憑依転生 -女最弱騎士になったオレが最強に成り上がるまで-

水無

転生したら腹になんか突き刺さってた。



 薄暗い灰色の空の下、荒涼とした大地に人々の怒号が飛び交っていた。


 戦争である。


 戦地には西洋甲冑を着た人の群。
 紅の旗を掲げた軍団、そして青の旗を掲げた軍団。
 紅と青の軍は敵味方に分かれており、それぞれ入り乱れて、剣や槍などでせめぎ合っていた。


 紅の軍団を束ねるはバルト。
 カライ国の将軍であり、数々の武勇伝を、近隣諸国に轟かせているツワモノである。


 対する青の軍団を束ねるはフレイ。
 エストリア王国の白銀騎士。
 カライの将軍バルトとは違い、武ではなく、己が智で武勲をあげた男である。


 戦局はフレイ率いるエストリア王国軍の劣勢。
 ――というよりもすでに、戦争はカライ軍による掃討戦と化していた。
 フレイはこの戦渦からの脱出を試みるべく、数人の兵士を時間稼ぎ・・・・としてこの場に留まらせようとしていた。




「いいか、お前たち。なんとしてもここで時間を稼ぎ、私の逃げる時間を一秒でも多く稼ぐのだ。私が倒れればこの戦争は敗戦必至。それはすなわち、我らの祖国エストリア王国の敗北につながるのだ」




 誰が聞いても明らかに無謀な作戦に、兵士たちは困惑した顔を見せていたが、フレイは構わず続けた。




「なに、心配はいらない。おまえたちにもあとで必ず援軍を寄越す。そうだ、これは陽動作戦なのだ。それまで耐え忍んでくれ……!」


「はい!」
「おまえもいっしょにくたばれ、役立たず」


「だ、だれだ!? 今言ったのは」




 大勢の兵士の返事に紛れ、約一名が全く違うことを言った。
 フレイは耳ざとくも、その声を聞き逃さなかった。
 フレイは真っ赤な顔で兵を見渡すが、誰一人として名乗り出ない。




「オホン、もう一度言う――」


「さっさと援軍とやらを呼んで来い、木偶デクの棒。つかえねえな」


「だ、だれよ!? だれなのよ!? さっきから!」




 兵は名乗り出ない。
 フレイはそれに激怒したのか、数人の側近を連れ「もういや!」とだけ吐き捨て、その場を後にした。




「……なぁ、おまえ。どう思う?」




 ひとりの兵士が、その隣にいた小柄な兵士に声をかけた。




「どうって……、フレイ殿がオカマさんだったことですか?」


「おバカ! この状況でしょ! 何考えてるのよっ!」


「あ、あなたもですか……」


「いや、マジな話。これってもう、イケニエ? みたいなヤツじゃねえか! オレたち! 援軍とか、ゼッテーこねーだろ! ……なあ、このまま逃げちまわねーか?」


「……ダメですよ。気持ちはわかりますけど、ここから逃げて、責任を放棄するなんて……」


「こんな死刑宣告みたいなのに、責任もクソもねぇだろ。……だからこその提案なんだって。一緒に逃げようぜ、な? おまえだってこんなとこで死にたくないだろ?」


「……逃げて、それで、その先はどうするんですか」


「それは……その、この辺の同盟国とかに……助けを求めるとか……」


「なんの後ろ盾もなくですか? 入国どころか、こんな恰好ですと、門前払いが関の山だとおもいますよ。それに、仮に入国できたとしても、必ず身元を調べられます。そうなってくると、自分たちは戦地から逃げ出した――いわば命令違反をした兵です。強制的にエストリアに送還されて、罰を受けるのがオチだとおもいますけど……」


「それもそうだけど! それでも、やっぱり死ぬよりは――」




 兵士がいいかけて口をつぐむ。
 敵の追手が続々と現れた。
 カライの軍勢は、もうすぐそこまで迫ってきていた。




「お、おおお……オレはやっぱだめだ! すまん!!」


「あ、ちょ、ちょっと……!」




 弱腰だった兵士は小柄な兵士の制止も聞かず、武器を投げ捨て、その場から一目散に逃げ去っていった。




「おい、カライの兵だ! 来るぞ!!」
「ここを死守しろ! ひとりも通すな!」
「エストリアの底力を見せるんだ!」
「エストリアに栄光あれ!」




 エストリアの兵たちが次々と、自身を奮い立たせるように声をあげていく。
 退路を断たれた兵士たちは果敢に応戦したが、圧倒的な兵数の差に、ひとり、またひとりと力尽きていった。
 小柄な兵士は最後までカライの兵相手に善戦していたが、それもカライ国の将軍、バルトが来るまでの間だけであった。


