憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

女なのにサキュバスに好かれた。(百合描写有)



「まさか、ここまでやるとはね」




 観客席にてシノが、ぽつりと呟いた。
 その隣では、ドーラがいびきをかきながら眠っている。
 決闘場では、サキとタカシによる殺陣が繰り広げられていた。
 聞こえてくるのは、金属と金属とがぶつかり合う音のみ。
 騒がしかった観衆たちは固唾を飲んで、戦いの行方を見守っている。


 サキの繰り出す鋭い突きが、蟒蛇うわばみのようにタカシをしつこく追い回す。
 タカシは涼しい顔をしながら、一撃一撃を、自らの剣で丁寧に叩き落していった。
 そしてその傍ら、左手で自分の傷の治療にあたっていた。




「ですよね、あのサキュバス。姉御と同じくらいに渡り合えてるなんて、意外とやりますね」




 シノの横で、前のめりになりながら観戦していたヘンリーが答えた。




「いや、そうじゃないよ。ヘンリーくん。たしかにサキちゃんも可愛いけど、ルーシーちゃんのほうがもっと可愛い」


「そ、そういう話でしたっけ……?」


「おっと。あたし、いまなんか言った?」




 シノに問いかけられると、ヘンリーはぶんぶんと首を横に振った。




「あたしが言ってるのは、ルーシーちゃんのこと。サキちゃんも実力からすると、相当な使い手なんだ。……相当な使い手なんだけど……、まるで格が違う。こどもと大人……いや、それ以上かもしれない」


「ええ? でも、あのサキュバスの太刀筋、どう見ても青銅か、それ以上の……」


「ううん。あれは黄金以上でも通用すると思うよ。それに、あの子はものすごい血筋を受け継いでいる。他のサキュバスとは比べ物にならないくらい、強烈で強力なものを……とくに魅了なんかは、他の有象無象のサキュバスなんかとは比べ物にならないほど」


「た、たしかに……あのサキュバスと姉御が……その……、き、キスしたときは、こっちまでクラクラしたっていうか……観客席の男はみんなヤバかったって言うか……」




 さきほどのことを思い出したのか、ヘンリーは苦しそうに胸をおさえている。




「偉大な父親から受け継いだ、持って生まれた戦闘スキルもある……んだけど……」


「だけど……?」


「なんなんだろ? ルーシーちゃんって、最近まで雑兵だったんだよね?」


「はい、それはもう……」




 シノは少し考えこんでから、マーレ―に視線を投げかける。
 マーレ―はシノからの視線に気が付くと、肩を軽くすぼませてみせた。
 シノはその様子にため息をつくと、席から立ち上がった。




「ごめん、ヘンリーくん。あたし、ちょっと用事ができたみたい」


「え? あ、お疲れ様です……?」


「あ、それと、この試合からルーシーちゃんの剣技を学びたいって思っても、意味ないからね? 学びたいなら、サキちゃんのを見たほうがいいよ」


「え、それってどういう……?」


「じゃあね。ルーシーちゃんに会ったら、青銅騎士おめでとうって伝えておいて」




 シノはそれだけを言い残すと、その場から立ち去った。









 鋭く、ヒュンヒュンと風を切り裂く音。
 金属同士がぶつかり合う音。
 サキだけが発している、荒い呼吸音。
 それらが渾然一体となり、会場の空気が混沌と化してきた。


 サキの繰り出す、幾重にも重ねられたフェイントに対しても、タカシは眉ひとつ動かさず、対応している。
 その動きはまるで、サキがどういうふうに動くのか、予め知っていたようにも見てとれた。
 やがて両者は互いに手を止め、顔を見合わせる。




「やるじゃん、ルーシー」


「おまえもな」


「やるじゃーん……って、もう!」




 サキは持っていた突剣を、タカシの足元に投げ捨てた。




「やりすぎっしょー! サキちゃん疲れたわー! 全然敵わないだもん、もうやんなっちゃうよねー。お風呂入りたーい」


「んだよ、もう終わりか?」


「あー、なんだよー余裕ぶっちゃってさぁ。サキちゃんだって、プライドはなくはないんだぜ?」


「なら、まだやんのか? 剣は捨てちまってるけどさ」


「……あのさ、知ってた? 一流の使い手は剣を使わなくても、相手に致命的な切り傷を負わせることができるんだって」


「は? なんだよ、いきなり」


「やるのは初めてだけど……これがサキちゃんの正真正銘、最後の攻撃だから! 覚悟してね! サキちゃんも覚悟すっからぁ!」




 サキはそう言うと、手のひらを真上に掲げた。
 その瞬間――




 ドジャアアアアアアアアアアアアアン!!




