追放された魔法使いは、実は剣聖でした~憧れの父を越えるために、少年は成り上がる~

異端の雀

プロローグ 「魔法使い、追放されてもらいました」

「なあアルク。今俺らのパーティーに必要なものって、なにかわかるか?」

 冒険者ギルドが管理する、ギルドハウス。
 そこで唐突にそう切り出すのは、僕――アルクが所属する明けの明星というパーティーのリーダーガイラックだ。
 彼は、ヘイトを集めながら戦うというこのパーティー唯一の戦士でもある。
 僕は、そんな彼の赤髪にたくましい体つきという気の強い外見に少し怯えながら、ゆっくりと口を開く。

「お金……ですか?」

「違う。いや、それもだが俺が求めてる答えじゃない。……まさかお前、今の今までさんざん迷惑かけといて自覚してないのか!?」

 ガイラックは、驚いた表情をしたと思ったら顔を一変させて歪め、テーブルをどんと叩いて立ち上がる。
 その瞬間、テーブルの上に乗った皿やお椀が宙に浮き、それに盛られていた液体やら具材やらを盛大に飛び散らせた。

「ど、どうしたんですかいきなりっ?」

「どうしたんですかだって? お前はッ――――いい加減にふざけるなよ! お前みたいな奴がいるから俺らのパーティーは成長しねぇんだよ! お前みたいな寄生野郎がいるから――いるから!」

「まあまあガイラック。そんなに頭に血を上らせると、血管が切れますよ? 少し落ち着いて……」

 言ったのは、このパーティーで一番口の上手い女のエレンだ。
 濃い緑色の髪をした彼女は、このパーティーの弓師でもある。
 そんな彼女が、ガイラックのあまりに酷い怒り様に口を挟んだ。
 そっと、自分もその怒りに触れることがないように、ガイラックの胸の前に手を伸ばして制止しようとする。
 恐らくそれは、周りからの自分の評価が下がらないようにだろう。

 彼女には人の様子を伺う癖があるんだけど、その笑顔と巧みな話術で相手を誘う。
 その行動をずっと見てきた僕からすれば、言い表す言葉がないほどに呆れてしまう。
 なぜなら、その行動はガイラックの行動を助長させるためのものだから。

「いーや、この際はっきり言わせてもらう!」

 ガイラックは、エレンの思惑通りにその手をばっと勢い良く振り払い、息を荒くする。
 その様子に、いつも酒が飲み交わされていることで騒がしいギルドハウス全体が静まった。
 その結果、当然のように全員が、僕とガイラックへと視線を向ける。
 それでも彼は続ける。

「いつもいつも、俺らが戦っている最中にうろちょろしやがって! いいや、それだけならまだましだよなぁ? 俺らが命張って攻撃してるっていうのに、邪魔ばっかしやがる。お前のやってる仕事は雑用ばっかのくせにな! 正直言って、お前の代わりなんていくらでもいるんだから、要らねぇ存在だよお前は。違うか? あぁ? 」 

 ガイラックは、テーブルの周りを沿うように歩いて僕の目の前に立つ。
 その様子を見ると、まだ怒りは治まっていないようだ。
 上から見下す姿勢で僕を睨むと、気に食わないと言わんばかりに歯を軋ませる。

「……そうです」

 そう言うしかない、というか、その状態で否定などできるだろうか。
 仮にもそんなことをしようものなら、目の前のガイラックの拳がとんでくるだろう。
 そして僕は、殴られたと気づいた時には既に血を流して倒れているのだ。
 それを見た周りは、非人道的な行為をしたとしてガイラックを非難するだろう。
 だが、それで引き下がるガイラックではない。
 さらに首筋に血管を浮き立たせ、剣を引き抜いて食ってかかるのだ。
 そうすれば、あっという間にギルドハウスの中に血の海ができ、ガイラックは犯罪者として名を残すだろう。

 そんな末路……決して誰もが望まない結果にはさせたくない。

「じゃあ、追放だ、追放。もう俺らのパーティーから抜けろよ。その方が、お前にとっても俺らに迷惑をかけないで済むだろ?」

「……」

「嫌だって言うのか? ならいいさ、一生俺らのとこでタダ働きしろよ。それなら、絶対に邪魔だなんて言わねぇよ。そんで、お前は晴れてその日から俺らの奴隷になんのさ。ハハッ、ハハハハッ。この考えは、我ながら最っ高だと思うわ。そうじゃねぇか?」

「それはもう、最っ高です。こちらからお願いしたいくらいですよ」

 僕は、ガイラックの話した全部のことについて良いと思った。
 もちろん、お世辞は抜きだ。
 まあ、奴隷をすることになるのは、福利厚生が整っていればの話だけどね。
 いや、お金がもらえないんじゃあ福利厚生とは言えないか。
 せめて環境だけでも良くて、衣食住が提供してもらえるならそれでいい。
 馬車馬の如く働くさ。

 だけど僕は、そんな風になりたいんじゃない。
 父さんみたいな、立派な魔法使いになりたいんだ。
 自分も冒険者という不安定な仕事で余裕はないはずなのに、困っている人を救うために、全力で問題に立ち向かえるような。
 色んな魔法を使えて、それを出し惜しみせずに振る舞えるような。
 そんな風に、少し不器用でもいいから、父さんのように魔法を使ってみたいと思う。
 けど、僕にはそれができない。

「なら決まりか、魔法の使えないクズ魔法使いさんよぉ!」

 これを否定することはできないし、しようとも思わない。
 それが自分なんだから、せめて自分のことを認めてあげる人が一人でもいた方がいいだろうから。
 それが例え、自分でも。
 だから、これもいい機会だし、僕からもこの際はっきりと言わせてもらおう。

「ありがとうございます。これで僕は、パーティー明けの明星から追放……ということになりましたので、ここでお別れとさせて頂きます」

 どんな理由でも、こんな自分をパーティーに入れてくれたことは感謝しかない。
 だけども、その感謝もここで尽きた。
 それに、僕がこのパーティーにいてもできることは限られている。
 なら、自由度の高いソロでもいいんじゃないかと思い始めた。
 だから、ここで縁は切る。

「よかったよかった、これで俺らの貰える金がすこーぅし増えたわ。まあ、俺らにとっちゃあこんなのはした金にも過ぎねえけど……っと喋りすぎちゃあ良くねえよな。さあ、奴隷のアルク君、奴隷ペットが服を着ているのはおかしいと思わない…………か? 待てよおい、お前今なんて言った?」

 ガイラックは、動揺を隠しきれていない。
 まったく、自分で言ったことなんだから、そこら辺はしっかりしててほしいものだ。
 それでもしょうがないので、もう一度言ってあげるか。 

 おっと、ついでにこのパーティーで稼いだ金で買った物も全部置いていくか。
 後から文句を言われても嫌だし、そんなものを使うというのは僕にしても気が引ける。
 羽織った薄い布をとって払い、腰に指す解体用ナイフを外し、靴を脱ぐ。
 幸いにして、今来ている服は家からそのまま持ってきた物だ。

 後は……ないだろう。
 それと、よくよく考えると、こんな貧弱な装備しか持ってないのに、なんで僕は普通に生きていられたんだろう。
 いつ死んでもおかしくないどころか、初心者よりも酷い装備かもしれない。
 それも、今日で終わりだけど。

 さてと、荷物をまとめて両手に持ってと。
 これで準備完了だ。
 後は、話した瞬間にこれを突き出せばいいだけ。
 ゆっくりと息を吸って、途中で噛まないように口の形を意識する。
 そして、言葉を紡ぐ。

――――追放されてもらいました、と

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