カオスアニマ -脳筋おじさんと生者見習いの女子高生-

椎名 総

森の弱い敵と戦ってみる



「おい、『朝ガキ』、しっかり戦え、
 この場所の、それも、この程度の亡者化した敵に手こずってたら
 あっという間に仲良くニコニコ骸骨亡者のお仲間入りだぞ」


「わ、わかってるわよっ」


 ここは『始まりの狩人と亡者の森』、
 初心者がこの世界に慣れるために経験を積む初歩的なステージである。
 森というだけあって、緑々とした葉が連なる立派な木々が並々と生い茂り、
 せせらぐ川もある、木々の間から差し込む木漏れ日は、
 こんな世界でなければ癒やしにもなっただろう。
 かつて何らかの建物があったのか朽ちた外壁や、
 老朽化した小さなボロボロの塔などもある。


 初歩的なステージと言っても、ここで早々に死ぬ者は多い。
 そもそも戦いに向いていないもの、
 目的がないもの、
 自ら死を選ぶもの、
 慢心するもの、
 適応できないものはあっという間に記憶をなくし、
 その地に根付き亡者の素体となるか、
 飛び散るアニマの霊子となりこの世界を漂い、
 亡者たちをなす材料、もしくは落ちているアイテムなどになる。
 まだ生きる意志のある初心者たちにとって大切な
 狩られるモンスターやアイテムになるのだ。
 その消費の果てに、魂はようやく浄化を終える。
 もちろん綺麗さっぱり悔いなく浄化され、消え行くものが大半ではある、
 それに亡者になろうともその魂は狩られていく度に浄化されて素体のみ残る、
 そして『例外』は何事にもある。




「くっ死になさいよッ、さっさとやられてアニマよこしなさいよぉッッ」




 スタミナ配分も間合いも考えず短剣を片手持ちで
 ブンブンとぶん回す旭に龍人は頭を抱える。


 旭が今、相手しているのは『名も無き亡者』、
 頭は骸骨、生者全員がつけているもはや手入れの行き届いていない
 カビの生えた小物入れ付きの『生者のベルト』、
 回復の液体の入った瓶、少し刃の欠けた短剣、
 木がメインで作られた弱々しい小盾、
 見るからに某RPGならスライムに該当する雑魚モンスターだ。


 だが旭が手こずるのも無理は無い、これはゲームではない、
 匂いもあり、モンスターの雰囲気もある、殺意もある、
 攻撃を受けた際、ダメージ量に応じた痛みすらある、
 木々の地面に浮き出た根っこに足を絡ませれば転びもする、
 ここは、『テラ・グラウンド』、『絶望の楽園』、
 ここに訪れた9割以上の魂は一年と持たず消えていく過酷な世界、




「朝ガキは、んっっっっとッ口だけだなぁ、
 よくそんな無計画で好戦的でアイテールに辿り着けたな」 




 一つの木に寄りかかりながら戦況を見つめていた龍人はそう口にする他ない、


「う、うっさい、いい加減そんな朝採れた生牡蠣みたいな呼び方やめてよっ」


 旭は亡者のゆったりと持ち上げてからくる剣撃をギリギリで躱しながら呼び名に対して抗議する。


「うまそうでいいじゃねぇか、
 だが俺は現世じゃ生牡蠣もカキフライも、
 果物の柿も好きじゃなかった…ゴメンな朝ガキ、
 お前のこと好きになれそうにない、俺のことは忘れてくれ」


 龍人は目を閉じながら顔の前に左手を立てて一度頭を下げ、謝罪する、




「えっ、なにっ、今私振られたの?、何の意味もなくフラれたの?、
 意味分かんないんだけどッ」




 出会ったばかりで何も始まってすらいないのにフラれるという
 意味不明な展開に旭は少しばかり動揺する、


「ほらほら集中しろ、慣れるまでは無理をしないで非表示にしてる小盾を使え、
 防御しても多少ダメージと痛みは伴うが後で回復すればいい、
 相手の攻撃がやんだら通常モーションで攻撃するだけでいいんだ、できるだろ?」


「わ、わかったわよっ」


 亡者と一定の距離を取り、
 装備はしていたが手元に出していなかった鉄でできた小さい盾を構える。


 『装備』、基本右手に二つまで、左手に二つまで、
 登録することで装備することができる。
 装備しているどちらかか、もしくは何も持たない、を選択できる。
 装備している以上装備重量が上がるため、
 熟練のステータスを上げた生者でもない限り基本1つずつしか装備しないのが基本である。


