異世界転移の覇王譚

夜月空羽

08 魔法訓練

影士とエルギナは迷宮ラビリンスに足を踏み入れて下の階層に降りて行く。下の階層に向かえば向かう程に魔物も強くなり、罠の数も凶悪性も増すのだが、二人はそんなことに意を返さずに進んで行く。
「弱ぇ」
迫りくる魔物を単純作業のように淡々と殺していく影士とエルギナ。二人のレベルではここの階層の魔物は弱すぎる。
弱すぎる魔物に飽き飽きした影士はゲームのように下の階層に転移できるワープ装置でもないかな、と探しているほどだ。
「それにしてもゲームに酷似してんな、この迷宮ラビリンス
ここまでの道のりを思い出して影士は出てきた魔物が影士がいた世界のゲームに出てくるモンスターに酷似していた。
最初に出てきたゴブリンを始め、これまで遭遇した魔物は全て影士がいた世界のRPGに出てくるモンスターにそっくりだった。
むしろ、この世界は神々がRPGを模して作り上げた世界ではないかと疑問を抱く。
神々がどうしてこの世界を創ったのか、もしくは何か目的があってそういう世界に変えたのかは判明できないが、何かを企んでいたとしてもそれを潰せるほど強くなれば何も問題はない。
弱肉強食。影士は神々よりも強くなればいいだけの話だ。
「影士よ。そんなに暇を持て余しておるのならここらの魔物で魔法の練習をしたらどうだ?」
魔法で魔物を倒しながら暇を持て余している影士にエルギナはそう告げる。
「いくら初めから詠唱抜きで魔法が使えるとはいえ、場数は必要であろう?」
「………そうだな」
基本的に影士は剣であるアルガを使った近接戦闘を使い、魔法はサブとして使っている。魔法という概念がない世界から来たからまだ不慣れな点も多い。
それならここで魔法を自分の手足のように扱えるようにするのも一つの手だ。
影士はアルガを腰に収めて魔法をメインに戦闘訓練を開始する。
「グアア!」
「グルルル!」
早速現れる人型の狼、コボルトの群れ。いつもなら近づいて剣で斬るか、火炎放射器のように魔法を放って終わらせるも、今回は少し趣向を変えた。
魔法はイメージによって変わる。ならそこに現代科学の知識を加えたらどうなるか。
「凍れ」
腕を振るうとコボルトの群れは一瞬で氷像へと姿を変える。
「水魔法に属する氷魔法を持っておったのか?」
「いや、これは炎魔法だ。正確には吸熱だが」
「吸熱?」
「あー、周囲の熱を奪って一気に温度を下げることで氷を発生させる現象みたいなもんか? それを魔法で再現してみた」
「ふむ。それはお主の世界の知識か? なかなか興味深い。暇ができたら妾にお主の世界のことについて聞かせておくれ」
「暇ができたらな。さて次は」
そうして魔法訓練を行いながらも魔物達を容易に殲滅する影士。それだけ魔物とのレベルの差があるのが見てわかる。
けれど、エルギナの言う通り訓練には最適だ。おかげで大分魔法のイメージを掴んできた。
「炎魔法と風魔法を複合魔法で合成。そこに闇魔法の引力を加えて」
炎の竜巻を生み出し、魔物達は引力の力が働いているその炎の竜巻に吸い込まれ、灰も残らず燃え尽きてしまう。
「雑魚の掃討には使えるな」
そう結論を出して次に影士が元から持っていた呪詛魔法に手を出してみるも、これは癖のある魔法だった。
魔法名通り、これは対象を呪う魔法だ。
○○しなければお前は死ぬ。みたいな魔法で対象を呪うには二つの条件がある。
一つは呪いをかける相手に一度接触する必要がある。
二つは呪いの内容を対象に伝えないといけない。
この二つの内どちらかでも疎かにすれば呪詛魔法は効果が発揮しない。
しかし、その効果は絶大。
一度呪詛魔法を受けた者はよほど高位の神官でないとその呪いを解くことはできない。
それか、その条件を満たせば呪いは解呪される。
使いどころの選ぶ魔法だな、と影士は己の魔法に溜息を漏らす。
そんな魔法の訓練をしながら二十階層のボス部屋の到着した二人は迷うことなくその扉を開ける。
「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
そこで待ち構えていたのは武装した二足歩行の魔物――ミノタウロス。
異世界モノでも有名な牛頭人体の魔物であるミノタウロスは巨大な戦斧を片手で持ち上げて鼻息を荒くしながら二人を睨み付けるも―――
「ヴヴォ!?」
ミノタウロスの周囲から土が隆起してミノタウロスを取り囲むように閉じ込められる。その中に炎を出現させて逃げ場のない灼熱地獄を作り出す。
「ミノタウロスを見て処刑器具のファラリスの牡牛を試してみたが、即死性がないか」
閉じ込められ、灼熱地獄を味わっているであろうミノタウロスの僅かな悲鳴を耳にしながら魔法実験の結果についてそう結論を述べる。
「まぁ、イメージしたモデルが元々拷問処刑器具だからそれも当然か」
「拷問処刑器具とは………ミノタウロスには同情する」
