憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-
新天地
「青い空、青い海、青い鳥に青い顔のサキュバス!!」
「うっぷ……! う……! 無理、無理無理無理無理。サキちゃん、もうダメ――」
「風を受けパンパンに張った帆。胃を波によって揺らされ、逆流した胃の物がパンパンに詰まった頬!!」
「オロロロロロロロロロロロロロロロロロ――」
「オレはいま、エストリアの帆船に乗って船旅を楽しんでいる!」
タカシが船のデッキで劇団員ばりに声を張り上げる。
それをよそにサキは船の端、手すりに掴まり、胃の中のものを大海へ放出していた。
タカシの部下たちは忙しなく動いており、ヒトダマであるルーシー以外はタカシに目もくれていなかった。
『……どうしたんですか、タカシさん? 自暴自棄ですか? 誰も見ていないとはいえ、わたしの体ですよ。変な噂でもたったらどうするんですか』
「ええい、だまれ! これが自暴自棄にならずにいられるか。オレはどう考えても、あのままエストリアで黄金騎士になって、出世街道を驀進邁進大躍進していた……それだけの手柄も立てた。……だのに、なんだこの仕打ちは! 出向か? 左遷か? お払い箱か?」
『まあまあ、王様にもなにか考えが――』
「なんだよ。なにがあるってんだ!」
「それはその……なんでしょう?」
「うう、なんかオレも気持ち悪くなってきた。うぷ」
タカシはそう言うと、いまだに吐瀉物を生産し続けるサキの横へ行き、自分もその真似をした。
ルーシーはその様子をみると、小さく嘆息を吐いた。
◇
数日前。
エストリア王都王城、謁見の間。
タカシはそこで王の前で跪いていた。
王がすっと手を上げると、タカシはその姿勢を解き、恭しく立ち上がった。
しかし、その所作とは裏腹に表情にはすこし陰りが見えていた。
「よくぞエストリアを救ってくれた。白銀騎士ルーシーよ。そなたの働きでエストエリアに再び平和が訪れ、儂もこうして玉座に就くことができた。それもこれも――ふむ、どうした。なにか言いたげだな」
「あ、いえ。その、取るに足らないことですので」
「なに、申してみよ。そなたは紛う事無き英雄なのだ。その者の言葉だ。無下にすることはできまい」
「……なんで、そのかたがいるのでしょうか」
タカシの指さした方向。
そこにはタカシ同様、居心地悪そうに直立しているラグローハの姿があった。
その手にはなぜか、デッキブラシが握られている。
「ふむ、そうだったな。会うのは初めてだったか」
「え? は?」
「おい、そこの。改めてこの者に自己紹介をしろ」
「――はい」
大臣はスッと前へ出ると、タカシに対し会釈してみせた。
「今日よりエストリア城の便所掃除の任を仰せつかった、ラグローハ・サルバトーレでございます。以後、お見知りおきを」
「べ――」
『ベンジョーーーーーー!?』
タカシの声をかき消すようにルーシーが声を上げた。
もちろんタカシ以外には聞こえてはおらず、その場は沈黙に包まれている。
「――ということだ。何故ここにいるかと問われればだな、なんとこの便所掃除人、以前どこぞの国にて大臣を務めあげていたらしいのだ」
「え?」
「どうかしたか?」
「あ、いえ、……なんでもないです」
「では、話を続けるとしよう。それがなんの因果か、流れ流れて、このエストリアに便所掃除としてやってきたのだ。そうだな? ラグローハというものよ」
「は。仰せの通りでございます」
「当初は便所掃除大臣という肩書を授けてやろうとも思ったが――これまた、すごい顔をされてな。さすがに不名誉極まりないとのことで、自重したのだ。それにしてもこやつの便所掃除技術には目を見張るものがあってな、どれほど汚れていようとも、一瞬にして新品同様、綺麗さっぱりにしてくれるのだ」
「は、はぁ……」
「おっと、そうだった。話が逸れてしまったようだ。こやつがここにいる理由だったな。それはこやつが使えるやつだからだ。なんとこの便所大臣、前の国では己が手腕を存分に発揮し、国の発展に多大なる貢献をしたそうなのだ。しかし、なんと無謀にもその国の王に謀反を企てておってな。国をひっくり返し大打撃を与えたものの、あと一歩及ばず、最終的には捕えられ、反逆罪の罪を問われたのだ。そこで危うく処刑されそうになったところを、命からがらエストリアまで逃げてきたのだ、という」
「そ、そのような者を御傍に置かれるのは、少々危険なのでは? ……それに、それは他国の問題です。死刑囚をエストリアが匿ったとなれば、これは戦争の火種にもなりかねません。一刻も早く、身柄を拘束し本国へ送還したほうが良いかと」