 と、雲ひとつない空から稲妻が降ってきた。
 稲妻はバチバチと甲高い音を響かせながら、その形を変えていく。
 突剣。
 さきほどまでサキが持っていた突剣とは全く別の突剣が、サキの手の中に握られていた。




「で、できて……るね……!」


「おま、それ……なんだよ……」


「サキちゃんのパパから教わったやつ。なーんだ、サキちゃんにもできんじゃん!」


「おまえの父親って……?」


「いっくよー! 避けたら、後ろの人たちが死んじゃうからね!」




 サキはそう言うと、しなる剣先をビタッとタカシへ向けた。




「貫いちゃえ! 究極雷光一閃アルティマソード!!」




 突剣は突如としてその形を崩し、稲妻へと還元される。
 無音。
 その一撃は音を置き去りにした。
 稲妻が放たれてから一秒ほど遅れ、耳をつんざくほどの雷鳴が轟いた。


 バッチィィィィィィン!!


 置き去りにされた音が衝撃波となり、稲妻の軌跡をなぞっていく。
 観衆はそれぞれ、叫び声にも似た声を発していたが、それらすべてを雷鳴が掻っ攫っていった。


 稲妻の到達点。
 タカシのいた場所には、もはや焦げ跡しか残っていなかった。
 サキはゆっくりと目を閉じると、ふぅっと小さく息を吐いた。
 力を使い果たしたのか、その場にペタンとへたり込む。
 そしてサキはおもむろに自身の胸の谷間に手を突っ込むと、白い小さな旗を取り出した。




「ごめーんねー、ファンのみんなー! しろはた―……」




 もう戦う気力は残っていないのか、サキはパタパタと力なく白旗を振ってみせた。




「ねえ、ルーシー。どーやったの?」




 サキが背後にいたタカシに声をかけた。
 タカシの髪や頬はすこしだけ焦げ付いていたが、その表情にはまだ余裕が残っていた。




「教えねーよバカ。……てか、死んだらどうすんだっての」


「サキちゃんは死なないと思ったから、あの技を撃ったんだもん。サキちゃんが大好きなルーちゃんを、殺したりするわけ、ないじゃん」


「ルーちゃんって、おまえ……」


『やったぁ! やりましたね! さっすがタカシさん!』


「ああ……、でもおまえのお陰ってのも少しはあるんだけどな……」


『へ? もしかして、タカシさんの貴重なデレシーンですか? これ』


「だまれ。マヌケ」




 マーレ―は一通りのやり取りが終わるのを確認すると、拡声器を口元へ近づけた。




「そこまで! 勝負あり!」


「……ほら、おつかれさん」




 タカシがへたり込んでいるサキに、右手を差し出した。
 サキはタカシの手は取らず、その手をじっと見つめた。




「いまの、何パーセントくらいだった?」


「ゼロパーセント」


「うっはぁ! うぜー」




 サキはそう言いながらけらけらと笑ってみせた。




「まあでも、サキちゃんも強かったよ」


「たはー! 嫌味にしか聞こえねーって。んま、楽しかったから、いーんだけど……さ!」




 サキはタカシの手ではなく腕を掴むと、力いっぱい引き寄せた。
 体勢をくずしたタカシは、そのまま吸い込まれるように、サキの唇に自分の唇を重ねる。
 その瞬間、会場内から様々な歓声が上がる。
 サキはタカシが逃げられないように、両腕を後頭部へと回した。
 そのまま、サキは何度もタカシにキスをした。
 タカシは力任せにサキを引き離すと、手の甲でゴシゴシとキスされた場所を拭った。