閉じ込められているミノタウロスに同情の眼差しを向けるエルギナ。暫くして土をどかすとその中には焼き上がったミノタウロスの丸焼きがあった。
影士は剣でミノタウロスの切ってその肉を食べる。
「おっ、意外にいけるな。魔物には美味い魔物がいるもんだな」
これまで影士が食べてきた魔物のなかでミノタウロスの肉は断トツに美味かった。そもそもこれまで食べてきた魔物がまずかっただけかもしれない。
しかし、ステータスに変化はなかったのが残念だった。
「影士よ。宝箱があるぞ?」
「あ? どうせ空だろ?」
ミノタウロスがいた背後にはわかりやすくも宝箱が置かれているも、その中身はないと影士は断言する。
「一応ここはまだ二十階層のボス部屋だ。俺達より前に誰か先に宝を手に入れてんだろ」
この世界のレベルの基準がわからない影士でもそれだけは言える。
いくら迷宮ラビリンスといえど宝が入っているわけがない、と。
しかし―――
「そうは言うも入ってあるぞ?」
「はぁ?」
エルギナは宝箱から短剣を取り出す。
「ふむ。ステータス上昇が付与された短剣のようだ。どうする? お主が持つか?」
短剣を手にして己のステータスを見てどのような剣かを確認したエルギナはその短剣を影士に持たせようとするも影士は首を横に振る。
「いらねぇ。お前が持ってろ。俺にはこいつがいるからな」
アルガを見せると、エルギナも「それもそうか」と納得してその短剣を己の腰に差し込む。
取られたお宝も時間が経てば元に戻るのか? と影士は疑念を抱くもすぐにその疑念を頭から追い払って次の階層に進む。
今度の魔物は蟻だ。成人した男性ぐらいの大きさを持つ黒一色の蟻の魔物。
不気味な光沢をちらつかせつ硬そうな外皮に腕先には発達した鉤爪。昆虫特有の口腔を大きく開けては二人を威嚇している。
その魔物の名前はキルアント。硬い外皮と鋭い鉤爪を持つ魔物だけど、キルアントの一番の特徴は群れで行動するということだ。
そこに一匹いれば三十匹はいる。冒険者の間ではそう言われている魔物で実際に二人の目の前には数え切れないほどのキルアントの大群がいる。
「燃え尽きるがいい」
だが、そんなことは二人には関係なかった。
エルギナの魔法一つでキルアントの大群は消え去り、二人は何事もなかったかのように進む。
二人にとってこの階層はまだ実力を出すほどではない。だからこそ二人はもっと下の階層に降りて手ごたえのある敵を見つけては殺して己の糧にしていく。
「~~~~~♪」
その時、微かに歌が二人に耳朶を震わせた。
「歌?」
「この迷宮ラビリンスで?」
互いに頭に疑問符を浮かべながら歌が聞こえる方に足を向けて進み始める。その道を阻もうとしてくるキルアントを容易く迎撃しながら二人はそれを見た。
一人の少女が歌いながら剣と共に舞うようにキルアントを殺している光景を。
純銀を溶かし流したような銀髪のロングヘアと、狂気に満ちた赤い瞳。エルギナに負け劣らずの整った相貌に女性らしく過不足のないプロポーション。そんな彼女が身に付けているのは防具よりも社交界で着るような赤いドレス。いや、赤色に染まったドレス。
場違いのような恰好をしている彼女は瞳と同じ赤い剣を振りながらキルアントを殺している。
躍るように、舞うように。まるで彼女にとってここが社交界かのように魔物相手にダンスをしているかのように見えた。
すると、彼女は二人と目が合う。
「あら、あらあらあらあら。まさかこのようなところで私以外の人とお会いすることになるなんて。ふふふ、拙いダンスをお見せしてしまって申し訳ございませんわぁ」
上品に笑う彼女だが、その瞳は獲物を見つけた魔物と変わらない狂気に満ちた目で二人を逃さないように見据えている。
異質、異常。彼女を見てそう思う者は少なくはないだろう。だがしかし。
「気にすんな。俺はダンスの良さなんてこれっぽちもわからねえからな。けどま、邪魔した詫びとして一曲付き合ってやるよ」
それは影士も同じだ。
アルガを手にして彼女に近づくと、彼女は微笑ましそうにクスクスと笑む。
「あらあら、よほど腕に自信がおありのようで? それなら私も全力でお相手をお願いしますわ」
漆黒の剣と赤い剣を構える二人をエルギナは少し離れた位置で観戦に徹する。
「俺は唯我影士。あんたは?」
「これはこれは私としたことが名乗るのを申し遅れるとは失礼しましたわ。私の名前はエルザ・ユリシアと申しますわ。それでは改めてお付き合いしてくださいまし!」
「上等」
迫りくるエルザに影士は嬉しそうに口角を上げる。
ここまで来てようやく弱肉強食の糧になれる獲物が見つけられたことに。
衝突する漆黒の剣と赤い剣。火花を散らしながらも互いに笑みを浮かべ合う。




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