李書文対前田光世　決着

　まるで2匹の蛇に巻き付かれていく感触。

　下になった光世の両足が書文の足に絡みつけられていく。

　足緘ヒールホールド

　人体破壊という面では、極まれば勝敗も決まる一撃必殺と言っても良い関節技。

　両足で相手の太ももを固定。　そのまま腋わきに踵を抱え込み、捻り上げる技だ。

　固定された太もも、その状態で踵から捻じり上げると、ヒザの靭帯へ負荷がかかっていく。

　完全に極まれば靭帯断裂。　

　（倒れれば――――極まる！）

　そう考えてのは李書文か？　それとも前田光世か？

　光世は腕に力を込める。　しかし、書文も倒れぬように腰を落とし、拳を振り落とす。

　光世は耐える。

　相手が強打を放てば、動きが乱れて一瞬で関節が極まる可能性が上がるからだ。

　しかし、その反面――――

　打たれる方も動きが乱れ、絞めている腕が乱れる事も多い。　　

　この時、乱れたのは光世の方だった。

　腕の締め付けが甘くなる。　体を反転させて足を引っこ抜くように逃げる書文。

　それは本能的に逃げ方と思い付いたのか？　それとも知っていたのか？

　だが――――

　「ぬッ！」と振り向く書文。　いまだ、光世の握力は書文の足首を握っていた

　――――いや、足首だけでない。

　続けて書文の腕を掴んだ。腕を引かれて書文の頭が下がる

　「このッ！」と光世は、勢いよく書文の足を引き付けると同時に蹴りを叩きこむ。

　狙い通りに顔面を捉えた。　次は斧のように振り上げた踵を放つ。

　寝技からの蹴り。　

　十分な威力は乗らないはずだが――――それでも人の意識を刈り取るのに必要な威力は乗っている蹴りのように見える。

　「くっ！」と苦々しい顔で下がる書文。　光世の腕を振り払う。

　両者に間合いが生まれ、動きが止まる。

　「……」と書文。

　「……」と光世。

　書文は立った状態。　光世は寝た状態。

　書文が「立て！」と促せば、「来い！」と誘う光世。

　どちらも誘いに乗らない膠着こうちゃく状態になる。

　「立たぬか……ならば、仕方あるまい」と書文は悪戯を思いついた童のように――――

　その場に胡坐をかいて座った。

　「なっ！」とその場にいた誰もが驚く中、光世は動く。

　体を完全に起こさず、中腰の体勢になったと思ったらタックルを――――行かない。　

（狙われている。　これは挑発だ……）

　そう自制心が働いたのか？　光世は四つん這いで片手だけ上げている状態で静止した。

異常な光景。　それを見るノアは――――

「どういう戦いだ？　これは？」と口に漏らす。

座禅を組む書文。　しゃがみ込み、片手だけ地面につける光世。

睨みつける光世に対して――――なんと！　書文は目すら閉じているではないか！

（どうする？　どうすればいい？）

それは焦りではない。　有利な体勢は自身のはずだ……と光世は考えた。

座り込んだ人間が双手狩りタックルに対処できるわけがない。

（有利なのは間違いなく自分。だが、この膠着が続けば体力の消費に差が生まれる。不安定な体勢による消費。ごく僅かな差に過ぎぬが……では……）　　　　　

「行かせてもらう！」

前田光世　双手狩りタックル敢行！

その瞬間、「あっ　誘われた」とノアの呟きを聞いた者はいただろうか？

書文は瞳を開き、座禅を崩す。

片足だけ膝を立てて地面につけると同時

「フン！」と裂帛の気合と共に行われるのは震脚。

「ごおぉふ」とタックルに行った光世の胸に書文の拳が叩きこまれる。　
　　　
　だが、それだけでは終わらない。　震脚の勢いをそのままに座っていたはずの書文の体が縦に伸びていく。そうなると光世は――――

（なぜ……私は立ち上がっている？）

　信じがたい事に、拳の威力によってタックルへ行った光世は文字通りに叩き起こされ、二本足で大地に立っていた。

　（来る！　来るぞ！　動け！　動け！）

　だがその光世の祈りも虚しく、書文の蹴りが顎を叩いた。

　右の蹴り――――だが、それだけでは書文は止まらない。

　右足を引くと軸足だった左足で飛ぶ。

　空中で腰を捻り、左の蹴りが再び光世の顎と捕らえる。

　『連環腿』

　蹴りの二連撃を受けた光世は後ろに倒れた。