んでいた警官たちが、波が引いていくように引き上げていく。
警官たちは口々に
「んだよ、無駄足かよ」
「これ、手当着くんだろうな」
「やべえ、さっきテシさんに足踏まれた」
「まじで? 羨ましいんだけど」
「それよりあそこでぶっ倒れてる痴女、やばくね? なんかこう――やばくね?」
「ああ、何だか知らんが、あれはやばかった。とにかくこう――やばかった」
と談笑をしながら帰っていった。
「……おいおい、どこの国の兵士も同じかよ」
「うむ? どうなされたのじゃ、ルーシー殿」
「いや、なんていうか。国は変わっても、人間は変わらないんだなって」
「ほむほむ……、深い! まさに両国を見てきた者にのみわかる、経験に裏打ちされた価値観というやつじゃな。いやはや、頭が下がる思いとはこのこと。不勉強な自分が恥ずかしい限りなのじゃ」
「いや、あの、適当に言ったのにそんなふうに解釈しなくても……」
「だめだよ、ルーシーちゃん。いっちゃんには冗談とかは通じないから」
「むむ、いまのは冗談じゃったのか……」
「ごめん。冗談というか軽口というか、とにかくこれからはそう言うのは言わないでおくから」
「いやいや、こちらこそ理解力が足りんかったようじゃ。ルーシー殿が謝ることではないぞ」
『ぷーくすくす』
「んだよ」
『なんだかタカシさんぽくないですね。さすがのタカシさんでも、こんな小さい子には形無しですか? そんな困った顔しちゃって、おかしいですよ。ぷぷぷ』
「…………」
『ちょ、なにやってんですか! やめ、ヤーメーテー! なに揉んでるんですか! セクシャルなハラスメントしないでください!』
「なに、たまにはこうしてやらんと育つモンも育たんだろ」
『イーヤー! 謝りますから! 陳謝しますから! その手を動かさないで!』
「わかりゃいいんだよ、わかりゃ」
『……変態』
「そういえば、さっき耳打ちされたのは何だったんですか?」
「ああ、町奉行さんたちが引き上げたこと? ほら、さっきも言ったじゃん。いまもトバでは戦時中だって」
「なるほど、それでですか」
「うむ。ワシもビックリしたぞ。いきなり戦争中であるエストリアの船がトバに上陸して、さらに姫が乗っていたとは。てっきり人質にされとるのかと……」
「ごめんね、でも出てきたのがいっちゃんでよかったよ。これが漬物ちゃんじゃなくてよかったよ」
「……姫、まだ菖蒲殿のことをそう呼んでおられるのか……」
「漬物ちゃん……? 誰ですか?」
「ああ、漬物ちゃん? 漬物ちゃんは実家が漬物屋さんだから漬物ちゃん。こっちも可愛い妹弟子なんだけど、漬物ちゃんはいっちゃんと違って、ものすごいバイオレンスな子でね。あたしを見るたびに稽古云々関係なしに斬りかかってくるから、師匠に破門されちゃったんだ」
「そ、そんな危険人物が……」
「それは姫がアヤメ殿を『漬物ちゃん』呼ばわりするからじゃと思うのじゃが……」
「ええ!? いいじゃん、漬物ちゃん。あたしは可愛いと思うけどな。あたしお漬物好きだし」
「それ、姫には悪意がなくても、立派ないじめじゃからな?」
「なんて言われたって、あたしは漬物ちゃんって呼ぶのはやめないよ! なんてったって、いまさら呼び名を変えるのはメンドクサイからね!」
「はぁ……、なぜこうも頑固なのか……。エストリアでもいつもこんな調子だったのか? ルーシー殿」
「まあ、あんまり変わらねえよ。だいたいがこんな感じって言うか……すみません、年下ぽいからこんな口調だけど、失礼に当たらないのか?」
「無論じゃ。ルーシー殿のほうがワシよりも大人じゃし、話を聞いた限りじゃと、トバの御客人じゃからな」
「そうか……、よかったよ。なんか、それなりの役職についてそうだから、ちょっと困ってたんだ。仲よくしような、テシ」
「うむ、問題ないぞ。あの、それで……、仲良くなったついでに……じゃな……」
「ん? どうした?」
「えっと……ルーシー殿、折り入って頼みがあるんじゃが……」
「な、なんだよ。そんなに畏まって」
「じつはその……お……おお……」
「お?」
「おねえちゃん! ……と、呼んでもいいじゃろうか……」
「へ?」
「あ、も、もちろんダメならダメって言ってもらって大丈夫なのじゃ! ……す、すこし……ちょっと……だ、だいぶ? 残念じゃけれど……」
テシはそう言いながらもじもじと、ときおり遠慮がちにルーシーを見上げている。
「……おいルーシー」
『なんですかタカシさん』
「ちょっと、いいか?」
『ええ、奇遇ですね。わたしもちょっと言いたいことが――』
「すっっっっっっっっっげえ!!」
『可愛い!!』
タカシの突然の大声に、テシはビクッと肩を震わせた。
タカシはテシに抱き着くと、わしゃわしゃとテシの頭を撫で始めた。
「なんだこの生き物!」
「や、やめっ! やめるのじゃ~!」
テシは口ではそう言っていたが、タカシを引きはがそうとする気配はなく、むしろ、その行為を甘んじて受け入れていた。
「あ、補足しておくとね。いっちゃんはこれまでお姉ちゃんって呼べる人がいなかったんだ。あたしはほら、お姉ちゃんって言うよりお姉さんってかんじじゃん? 漬物ちゃんもあたしとそんなにトシ変わらないからさ……、ルーシーちゃんがいちばん年齢的に近いんだよ。……あ、ちなみにそれ、あたしにもやってもらっていい?」
「いい! 許す! オレをお姉さんと呼べ! なんでも許すぞ!」