「こ、こい、怖くなんてないんだからねっ」
「…(怖いんだな)」


 龍人はわかりやすいなと、微笑ましく見守る、


「きたっ、きたっ、痛っ痛っ、ちょっとっ、こいつ調子に乗り過ぎじゃないっ?」


 亡者はゆったりとした初動からの剣攻撃を盾を構える旭に3回ほど連続で繰り返した。
 キンキンと亡者の短剣と、旭の小盾が音を奏でる、


「(おまえも十分調子に乗ってるぞ)今だぞ」
「わかってるわよっ」


「えいっ、えいっっ、えいっっっ」


 旭はそう掛け声を発しながら攻撃し終わった亡者に
 お返しとばかりに右手に持つ短剣で3連撃を食らわせる。
 盾でガードしていた分と短剣3連撃の結果、旭のスタミナは尽きる。
 亡者はその間にスタミナを回復し、
 旭の短剣3連撃目を食らった際に仰け反りはしたが
 体制を立て直すと再び旭に攻撃を再開する、


「ちょ、ちょっと死なないじゃないっ、
 最初の敵はこれで死んでたじゃないッッこれも雑魚でしょ? 
 おかしいでしょッッ、」


 死にきらず反撃してくる亡者の攻撃を後方回転して慌てて避ける旭。


「おかしいのはお前の頭の中の、ピンク色の脳みそだ。
 レベルがまったく上ってないお前とその武器じゃ
 チュートリアルじゃないんだ、一回のやり取りで倒せるわけ無いだろ。
 ここを何処だと思っている、『カルマ』だぞ、『地獄』だぞ、『死者の楽園』だぞ、
 『テラ・グラウンド』だぞ、舐めてんのか?」


 龍人は右手の親指と人差指で自身の顎を擦りながらそう言う、




「最初に言いなさいよっあんた教える気あるのっ、」




 亡者の攻撃を躱しながら旭は文句を言うだけの余裕を見せている形にはなっているが、見るからに余裕はなさそうだ。


「百聞は一見にしかず、百見は一触にしかずだ、
 安心しろ死にそうになったら適当に助けてやるよ、
 助けるかどうかは『天邪鬼あまのじゃく』というか『気まぐれ』だがな」


「うぐぐぅっ」


 旭は龍人に目線をやってしまったため盾を適当に前に構えカンッカンッと亡者の剣撃が接触して、虚しく音を奏でている。


「いつまで調子にのってるのよッ、このっ、死ねっ、死んじゃえっっ」


 再び短剣で3連撃を放ちようやく亡者は崩れ落ち消失する、亡者のアニマの一部が旭の胸に吸収されていく、コオォォォと独特の音を立てて旭の豊満な胸元に吸収されていく、どうやらドロップはないようだ、


「(もう意味死んでるがな)ようやく一体か、まぁ、こんなもんか」


「はぁはぁ、やっと倒せた~。」


 その場に尻餅をつきはぁはぁと豊満な胸を揺らしながら呼吸を整える旭、


「よし、次行くぞ」
「え、もう?、ちょっと休ませてよっ」


 次にもう行こうとする龍人に旭は休憩を申請する、


「あのなぁ、俺にも俺の戦いがあるんだよ、
 さっさとある程度レベルアップしてくれねぇと困る、
 お前のペースに付き合ってたら何年かかるかわかったもんじゃねぇ、
 付き合えるのは長くても一週間が限度だ、
 こんな序盤で一戦目が終わって休んでる暇はねぇ」


 喋る龍人の発言を黙って聞いていた旭は恐る恐る聞いてみる、


「…一週間で一人前になれるものなの?」
「…この世界の仕組みを知る分には十分だ」


「ちょっと仕組みだけ知っても生き残れなきゃ意味ないじゃない、一ヶ月くらい良いでしょっ」
「…この一週間で示してみろよ、俺が手放すには惜しいと思えるほどに、感じられる『何か』を」


「……」


 龍人の言葉を旭はそのまま受け止め、自分にできるか考えこむが、
 彼女もそこまで馬鹿ではない、やるしかないのだ。
 『転生』を望むなら、彼の言葉に嘘偽りが無いとわからない旭ではなかった。




「…わかった、示してみせる」


「喋ってる時間も惜しい、次行くぞ」




 旭はその可憐で可愛い顔を引き締めて、決意を新たにし、龍人について行く、
 黒と白の生者が緑の森を歩いて行く。



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