「それも考えたのだがな。……なに、その反逆の首謀者を違う者に仕立て上げ、処刑すれば、問題なかろう。それで被害を被った者の気も多少は晴れるというもの――む、少々外が騒がしいな」
マーレーはわざとらしくそう言うと、玉座から立ち上がる。
そしてそのまま後ろの大窓まで、ゆっくりと歩いていった。
「ほう、そなたも見るか?」
「な、なにをですか……」
「さきの暴動による反逆――その首謀者の処刑だ」
「!?」
『ど、どういうことですかタカシさん! 大臣さん――じゃなくて、ラグローハさんは……!』
タカシはラグローハとマーレーを交互に見ると、大窓へ駆け寄った。
城の前の広場。
そこには緑の騎士、デフが磔にされていた。
そこにはかなりの人だかりができており、そこにいる人はみな一様に、怒りや憎しみが入り混じった眼差しをデフへ向けていた。
やがて刑吏とおぼしき男が、手に持った松明の藁に火をくべる。
火はボボボ、と延焼していくとデフを包み込み、ゴウゴウと焼いていった。
この間、デフは一切の抵抗をしておらず、ただただその火刑を炎を、死を享受していた。
マーレーはそれを見送ると、静かに玉座へと戻った。
『これは……どうなってるんですか、タカシさん』
「デフ殿を今回の騒動の首謀者として晒上げ、処刑させ大臣を大臣という肩書から引きずり落としたということだ」
『…………』
「なんと痛ましいことか。我が国が誇る聖虹騎士団の中から、まさかこのような者がでてしまうとは……さて、話に戻るか。どこまで話したかな? そうか、お主を呼び出した理由だったか?」
「ラグローハ殿の話がまだ終わっていません」
「気になるか?」
「それは……もちろん」
「では訊こう。便所大臣よ」
「いや、王よ。だからその肩書は――」
「はい」
「あ、便所大臣って呼ばれるのは気にしてないのね……」
「そなたは、いまだその眼に胸に叛逆の炎を燻ぶらせておるか?」
マーレーはラグローハの顔を一切見ず、そう問うた。
ラグローハは一切間を置かず、即座に
「いえ、それらはすでに鎮火しております。私が忠誠を誓うのはただひとり、マーレー王。そのひとでございます」
と答えた。
「と、いうことだ。なんら問題はないと、儂は判断するがな」
『……な、なんという、ことでしょうタカシさん……これじゃ完全に――』
「飼い犬、だな。もう眼を見たらわかる。前みたいな大臣はもういない。このまま生かさず殺さず、飼い殺しにするつもりだろうな。王はこれで完全に、大臣を意のままに操ることができるようになった。権を剥奪して、生を与えた」
『でもそれだとすると、王は元から――』
「さて、本題に入ろうか。本日そなたを呼び出したのは他でもない。そなたに是非やってもらいたい……というよりも、就いてもらいたい職があるのだ。もちろん、これは決定事項なので悪しからずにな」
『いよいよですね、タカシさん。いろいろありましたけど、タカシさんなら黄金騎士になっても大丈夫だと思います! わたしが保証しますよ!』
「はっはっは! まあな。複雑ではあるけど、こうやって評価されるのは悪い気はしない。このままてっぺんまで登り詰めてやるさ」
「ルーシー白銀騎士よ。こよりの事件においてそなたはまさに獅子奮迅、八面六臂の活躍をみせてくれた。だが――その影ですこし……いや、かなり度が過ぎた行動をとったのも事実」
『こ、これもしかしてマーノンさんのこと言ってるんじゃ?』
「う、やべえかも……」
「しかし、そなたのこれまで収めた多大な功績、およびその武勲に敬意を表し、エストリア国家にとって重要な役職を授与する。謹んで拝命するように」
「は!」
そう言ってタカシはその場に跪いた。
破顔した表情を隠すように俯く。
『あ、でも、なんだかんだで大丈夫そうですね』
「まあ、そうなるわな。……やべえ、ニヤケ顔が止まらねえ」
『ちょっと、……ふふふ。タカシさん顔がだらしないですよ』
「おまえだって、声がニヤついてるじゃねえか」
『なんなんですかぁ、声がニヤついてるって。意味が分かりませんよ』
「これより、ルーシー白銀騎士は――極東の同盟国トバへと赴き、そこで今も駐在している赤の騎士ロンガの下で、その与えられた任に当たってほしい。これより荷物をまとめた後、そなたが信用できる部下を連れ、エストリアより南にある港へ行き、船に乗れ」
「――は?」
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