憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

屍人少女が思いのほか家庭的だった。

 ルーシーの実家の畑。
 そこにルーシーの父親が、畑の畝の上に、うつ伏せで倒れていた。




『お、お父さん!? そんな……!』


「チッ……、遅かったか!」


『そんな……そんな……!』


「悲観してる暇はねえぞ、今度はおまえの母親が危ない」


『お、お母さんが……?』


「キャー―――――!!」




 家の中から女性の甲高い声が聞こえてくる。




「クソッ! 間に合ってくれ!」




 タカシは扉を蹴破ると、家の中へと突入した。
 家の中はその特に荒らされている様子はなく、タカシはそのまま一直線に、声のしたリビングへと向かった。


 リビングには椅子に深く腰掛けるルーシーの母親と、アンの姿があった。
 アンはその細腕を、母親の首元へと持っていった。




「動かないで」




 アンが冷たく言い放つ。
 それにより、駆け出そうとしていたタカシの脚が、ピタッと止まった。




「なんなんだよ、おまえは……! なにが望みだ!」


「望み……?」


『うう……、アンさん、やめてください……! なんで、こんなことを……』


「どんなこと」


「いやーーーーーー!」




 ルーシーの母親が突然、嬌声にも似た甲高い声を発した。




「そこ、そこよぉー! アンちゃん上手ねぇ」


「……はぁ?」




 タカシが目を丸くしながら、素っ頓狂な声をあげた。




「あら? あらあら、ルーちゃん。帰ってきたの? ……どうかした? 血相変えちゃって」


「いや……、いやいやいや、何してんだよ!」


「何って……、ああ、もしかしてこのマッサージのことかしら? そうそう、アンちゃんのマッサージ、すっごく上手なのよ。屍人からなのかは知らないけど、手がヒンヤリしてて、そこがまた気持ちいいの。お母さん、思わず声を出しちゃったわぁ」


「じゃ、じゃあ畑でぶっ倒れてるオヤジは?」


「マッサージしたら寝た」


「そ、そんなわけねえだろ! いくら間が抜けてるって言っても、畑のど真ん中で寝るやつが――」


「ふぁぁ、よく寝た……。おーい、アンちゃん、メシー……って、ルーシーじゃないか。もう帰ってきたのか?」


「は? ……は?」


「支度する」




 アンはルーシーの母親の首から包丁に持ち替えると、まな板を小気味よいリズムで叩きはじめた。




「それ……、なにやってんだよ」


「料理」


「ルーシーちゃん聞いて聞いて、アンちゃんたら、なんでもできるのよ」


「そうそう、さっきなんてあまりにもマッサージが気持ち良すぎて、父さん畑で寝てたんだ」


「もう、お父さんたらぁ」


「お母さんだって、堪能してたじゃないかぁ」


「はは、へへへはは……」




 タカシはあまりにも情けない、気味の悪い笑みを浮かべた。
 かくして、アンへの誤解は一瞬にして解けてしまった。









「めしあがれ」




 エプロン姿になっていたアンが、食卓を自らの手料理で彩る。
 肉料理から、畑で採れた野菜まで、そのすべてがレストランで出されてもおかしくないほどの出来だった。
 ルーシーの両親は「いただきます」と言ってから、料理に手をつけた。
 タカシは餐具を手にしたまま、料理を見て固まっている。




「食べないの?」


「なあ、アン……」


「なに」


「すこし訊きたいことがあるんだけど、いいか?」


「答えられるなら」


「おまえ、死ぬ前は何やってたんだ?」


「それはダメ」


「それは、どうしてもか?」


「作者がまだ考えてないの」


「は?」


「ある程度設定がかたまってきたら教えてあげる」


「……なんで、上向いてしゃべってんだ?」


「なんでもない」


「……まあいいや。えと、これも聞いとかなきゃって思ってたことなんだけど、おまえはなんで、ほかの屍人と一緒にぶっ倒れなかったんだ?」


「たぶん、まだわたしがわたしだったから」


「えと、それはどういう意味だ?」


「あそこにいた屍人は、ただ踊ってただけ。意思はなかった」


「てことは、あのまま音楽が止まなかったら、おまえもただ踊るだけの人形になって、ぶっ倒れてたってことか?」


「たぶん。というか、それくらいしかおもいつかない」


「ふぅん……、そうかまた何かおもいついたら、なんでも言ってくれ」


「わかった」


『それしても、美味しそうですね。この時ばかりは、タカシさんが羨ましいですよ』


「それって、いつもは大変そうって言ってんのか?」


「忘れてた。ルーシー、そのままじゃ食べられない」


『あ、べつに気にしなくても大丈夫ですよ。美味しそう、とは思うんですけど、食欲はないんですよね。例えるなら満腹の状態で、フルコースを出される感覚に近いです。……まあ、フルコースなんて、豪勢なものを食べたことはないんですけど……』