 バルトが其処・・に現れるや否や、エストリアの兵たちはまるで、虫けらのように叩き潰され、刺し貫かれ、蹂躙されていった。
 もうすでに疲弊しきっている小柄の兵士は、肩で大きく息をしながらも、敵国の将軍バルトを睨みつけていた。
 その圧倒的な体躯の差は、例えるなら象と人間。
 しかし小柄な兵士は巨馬にまたがったバルトに対し、その構えた剣の切っ先を下ろさなかった。
 兵士の誇りからか、足が竦んで逃げられないでいるのか……。
 その兵士は圧倒的不利な体格差を前にしながら、自らの背中を敵兵に晒すことはなかった。




「ふむ、その心意気やよし! このバルトに向かってくるとは、敵国兵士ながら見上げた度胸である!」




 カライ国の将軍バルトは馬上より、野太い声で兵士に言い放った。




「ゆえに、我は最期に貴殿の名を聞こう。勇気ある者よ、名乗りをあげよ」


「わわ、私はルーシー……じゃない! ルーシーではない!」


「じゃなかったら……なんなのだ」


「えと、さ、サルバトーレ! 吾輩はサルバトーレ……伯爵、なり! ……たぶん」


「たぶん……?」


「サルバトゥォーレだ! 命が惜しければ、みみ、見逃してやらんでもないぞ! この、おお……、大男よ! ……というか、馬から降りろ! ……てください」




 サルバトーレと名乗った兵士は甲高い声でバルトの問いに答えた。
 手に握っている両刃剣の柄はときおり手甲と擦れ、カタカタと音を鳴らしている。




「笑止。戦士が敵に背中を見せることは死と同義! それは貴殿が一番よくわかっているであろう! サルバトーレよ!」


「で、ですよねー……うう……」


「ゆくぞ! サルバトーレ! カライの勝利の糧となる、その栄誉を誇りながら逝け!」




 バルトはそう宣言すると馬を駆り、サルバトーレめがけ、持っていた槍を突き出した。




「ひぃっ! で、でも……わたしだって、負けるわけにはいかないんだ……っ!」


「愚かなりサルバトーレ! そのような矮小な剣では、我の一突きは防げぬ!」




 ――刹那。
 剣と槍が激突し、火花が辺りに散った。
 バルトの繰り出した槍は、サルバトーレの剣を一瞬で砕く。
 そしてその勢いのまま、サルバトーレの体を大きく後方へ吹き飛ばした。
 飛ばされたサルバトーレは受け身をとることなく、ゴロゴロと後転し、地面の上に這いつくばった。




「好機! 貴殿の命、もらいうけた!」


「うぐぐ……っ!」




 バルトは馬のスピードを上げ、再度サルバトーレに向かって槍を振り上げた。
 ズドン!!
 バルトが振り下ろした槍はサルバトーレの鎧を貫通し、地面をも貫いた。
 サルバトーレは必死に槍を抜こうともがくが、バルトは腕にグッと力を込めていたため、槍はピクリとも動かない。


 やがて力尽きたのか、サルバトーレは一切の抵抗をやめ、パタンと動かなくなった。




「逝った――か。その剣は未熟ではあったが、その勇気は称賛に値する。サルバトーレ卿よ、その誇りを胸に――」




 それを確認したバルトは、サルバトーレに刺さった槍を引き抜こうと試みる。
 しかし――




「ム!? 槍が……抜けぬ……!?」




 ガクンッ! 


 突如として、サルバトーレの体が脈打つようにして震える。
 死んだはずの――少なくとも、バルトは死んだと思っていたサルバトーレの死体が脈打ち始めた。
 バルトは槍からバッと手を離すと、馬を操り、サルバトーレからおおきく距離をとった。




「――ぐっ!? な、なんだ……、こりゃ……! いってぇ……!」




 サルバトーレは悲痛なうめき声を上げると、四つん這いになり、腹部に刺さっていた槍に手をあてた。
 槍はボロボロと泥のように崩れると、サラサラとした砂になり、風に乗って消えていった。
 槍が刺さっていた傷穴からは、ドクドクと赤黒い血がとめどなく溢れている。




「やべえ……、せっかく体を手に入れたのに、このザマかよ……。……だけど……、へへへ、やってやったぜ……! ざまーみやがれ、インチキ事務員ども……!」




 サルバトーレはそう小さくつぶやくと、穴の空いた腹部にそろそろと両手を当てた。
 パァッと、サルバトーレの両手から緑色の光が溢れる。
 その緑の光は、みるみるうちに腹部のケガを塞いでいった。
 そして流れ出ていっていた血液なども、サルバトーレの体内へと戻っていった。
 カライ国の兵とバルトは、その光景に対し、ただただ茫然と傍観している。
 ケガが塞がったことを確認したサルバトーレは、のそのそと起きあがると、呑気にも周囲を見渡した。