「ふにゃあ~。あ、ありがとうなのじゃ~」
タカシはしばらくテシを撫で回すと、満足したような顔で立ち上がった。
テシは乱れた髪の毛を手櫛で整えている。
タカシはその様子を、鼻の下を伸ばしながら見ていた。
「まあ、でも連絡ぐらいはしておくべきだったかなって」
「なに、それは姫が気にすることではなかろう。それに、連絡と言っても手段がないではないか」
「うーん……、まあね」
「さて、姫、おねえちゃん。これから皇――つまり姫の父君のところまで、これに乗っていってもらうぞ」
出てきたのは馬。
ではなく、馬の形を模したロボットだった。
馬はその細部に至るまですべてがメタリックで、生き物とは程遠い風体だった。
「えっと、あの、これは?」
「なんじゃ、エストリアには無かったのか? こやつはマクベスドネルケバブジャックスタローンじゃ」
「ど、ドネルケバブ?」
「マクベスドネルケバブジャックスタローン五世じゃ」
「なにさり気なく五代目連れてきてんだよ、初代はどこ行ったんだよ。……ていうか、エストリアにあるとかないとか以前にさっきの人たち、拳銃みたいなの使ってなかったか? 文明レベルがおかしくねえか? なんか着てるのは着物だし、ロボット使ってるし……よくわからん」
「ふむ、おねえちゃんに説明するとじゃな……『トバは技術者の国で、安定した資源供給と、卓越した技術と革新的なアイデアを持った技術者たちを擁する先進国である』そうじゃ」
「……テシ、その巻物は?」
「ガイドブックじゃ。トバのことなら、大抵なんでもここにあるぞ」
「な、なるほど……とにかく、なんで馬の形をしたロボットを作ったんだ?」
「移動の脚じゃったり、効率化を求めた結果よ。本物の馬じゃと走らせるとバテるし、病気にもなるし、挙句の果てにあいつらうんちもするじゃろ?」
「そりゃな。生き物なんだからクソのひとつやふたつ、当たり前だろ」
「いいこと言えば、肉が美味いことぐらいじゃの。だとしたら、もうそこまでして飼育する意味はないじゃろ?」
「じゃあ、本物の馬は?」
「必要なもの以外はほとんどいないのぅ。それにみな、それほど馬肉は好かんみたいでな。年々減少しておるわ。おいしいのに……」
「そ、そうなのか……というよりそもそも、これってどれくらいのスピード出るんだ?」
「毎時六十公里くらいじゃなかろうか。従来と比べてだいぶ速くなってる上に、疲れない。どうじゃ? トバの技術はすごいじゃろ?」
「いや、なんというか技術の無駄遣いというか……、もっとこう――四輪駆動の箱みたいのほうがいろいろといい気がするんだけど……」
「なんじゃ、おねえちゃんは技術者じゃったか。ほむほむ、四輪駆動の箱とな。なるほど良いことを聞いたかもしれんの。さっそく持ち帰って検討してみるかのじゃ」
「お、おう。なんか役に立てて何よりだ」
「それにしてもあれだね、エストリアには拳銃なんてなかったのによく知ってるね、ルーシーちゃん」
「え?」
「さっきのおにぎりの件といい、今回の拳銃といい、もしかしてルーシーちゃんってさ――」
「し、城へ!」
「へ?」
「城へさっさと向かいましょう! 時間は刻々と過ぎていきます。今こうしている間にも、エストリアとトバとの間では戦争の火種が燻ぶっているのです。もはや一刻の猶予はありません。我々は一刻も早く、皇の元へ向かい、停戦の申し出をしなければなりません! ささ……シノさん、どうぞ、この馬ロボに跨ってください」
「え、あ、ちょ――」
タカシはシノの体を強引に抱きかかえると、そのままマクベスドネルケバブジャックスタローン五世に強引に乗せた。
ついでに背負っていたサキも洗濯もののように乗せた。
「駆れ! マクベスドネルケバブジャックニコルソン八世!!」
「惜しい! マクベスドネルケバブジャックスタローン五世じゃ、おねえちゃん」
タカシはそう言うと、マクベスドネルケバブジャックスタローン五世の尻をべチン、と叩いた。
マクベスドネルケバブジャックスタローン五世は電子音で嘶くと、土煙を巻き上げ、馬よりも速い速度で駆け出した。
シノはあわてて体勢を変えると、サキが落馬しないように体を支えた。
「……自分でやっといてあれだけど、あんなかんじで大丈夫なのか?」
「問題ないぞ。自動的に目的地に設定されておるからな」
「そういう問題じゃねえよ。ていうか、目的の自動設定かよ。やっぱりなんか、トバの人たちって技術の無駄遣いしてるよな……」
「さてさて、ワシらも行こうかの、おねえちゃん」
「あれ、残り一頭しかいないけど」
「機械馬は二人乗りじゃからな。ワシが手綱を引くから、おねえちゃんは後ろに乗るのじゃ」
「……なあ好奇心から来る質問なんだけど、ちなみにその馬、名前はなんていうんだ?」
「なんじゃおねえちゃん、気になるのか?」
「ま、まあな」
「これは馬じゃ」
「うん、だから名前を――」
「あの、じゃから名前は『馬』なんじゃが……」
「馬!?」
「馬」
「え……、馬?」
「馬」
「ホース?」
「馬」
「ダルビッシュカタルシスカタストルフボルケーノ五十四世とかいう名前じゃ?」
「馬」
「…………?」
「馬」
ふたりは無言のまま『馬』に跨ると、そのまま城を目指して『馬』を駆った。
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