憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

それぞれの死闘

「おまえがボロボロにした盗賊団のボスだよ!」


「むぅ、盗賊団……?」


「ちっ、あんだけ殺しておいて、シラを切るつもりかよ。たいした奴だな、おまえもよ」


「いやいや。あたしほんとに心当たりがないんだけど……」


「ハッ、まあいい。こっちはおまえと言い合いをするために来たわけじゃないんでな。んで、いま俺の部下共がエストリアで暴れまくってるところなんだよ。聞くところによると、いまのエストリアにはあんた以外、戦力といえる戦力はいねえみたいだな」


「えっと、色々訊きたいことがあるんだけど、誰がその情報を提供したの? あなたが黒幕じゃないよね?」


「……おまえには関係ねえことだろ。どうせ、ここで殺されるんだからよ」


「あれ、そうなの?」


「そうなんだよ! ……それにしてもよ、不用心なんじゃねえのか? 剣を持ち歩かないで、ブラつくなんてよ。聖虹騎士さんよ」


「なんで?」


「なんでって……おまえ、状況わかって言ってんのか?」


「わかってるよ。象がいくら蟻に囲まれても、象はそれを脅威に思う? ……思わないよね?」


「殺れェ! テメエら! ぶっ潰してやれ!」


「あちゃー、怒っちゃったか」




 山賊たちが一斉にシノに襲い掛かる。
 手にはそれぞれ、剣や斧、ハンマーなどが握られていた。
 シノはまず、拘束していた男を柔術で地面に叩きつけた。
 男は背中を地面に強打すると、肺の空気をすべて吐き出し動かなくなった。


 シノはすばやく体勢を整え、次の相手の動きに備える。
 剣で斬りかかってくる相手には軸をずらして避け、斧やハンマーなどにはその射程外へ退避した。
 そして――


 掌底。


 武器を大きく空振り、体勢を崩した者から順に鋭い掌底を顎にたたき込んだ。


 小柄な者は否応なしに脳を大きく揺らされ、ガクッと力なく地面に倒れ込む。
 しかし、やはり体格差からか、大柄の男にはダメージはあったものの、戦闘不能まで追い込むことはできないでいた。
 それを好機とみたのか、頭領がすかさず大柄の男たちに命令する。


「いけ! 物量だ! 数で圧せ!」


 その命令により、大柄の男は束になってシノにつかみかかった。
 シノはその丸太のような腕の群れを縫うように、紙一重で避ける。
 そして男の顔を踏みつけ、その勢いのまま壁を三角飛びの要領で駆け上がった。




「逃がすな!」




 頭領が山賊たちを怒鳴りつける。
 シノほど身軽に駆け上がれなかったものの、山賊たちは難なく壁をよじ登っていった。




「へえ、ただの雑魚じゃないんだね」


「雑魚はテメエが全員殺したんだろうが!」


「自虐がきついってば。それにホントにあなたたちなんか、知らないってば」




 シノはそう言うと、男たちに背を向け、建物の屋根から屋根へ飛び移った。




「やっぱ素手じゃ決定力にかけるかな……。なんでもいいから、武器を調達しないと……」


「逃がすな! 絶対に捕まえろ!」




 頭領は怒号を発すと、一斉にシノの後を追っていった。









「へ、ヘンリー……」




 エストリア行政区青銅寮前。
 震えるドーラが、これまた震えているヘンリーの脚にしがみついていた。
 ヘンリーは剣を手にしているが、その切っ先は定まっていない。
 対峙しているのは、三人の賊。




「ささ……、下がってろドーラ、こいつらはオレが倒す!」


「へへ、脚が震えてるぜ、色男。その嬢ちゃんを置いておとなしく死んでろ」
「……は? おまえもしかして、幼女趣味かよ。引くわー」
「いや、おれも初めて知ったけど、やめたほうがいいぞ、そういうの」
「え、ちょ、おまえら仲間じゃなかったのかよ!?」
「いやぁ、仲間だけどそれはねえわ」
「つか、今の発言のせいで仲間だと思われんのも嫌になってくるんだけど」
「やめろよ! お……俺の精神を攻撃するなよ! 相手が違うだろうが! ……くそっ、こうなったらおまえを殺して、その幼女と結婚する!」


「だ、黙れこのロリコン野郎! テメエらあんときの山賊だな? なんでここにいんだよ!」


「復讐がてら、ちょっとしたビジネスってやつだよ」


「ビジネス……だと……?」


「おっと。はは、これは言ったらダメだったか?」
「いや、こいつらはどうせここで死ぬんだ。これ以上情報を与えなければいいんだよ」
「おい、命令はエストリア国民の虐殺だ。こんなやつらに時間を割いてる暇なんてねえぞ。それに、ここに残ってる騎士ってことは、たいしたことねえ雑兵だよ」
「そうだったな。おい、色男に芋ジャージのお嬢ちゃん。恨みはねえが、これも仕事なんでな」
「うおい! あの幼女は俺んだぞ! 殺すなよ!」


「クソっ、なにが仕事だよ……!」


「うおおおおおお! さっさと死ねや!!」


「くっそおおお!」




 切りかかってくる山賊に、ヘンリーも自分の剣で対抗する。
 両者が鍔迫り合いになり、あたりに火花が散った。
 ヘンリーはそのまま男の剣を受け流すと、側面から飛んできた剣をすぐさま薙ぎ払った。
 虚を突かれた山賊はたじろぎ、もうひとりは尻もちをついた。




