憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

泡沫のエストリア帝国



「今晩はマーレー殿、御加減はいかがですかな?」




 エストリア王都、地下牢獄。
 そこにはマーレーとラグローハが鉄柵を挟んで向かい合っていた。
 マーレーの様子はいつも通りで、牢の中に座ってくつろいでいる。
 ラグローハはそんなマーレーを忌々しそうに見下ろしていた。




「やあやあ、大臣殿――いや、今は王様だったか。見ての通り儂はいつもどおりだ」


「それはけっこう」


「ところで、今日はまだあの腐ったような味のパンは来てないみたいだが? いまはあれだけが楽しみでね。腹が減って仕方ないのだが……」


「おやおや、あれは王都一のパン職人に作らせたパンだったのでしたが、お気に召しませんでしたか」


「あれ? マジで?」


「ええ、マジです」


「……なるほど、これでまた儂のバカ舌が露見してしまった、というわけか。これも、そなたの企みのひとつ、よもや儂をこんなところに幽閉するだけでなく、そのような烙印まで押してくるとはな……やるじゃん」


「いまのはマーレー殿が自爆しただけのようにお見受けしますが――まあ、よいでしょう。今日私が来たのは、もうパンは運ばれないということを伝えに来たのですよ」


「なんと、それはまことか。残念だ。では、今日からどのようなメシが運ばれてくるというのだ」


「今日だけではありません。今後も――です。はぁ……この期に及んでまだ、そのようにトボけておられるのですか」


「……いやはや、随分とせっかちだなとおもってな」


「処刑の段取りが決まりました。今、すぐです」




 ラグローハの声に刑吏がひとり現れた。
 マーレーはこれにまったく動揺・・驚き・・もせず、ただ目を瞑った。




「……マーノンは、どうなったのだ?」


「……? 何をおっしゃいますか。私もビックリしましたよ。まさかのあなたの懐刀があのような小娘になっていたとは」


「なるほど、な」




 マーレーはそのまま、静かに答えた。
 ラグローハはそれに構わず、懐よりさきほど、タカシから取り上げた書簡を手に持った。




「こんなものまで私にも寄越すとは……、あの娘は少々、迂闊なのでは……?」


「ハッハッハ、なんだその紙切れは。そなた、そのようなものをいままで血眼で探していたのか。なんたる笑い種だ。そのような事で、エストリア王が務まるのか?」


「あなたよりはマシになると、そう自負しておりますが……、しかしその不遜な態度もこれまで――」




 ラグローハはそう呟くと、持っていた書簡を手の中でボウッと燃やした。




「これで、私の弱点はなくなりました。――さて、次はあなたです、元王よ。あなたは聡明で豪快で、人望がありました。しかし、あなたには野心がなかった。これっぽっちも。皆で仲良く、手と手を合わせて生きていく。……ご立派です。ですが、それは理想であり、我々はいま、現実に生きている。我々は人間です。動物です。神ではない。なにかを犠牲にしなければ、生きてなどいけない。搾取される側か搾取する側か、どちらかを選べと言われれば、私は迷わず搾取するほうを選びます。――ご安心くださいよ。あなた亡きエストリア帝国は、これより繁栄を、栄華を極めることになるでしょう」


「フッ……、繁栄? 栄華? 陳腐な理想論を絢爛華麗な言葉で虚飾するな。理想を語っているのはどちらか」


「……あなたには、理解できないでしょうな」


「それだよラグローハ。儂が危惧していた不安の種だ。儂でさえ説得できておらぬのに、民を国民を、民意を説き伏せることができると思えるか? 断じて否だ」


「それゆえの帝国です。愚かな国民に取って代わり、私がエストリアの舵を取る! 国民の意思など関係ない。私がエストリアの頂点に立つのです」


「……もはや、そなたの目には今のエストリアは映ってはおらぬのだな」


「話は終わりです。刑吏よ、この罪人を連れていけ! ……マーレー殿、どうか抵抗なさいませんように」


「フン、誰が」




 マーレーは自嘲気味にそう吐き捨てる。
 刑吏はそれを見ると、牢ではなく、ラグローハが燃やした燃えカスのほうへ歩いていった。
 そして燃えカスを拾い上げると、親指の腹でゴシゴシと擦った。
 燃えカスは粉々になると、パラパラと床に積もっていく。