「なな……、なにすんだよ!」


「なんかこれ、クセになっちゃいそうなんですけど……! やばいよ……」




 そうつぶやくサキの瞳は、ふたたびハートの形に変わっていた。




「おま、それもう二度とすんなよ!」


「にひひひ、それって、フリってやつですかぁ?」


「てか、おめーも顔が赤くなってんじゃねえか。恥ずかしいならやるんじゃねえよ! なんだこの公開処刑!」


「……あのー、おふたりさん? たいへん盛り上がってるところ申し訳ないんですけど、そろそろ閉めたいので、イチャコラするのやめてもらっていいですか?」


「す、すみません……」




 タカシは両頬をぱんぱんと叩くと、マーレ―の前まで歩いていった。




「勝者、ルーシーよ。そなたには誉れ高き青銅の称号を授ける、これに慢心せず、より一層精進するように。……以上、解散!」




 マーレ―の号令により、観衆たちが次第に会場から去っていく。
 その観衆の流れに逆らうようにして、ヘンリーとドーラが、タカシの元へとやってきた。
 ドーラは決闘の間ずっと寝ていたのか、寝ぼけまなをこすっている。


「おめでとうございます、姉御!」


「おう、やっぱおまえらもいたか」


「はい、途中までシノさんもいたんすけど、途中で帰っちゃいました」


「へえ、どうりで。てっきり終わった瞬間、飛びついてくるかと思ってた……」


「なんか、急にやることができたとかなんとか……」


「やること……? まあ、いいか」


「あ、そうそう、あんたもなかなかすごかったじゃん! 姉御相手にさ! あんた、ただのサキュバスじゃないだろ?」


「は? だれおまえ?」


「オレはヘンリー。姉御の一番弟子で、こっちはドーラだ」


「へー」




 サキはこれ以上ないほどから返事をすると、タカシに向き直った。




「ルーシー、今度サキちゃんとこの店においでよ。客としても、従業員としても歓迎だから! 歓迎だからぁ!」


「なんで二回言ったんだよ……て、なんだ、サービスしてくれんのか?」


「いいよ。ルーシーならサキちゃん、なんだってサービスしちゃうし。あんなことやこんなこと、なんならそーんなことでも、サキちゃん大歓迎だから。なんなら、ルーちゃんがお望みなら、サキちゃんの大事もあげちゃうけどね」


「わ、わかったから、くっつくな……! てか、おまえの店って飲食店なのな……てっきり――」


「接客飲食ね、たぶんルーシーが考えてるのと全然違うよ?」




 サキは悪戯ぽく笑ってみせると、口をタカシの耳元へと近づけた。




「お客さんをね、きもちよーく、させてあげるの」




 サキはそういうと、タカシの耳をはむっと甘噛みした。




「ぐっ……! だーから! やめろっての!」


「でもね、ルーシー。サキちゃんのこと、ビッチだって思わないでほしいな。サキちゃんの大切は……大切な人のために、ちゃあんと、とってあるんだから……」


「わかった! わかったから、近いうちに行ってやるから!」


「お、約束だぜ? 約束したぜー? 待ってんぜー?」




 サキはタカシにそうやって念を押すと、スキップしながら帰っていった。
 そしてサキの頬は微かに紅潮していた。




「……結局、なんだったんすかね。あのサキュバス」


「今度店に行ったとき聞いとくわ。おまえも行くか?」


「や、オレはちょっと……」


「またそれか……」


「おいルーシー、メシ」




 ドーラは大きなあくびをひとつすると、あっけらかんとした様子でそう言った。




「またそれか……」









「大臣、どう見ましたか? 今回の決闘」


「マーノンか……どうもこうもデタラメだな、あのルーシーとかいう少女は。まるでわからん。ハーフサキュバスの娘がトロールの小僧の代わりに出る、と聞いたときは、嬉しい誤算だと喜んでいたが、すぐにぬか喜びへと変わってしまったわ」


「クイーンサキュバスの娘……サキ。彼女の強さ……もといその厄介さは、我々もよく知っています。ルーシーちゃんが女の子ということを度外視してもなお、サキは圧倒的に優位だったでしょうね。……でもその結果、元雑兵が力の底を見せることなく勝利した……と、ふふ」


「……なにを笑っている」


「いえ、すこし面白く感じたものでして……大臣は面白くないのですか?」


「なにが面白いものか。厄介ごとが増えただけだ」


「厄介ごと……ですか?」


「厄介だとも。……何事もな」

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