「よし……よしっ! 姉御との特訓の成果が出てる……! これならやれるぞ!」


「ぷっ。おいおい、やられてんじゃねえか。おまえら」
「く、くそ! こいつ……けっこうやりやがるぞ!」
「本気でやれ。いくぞ!」


「ヘンリー! やっちゃえー!」




 ドーラが遠くの物陰に隠れながら、ヘンリーに声援を送る。




「お、おう! やってやるぜ!」


「くそがぁ! 幼女に応援されやがって! 許さん!」
「すまん、ひとりで盛り上がってるとこ悪いけど、おまえはおれらのやる気を削いでくれるな」









「きゃあああああああああ! お父さん!!」


「うっぐぐぐ……!」




 エストリア王都の郊外。
 ルーシーの実家にも、賊の魔の手が及んでいた。
 ルーシーの父親は賊相手に鍬で応戦していたが、あっけなく斬りつけられてしまった。
 切り傷からは、多量の血が流れ出ている。




「へっへへへ……、おまえら親子じゃなくて夫婦かよ」
「こんなおっさんが、こんなきれいな女をねえ……」


「黙れ貴様ら……! 女房には、指一本触れさせんぞ!」


「バーカ、そのザマで良く言えたもんだな」
「お、いいこと思いついたぜ、こいつの目の前で嫁をぶち犯してやろうぜ!」
「はは! そりゃあいい! じゃあさっそく……」


「や、やめて! こないでください!」




 賊のひとりが母親にゆっくりと近づいていく。
 しかし、父親は必死に賊の足元にしがみついた。




「言った、だろう……! 指一本、触れさせんと……!」


「ぐっ! この死にぞこないが!」


「逃げるんだァ! アンちゃんと一緒に……!」


「ちっ、いい加減放しやがれ……うぜえんだ――」




 賊が持っていた剣を振り上げる。
 父親は死を確信したのか、ギュッと目を瞑った。
 しかしその体勢のまま、賊は一向に剣を振り下ろす気配がない。


 それもそのはず。
 山賊の首には、一本のナイフがズブリと突き刺さっていた。


 その場にいる全員が、眼を見開いて驚く。
 やがて山賊は「ゴボゴボ」と血反吐を吐きながら、地面に這いつくばった。




「だ、だれだ!?」


「わたし」


「あ、アンちゃん……!?」




 見ると、アンが戸口のほうで、手に数本のナイフを持って立っていた。
 アンはゆっくりと母親のほうへ歩いていくと、賊との間に立ちふさがった。




「なんのつもりだ、クソガキ……!」


「おばさん、下がってて」


「でも……アンちゃん……!」


「大丈夫。わたしもすこしは戦えるから……」


「はっ、まだガキじゃねえか。まぐれ当たりで調子に乗――」




 賊の眉間にナイフが生える。




「隙だらけ」


「て、てめえ! もう許さねえぞ! おまえもボコボコにして、犯してやるからな! 泣いて謝っても許さねえ!」


「いい」


「あ!? 何か言ったか、クソガキ!」


「わたしも、あなたたちは許さないから……!」




 アンはそう言うとスッと、腰を落として構えをとった。









 広大な荒野。
 国境付近の場所に、いままさにエストリア軍、カライ軍が相まみえている。
 横たわるは沈黙。
 兵が手にしているのは己の魂。
 一触即発。
 両軍がまさにいま、火花を散らし合おうとしていた。




「あー、あー……」




 デフが拡声器を手に持ち、声を出した。




「こちらからカライ軍に確認、及び最後通達をするものとする。貴軍がいますぐに引き返すのであれば、こちらとしても争う気はない。このことは無かったことにしよう。だが――」




 一本の矢が空気を切り裂き、デフの前まで飛んでくる。
 デフはそれを掴むと、そのままへし折った。




「それがわが軍の答えである。貴軍に正義はない。正義はこちらにある」




 敵軍の将軍も同じように拡声器を使い、デフの問いかけに答えた。
 エストリア軍とは違って、カライ軍は冷静さを欠いており、なにかあればすぐにでも開戦しそうなほどに、怒りに満ち満ちている。




「なるほど、よくわかった。貴軍に撤退の意思なしとみて、これより、貴軍の兵士全員を殲滅する。泣き叫ぼうが命乞いをしようが、わが軍は貴軍の兵が生き残っている限り、徹底的に押し潰し、蹂躙する! せいぜい足掻け、せいぜい祈れ、さすれば寛大な心を持つ我らが貴軍らの首を、走馬燈を見る間もなくへし折ってやる」




 デフは持っていた紙切れを鎧にしまった。




「……王は相手が降参するときと、降参しなかったときの二通りの宣誓を考えておられたのですか」


「いやあ、僕みたいな口下手には大助かりだよね」




 デフはカッと目を見開くと、改めて号令をかけた。




「全軍、突撃ィィ!!」




 デフの声に被せるようにして、カライ軍の将軍も号令をかける。




「カライの兵よ、命を燃やせェェ!!」




 両軍がまさに、今、入り乱れようとしている。
 エストリア軍とカライ軍による戦争の火蓋が、いま切られた。

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