「刑吏、なにをやっている」


「ひどいっすよ、せっかくコピーしたのに」


「……なッ! 貴様は――」


「ども、白銀騎士兼刑吏のルーシーです」




 刑務官はそうやってオドケて言うと、帽子を脱いでその下の素顔を晒した。




「ルーシー……!?」


「こんにちは――いや、こんばんはですね。大臣・・殿」


「貴様、どうしてここに……ということはデフのやつ――いや、ちがう、それよりも今何と言った……?」


「こんばんは、と」


「ちがう、そのまえだ」


「こんにちは、ですか?」


「ふざけるなよ、小娘」


「もうお察しの通り、大臣殿が燃やして粉々にしたのはダミーですよ。ほんものはこちらに――」




 パチン。
 ラグローハが指を鳴らすと、タカシの全身が炎に包まれる。




「不敬であるぞ。小娘風情が――」


「ははは……いやあ、なにするんですか。息しづらいじゃないですか」


「なッ!?」


「へえ、ジジイのくせに、粋な魔法を使うのですね。……でもすこし火力が足らないのでは?」




 パチン。
 今度はタカシが指を鳴らす。
 すると、タカシを包む炎が一瞬にしてラグローハへと移動した。




「がァ……!?」


「モノホンの書簡を渡すわけないじゃないですか。原本はきちんと自分の手が届くところへ保管してますよ、バカじゃないんですから」


「……! ………………ッ!!」


「おっと、そろそろその火、消したほうがいいですかね」




 タカシは腕に風を纏わせると、それを水平に薙いだ。


 ビュオウッ!!


 突風が吹き荒れ、ラグローハの体の炎を攫っていく。




「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!!」




 ラグローハが耐え切れず、その場に膝をつき肩を大きく上下させる。
 タカシはそんなラグローハには目もくれず、回れ右をしてマーレーの牢に向かう。
 腰に提げていた無数の鍵を取り出すと、それを合わせはじめた。




「いま出しますね、王様」


「これは驚いた。ルーシー殿ではないか。どうしたのかな? こんなところで」


「はぁ……あのですね、マーノンさんに頼んで、一緒にカライに向かわせたクセに何言ってんですか」


「なんだ、気づいておったか……しかし、そのマーノンさんとやらは見当たらないみたいだが」


「それはそのー、カライの暴漢に襲われて……、絶賛気絶中です」


「なんと、カライの暴漢は聖虹騎士を打ち負かすほどの手練れなのか」


「み、みたいですね。まったく恐ろしいです」


「して、そなたはどのようにして逃げられたのだ?」


「た、たまたまその暴漢は女の自分に興味がなかったみたいなので、自分だけ見逃してもらいました」


「ふむ、聖虹騎士を負かすほどの腕っぷしに加え、男色家ときたか。ますます部下にほしくなったな」


「なんだそれ!? ……おほん、やめておいたほうがいいですよ」


「ほぅ、それはなぜだ?」


「カライ国の民にはエストリアを恨んでいる者が数えきれないほどいます。ですから、隙を見て寝首を搔かれるかもしれません。そのような危険なものを王の側になど、置けませんから」


「なるほど、たしかにそれはそうだ・・・・・・。しかし、こちらとしても残念だ」




 マーレーはそういうとゆらりと立ち上がり、両手が拘束されたまま、鉄の檻を掴んだ。
 すると力任せに鉄の棒をひん曲げる。
 鉄の棒はまるで粘土のようにひん曲がると、ぶちぶちと千切れた。
 大男ひとり通れるほどの隙間を空けると、マーレーはのそのそと牢から出てきた。




「助かった。礼を言う」


「ひとりで出れるじゃん……」




 タカシは呆れたような表情を浮かべる。
 やがて思い出したように、手に持っていた鍵でマーレーの手錠と足枷を外そうとするが、どれも力技で千切られていった。
 タカシはふたたび「ひとりで取れるんじゃん」と小さく呟くと、手に持っていた鍵を投げ捨てた。




「――!!」


 シュボッ!
 空気が燃える音。
 ラグローハがタカシめがけ炎を纏ったの剣を振り下ろす。
 しかしそれは当たることなかった。
 マーレーが人差し指と親指とでちょうど剣を抓むように、難なく受け止められていた。
 マーレーはそのまま剣をバキィッと握りつぶす。




「往生際が悪い。この遊戯、すでにそなたの敗北だ」


「あ、ありがとうございます」


「なに、このくらい」


「王様、ラグローハ殿の処遇については?」


「追って決める。そなたが杞憂することではない」


「え、あ、はい」


「では、儂はこれで――そうだった。では、マーノンに会ったら伝えておいてくれ」


「……なんて言うんですか?」


「そなたの部下の虚言癖を治しておけ、とな」


「はは、ははは……」




 マーレーはそれだけを言い残すと、ものぐさそうに地下牢を後にした。




「……さて、大臣殿。政権交代――いえ、政権復活ですね。短い天下でしたけど、いかがでしたか?」


「くそ! こ、こんなことで……ッ!!」


「確かにあなたの富国強兵論。なかなかに素晴らしくはあったのですがやはり――って、もういいですね。こんなガキにまでなにか言われたとなると、あなたもよけいムカつくだけですからね。では、自分はこれで、これ以上手を出すことはできないですからね――」


「ま、待て」


「はい、なんでしょう」


「デフは――おまえがヤツを下したのか?」


「なんとか、そういう運びになっただけですよ。心配しないでください。デフさんはまだ・・死んでいません」




 タカシはそう言うと、振り返ることなく地下牢から出ていった。

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