「戦争、だよな……これって。だいぶ前だけど、なんかどっかで見たことがあるぞ。西洋の騎士とかが剣とか槍とかを持って戦ってるやつ……ってことは、タイムスリップでもしたのか……? いや、あのクソ事務員が言うには、たしかここは別の世界だって言ってたな……。でも普通に人間はいるし、今は曇ってるけど太陽っぽいのもあるし……、どうなってんだ。……はぁ、まぁ考えるのはあとでいいか。とりあえずいまは、こんな物騒な場所からとっとと――」


「き、貴殿は……、なぜまだ生きている!?」




 バルトがようやっと、そのきつく閉じていた口を開いた。
 その声はさきほどのずしんと響くような声ではなく、かすかに震えている。




「えっと、おまえはたしか……、ああ、そうだ。さっきこいつ……いや、オレか。オレを串刺しにたやつだったな。オレはタカシっていうんだ」


「ッ! もしや、これがうわさに聞くエストリアの悪しき研究というものか!」


「はぁ? おっさん、何言ってんだ?」


「死者の尊厳をも冒涜するとは許すまじ、エストリア王国! 貴殿らには我が直々に引導を渡してくれる!」


「お、おいおい、話を聞けって――」


「者ども! 手を出すな! こやつは我の敵である!」




 バルトはタカシの言葉に一切耳を貸す様子はなかった。
 バルトは周りの兵士の持っていた槍を強奪すると、馬を駆り、タカシに突進していった。




「まじかよ、こっちに来て早々これか……どんだけついてねえんだよ!」


「問答無用! 成敗!」




 バルトは槍を大きく振りかぶると、そのままタカシめがけて振り下ろした。
 一閃。
 再び、鋭い突きがタカシを襲う。
 しかしタカシはその攻撃を、紙一重で避けてみせた。




「あっぶねえっ! なにすんだ!」


「なに!? やるな、屍人よ。だが二度はない! 覚悟せよ!」


「まーたズンズンズンズン、バカみたいに突っ込んできやがって! イノシシかテメーは!」


「猪突猛進! 我の槍技は何人たりとも止められはせぬ!」


「いいから話くらい聞けって、おっさん!」


「生憎、外道の言葉に傾ける耳など持ち合わせてなどおらぬ! 貴殿はここで我の前に倒れるのだ!」


「ど、どうあっても、オレを殺す気かよ……! この牡丹イノシシ野郎!」


「安心するがいい。我が直々に冥土に送り届けてやる!」


「……だけど、ちょうどいいのかもしれねえな。ここらで力を試すってのもアリだ。……いいぜ、おっさんでデモンストレーションしてやるよ! 逆にオレのこの技を、冥途の土産にしてやる!」




 タカシは武器を構えるでも取るでもなく、ただ自らの両手のひらをバルトに向けた。
 バルトはほんの一瞬だけピクッと眉を吊り上げてみせたが、そのまま突撃した。




「ウンヌオオオオオオオオオオ! 消し飛――」




 タカシが大声をあげるのと同時に、両者が交錯する。
 ふたつの影が重なり、片方の影が衝突地点から大きく吹き飛ばされた。




「アレ!?」




 タカシだった。
 タカシは受け身をとることなく、勢いよく地面をゴロゴロと転がり、やがて地面に這いつくばった。
 タカシはその場で素早く跳ね起きると、手のひらをまじまじと見つめて叫ぶ。




「なんでェ!?」
「なぜだァ!?」




 両者の声が重なり合い、タカシはバルトにそろりそろりと向きなおった。




「――へ?」


「貴殿は……! 貴殿はなぜ、我が槍技を素手で受けて無事でいる!?」


「素手……? お、おう、そういえば……全然痛くないような……?」




 タカシは腕をぶんぶんと振り回したり、その場で屈伸運動をした。
 たしかに体には外傷などはなく、元気が有り余っているように見てとれた。




「我が槍技が、不死者を前にして鈍ったとでもいうのか……ッ!」


「え? ま、まぁ? そういうことだろうな。どのみちおまえはここで終わりなんだよ。騎士なら潔く負けを認めろって。このまま逃げてくれれば命までとりゃしねえからよ」


「戯言を! 騎士に退路など――」




 バルトが言いかけた途端――持っていた槍が、ボロボロと砂のように崩れた。




「な……ッ!? これはさきほどと同じ……!」


「ほ、ほらぁ! あきらめなー? あきらめちゃいなー? 無駄に命を落とす必要もないんだからさー? 生きてたらなんかいいことあるって! そんなに気を落とすなって、おっさん! 元気出しなよ!」