「それにしても、残念だったなルーシー」


『なにがですか?』


「体だよ、カラダ。まさか主流が土葬じゃなくて火葬だったとはな」


『なーんだ、そのことですか』


「……なんだよ、ヘコんでないのか?」


『うーん、なんていうんでしょう……。べつに、いまはこのままでも困ってないんですよね』


「んなわけねえだろ。実体がないのって、かなりツラいはずだ。それはオレが一番わかってる」


『ツラくないって言ったら、たしかに嘘になります。けど、わたしがわたしの体を取り戻したとき、タカシさんはどこかへ行ってしまうんですよね?』


「まあ、この世界を見て回りたい……ってのはあるかもしれないけど、べつにおまえに黙ってどこかに行こうってほど、薄情でもねえよ」


『あれれ、そうなんですか?』


「そりゃそうだろ」


『おほん、とにかく……わたしはわたしで、今の状況を楽しんでいるのかもしれません。タカシさんと一緒にいると退屈しなさそうですし』


「褒められてんのか?」


『褒めてるんです。……だから、わたしのことはそんなに気にしないでも大丈夫ですよ』


「んだよ、気にして損だったな」


『……ふふ、やっぱり』


「なにがだよ」


『タカシさんって、なんだかんだ優しいのかもしれませんね』


「ははん、今頃気付いたかー? 惚れても責任もたねえぞ?」


『あのですね、そこが余計なところなんですよ』




「ふたりは仲良し」




 隣でタカシとルーシーのやり取りを見ていたアンがつぶやいた。




「うお、なんでじっとこっち見てんだよ」


「ふたりは友達?」




「友達じゃねえよ!」
『友達じゃないです!』




 タカシとルーシーが同時にアンの発言を訂正する。




「やっぱり、マブダチ」


「だから違うって……てか、おまえは食わねえのか?」


「うん」


「なんだ、やっぱり屍人はなんも食わねえのか?」


「ううん、食う」


「お、そうなんだ。……と、なると、やっぱ、魔力で動いてるから魔石とかボリボリ食うのか?」


「屍人は生きた新鮮な人間の肉を食べる」




 アンのひとことに、食卓の空気が凍り付く。




「アンデッドジョーク」


「……だからな、そのポーカーフェイスとフラットな声をやめろ。笑えねえっつの」


「ウケなかった……。残念」


『えと……あ、あはは……、おもしろーい……?』


「やめて、そういうのが一番傷つく」


『ご、ごめんなさい……』


「いいの。わたしのセンスがなかっただけ。精進する」


「精進もなにも……せめてその顔をやめろよ」


『それにはわたしも同意ですかね。アンさん綺麗なんですから、もっと表情豊かにしたら、全然違ってくるかと』


「こう?」




 アンはそう言って、自らの口角を指でギリギリと上げてみせた。




『ひぃっ!?』


「あー……やっぱおまえ、そのままでいいかも……」









「た、達者で暮らすんだぞ……!」


「ルーちゃん! ツラかったらいつでも帰ってきていいからね!」




 ルーシーの実家の前。
 家族がルーシーとの別れを惜しむように、涙を流していた。
 タカシの手にはドーラへの土産として、アンの作った弁当が提げられていた。




「大げさなんだよ、べつに遠いところに行くわけじゃねえだろ。てかこのくだり、オレが寮に引っ越す時もやってたじゃん」


「だって寂しいんだもん」
「だもん」


「だもん……って、べつに可愛くねえよ! この寂しがり屋な両親め」


「ルーちゃん、いつでも帰ってきなさいね」




 アンが思いついたように付け足してきた。




「おまえは家族じゃねえだろ!」


「いまは家族」


「……そ、そうなる……のか……? てか、それだと本当にここに住むことになるけど、いいのか?」


「むしろ、こっちのほうが都合がいい」


「そうなのか?」


「たぶんね。設定まだ固まってないし」


「だから、なんで上を見てんだって」


「さあ?」


「ま、おまえが言うんなら、これ以上はなにも追求しねえけどさ……」


「大丈夫。なにかあったらそっちに行くから」


「来なくていい。まじで」


「いけず」


「『いけず』じゃねえよ。いっちょまえに指を咥えるな。はぁ……、まあいいや。弁当ありがとな。ドーラも喜ぶよ」


「ドーラ、あの竜の子?」


「そう、あいつの名前だ」


「これは忠告」


「あ?」


「あの子からは、眼を離さないほうがいい」


「……どういう意味だよ」




 アンはしばらく考えたあと、タカシの目を見て言った。




「そこまでは考えてなかった」


「適当かよ! おまえ、もしかしてドーラにバカって言われてたの、まだ根にもってんのか?」


「そうかも」


「意外と根にもつのな……」


「屍人だもの」


「……生前はそうでもなかったと?」


「いまと変わらない」


「なんか、おまえと話してると、頭がゴチャゴチャになってくるんだけど」


「奇遇ね、わたしも」


「自分で言ってて意味わかってねえんじゃねえか!」


「もしくは、あなたのツッコミが心地いいのかも」


「お、おう……」




 タカシは頬を赤らめると、チラチラとアンを見つめ返した。




「アンデッドジョーク」


「……いまのどこに屍人の要素があったんだよ」


『もう、タカシさん。延々と、この実りのないやりとりを続ける気ですか』


「おっと、そうだった。まだ王様への報告がまだだったな」


『そうですよ。アンさんは無害だったと、報告しなければなりませんからね』


「じゃあな。あんまりアンデッドジョークとやらで、ルーシーの両親を困らせるんじゃねえぞ」


『アンさん、両親をよろしくおねがいします』


「おーきーどーきー」


 アンはそう言って、無い胸をどんと張ってみせた。

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