「く、くどい! 槍がなくとも、我は貴殿をここで止めなければならぬ!」


「おいおい。まだやんのかよ……しつけーな……」


「構えよ、サルバトーレ卿の亡霊よ。我が国の騎士の誇りは、貴殿の……貴国の邪悪な研究には屈さぬ! 見よ、この剣を!」




 バルトはそう言うと腰に提げていたひと振りの剣を抜いた。
 抜かれた剣は曇天の太陽の光を身に浴び、それを鈍く、鋭く反射した。
 いかによく手入れされているのかがわかる一振りである。




「よもや、この破邪の剣を使うことになるとは……、心するがいいエストリアの亡霊よ。今迄、この刀身を見て生き残った者などおらぬ!」


「いやいや、もういいって。わかったから――」


「覚悟ォ!!」




 バルトが手綱をひき、馬がひときわ大きく嘶く。
 するとバルトは、今までにない速度でタカシに突っ込んでいった。
 一方、タカシは腕組みをしながら、その場で仁王立ちしている。




「どうだ! 破邪の剣の効力は! 邪なる者は、この剣の前では身動きひとつとれはしない! 貴殿の負け――」


「もうどうなっても知らねえぞ、おっさん!」




 バルトはタカシの首めがけ、剣を振り下ろしていた。
 ガキィィン!!
 しかし、その剣は見えない円形の壁のようなものに防がれてしまう。




「ぐぬっ!? な、なんだ!?」




 バルトは狼狽えながら体勢を立て直すと、ふたたびタカシに向き直った。
 タカシはバルトの一撃により、かぶっていたヘルムを勢いよく吹き飛ばされていた。
 それにより、タカシの顔が白日の下にさらされる。


 風に吹かれ、後ろで無造作に束ねられていた赤髪が揺れる。
 曇天の、灰色の空によく映える、エメラルドグリーンの澄んだ瞳。
 そこで不敵な笑みを浮かべているのは、年の頃が十六、七歳ほどの、未だあどけなさを残した少女・・だった。


 タカシはニヤリと口の端を吊り上げ、不敵に笑うと、両腕を地面深くまでズボっと突き刺した。




業焔滅却ごうえんめっきゃく! 炉心溶融メルトダウン!!」


「なに……!?」




 バルトは顔色を変えると、馬の手綱を引き、その場で制止した。
 馬の蹄から砂煙が舞い上がる。


 ――静寂
 周囲の兵もただ、ふたりの動向を固唾をのんで見守っている。


 ……しかし、待てど暮らせど、一向に何かが起こる気配などはなかった。




「ま、まあまあ、ちょっと待ってろって……いまにこう……バーンってくるんだって。いやいや、マジで。こう……『ばーん』ってな。いや、『ぼーん』だったかな? あれ? 『どひゅーん』?」




 痛いほどの沈黙に耐え切れなくなったのか、タカシが申し訳なさそうに口を開いた。
 さきほどの態度とは打って変わって、すこし申し訳なさそうな視線を、バルトに送っている。




「お、おかしいな、たしかこれで合ってる、はずなん――」


「其の魔法を知っていて、クチにしているのか……!?」


「は?」


「その名は『失われた魔法ロストマジック』のひとつ。かの伝説の生物、神龍ゴッデスドラゴンが編み出したとされる禁術……、地を溶かし、天を焦がす。それをなぜ貴殿のような小娘が……?」


「はぁ? ろすとまじっく? 小娘……? おい、おっさん。あんた何言って――」




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 いいかけて突然、大気を震わせるほどの地鳴りが轟いた。
 ガクンガクンと体を大きく揺さぶられるほどの揺れに、兵士たちはみな一様に慌てふためいている。
 地震は止むどころか次第に大きくなる。
 空気が揺れ、地面は割れ、その裂け目からドロドロとしたマグマが噴き出した。
 マグマはその姿を津波のように変えると、サルバトーレの周囲全ての兵士を飲み込んでいく。
 マグマは自然のものではなく、魔力を多量に帯びており、兵士はそれに触れるだけで蒸発し、ドロドロに溶けていく。
 飲み込まれた兵士たちは断末魔をあげることなく、つぎつぎにこの世から消えていった。




「くっ……! やむを得ぬ、か……。者ども! 撤退だ! 今は生き延びることだけを考えるのだ!」




 バルトはタカシに一瞥もくれることなく、その場から兵を束ね、退散していった。




「いいか、小娘よ! 貴殿にはいずれ、必ず天誅が下されるだろう!」


 背中越しに、バルトの言葉がタカシにまで届く。
 しかしタカシはその様子を、ただただ茫然と立って見送っていた。

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