落ちこぼれの少年が世界を救うまで

歩海

入学前の話し合い

「やあ、セレクシアくん」
「ロンドでお願いします」

 部屋の中に入ったらまず第一声にそんなことを言われた。まったく、もし先輩がまだ遠くに行っていなかったらどうするつもりだったんだよ。そんなことを思いながらあたりを見渡す。扉を開ければ真正面に机が置かれていてその後ろの椅子に理事長が座っている。横を見てみれば本棚がいくつもあって、たくさんの書籍が置かれているのがわかる。そして下を見れば見るからに高級そうな絨毯が敷かれている。なんだよ。金持ちの道楽か。

「君の考えていることはわかるが、いささか酷いと思うがね。それに二人きりの時ぐらいいいじゃないか。それに……本名を呼んでくれる人がいないときついぞ」
「それで、要件はなんでしょうか」
「ああ、君に渡しておきたいものがあったんだ」

 理事長の言葉の意味がよくわからないが、それでもここにきた目的を思い出して聞く。すると、理事長は立ち上がり僕の方に近づいてきた。渡したいものがあるといっても手に何も持っていないのですが、

「はい、これだ」
「鞘?」

 理事長が指を鳴らすと手の上に剣の鞘が現れた。それは黒い装飾を施されていて見るからに立派な職人が手がけたものであろうことがわかる。

「君のその刀、抜き身では危険だろう? だからこれを君に授けよう」
「あ、ありがとうございます」

 理事長のいうように俺の持っている刀は納めている鞘がないのでかなり危険だ。なのでありがたくそれを受け取って、鞘に入れる。サイズなどは聞かれていなかったのに、なぜかちょうどぴったしはまった。

「その鞘は最高級の素材を用いて作られている、それだけで下級の契約獣程度の攻撃なら防ぐことができるだろ」
「なんてものを用いているんですか」
「ははは。精一杯のサポートをすると言っただろう?」

 そう言って笑っている。でも、俺は、ここで一つ気になっていたことがあるのでそれを聞く。

「あの、」
「なんだい?」
「なぜ、ここまでするのですか? 別に俺じゃなくても……この刀がなくても戦える人は多いと思うのですが」
「ま、それはそうだな。でも、君は忘れていないか? それは天使の現し身。『災厄の獣』に対して絶大な威力を発揮する。普通の契約獣では、まともに攻撃できるのは少ないし、攻撃が通ったとしても厳しいものがある。もちろんしばらく戦い続ければ倒すことが可能だが。あくまで効率の問題さ」
「そ、そうなのですね」

 効率か……まあ、それならうなづける。でもこの人の俺への贔屓は少しだけおかしい気もしないでもないけどね。そんなことを思っていると理事長は俺にまた何かを差し出してきた。

「これは?」
「ああ、君が普段使いするための刀だ。基本的にその刀を使うといい」
「ど、どうしてですか」
「なぜって、これから君はクラスメイトを始めとしてたくさんの人と戦うだろう。その時に君はあの刀を使うのかね? それはさすがに認められない」
「それは……そうですね」

 確かに俺が負けるのならば、問題ないが、俺が勝った時が問題だ。相手の契約獣を輪廻の輪に返すということは契約獣を殺すということに他ならない。基本的に戦いにおいて戦えなくなった契約獣は消えるが死ぬことはない。時間が経って回復すればもう一度蘇る。基本的に「死」の概念からは遠い存在だ。それをこの刀は打ち砕くことができる……危険極まりないな。

「だから代わりの刀が必要だろう?」
「そうですね」
「さ、受け取りたまえ」
「ありがとうございます」

 俺は素直に受け取った。与えられた模造刀は、一見すれば見た目はかなり似ているのだが、持った瞬間にわかった。何かが違う。具体的に何が違うと言われてもわからないけど。

「ふふっ、さすがに人間ごときが作ったものと天使とでは違いなど一目瞭然」
「この刀もかなり素晴らしいものだと思うのですけど」
「まあ、この国の最高峰の鍛冶屋に作らせたからな」
「何してるんですか!」

 この人とんでもないところに頼んでいるんですけど。しかもそれをただの一介の学生の二番目の刀にするって……考えたくない。この刀一本にどれだけのお金が発生しているのかなんて考えたくない。

「具体的な値段が聞きたいか?」
「……一応聞きます」
「材料費込みで白金貨で10000枚くらいだったか? ああ、鞘は違うぞ。それは値段がつけられん」
「聞きたくなかったです」

 本当だよ。この国の貨幣制度はいたってシンプルだ。銅貨、銀貨、金貨、そして白金貨の4つ。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、そして金貨100枚で白金貨1枚だ。つまり白金貨10,000枚ということは……考えたくねぇ。大きな家を建てるのでも確か白金貨10枚程度で済むって話だよな。そして鞘の方に至っては値段がつけられない……

「ちなみに大体人の人生だと三回は生まれ変わっても遊び続けられるくらいだな」
「追い打ちはやめてください」

 それだけの素材を放り込んでいるということか。そしてそれがあくまで二番目って……そんなこと知ったらみんな卒倒しそうなんだけど。

「さて、私の用事はこれで以上だ。他に聞いておきたいことはないか?」
「いえ、今の所は」
「そうか、ま、何か聞きたいことがあればいつでも来なさい……アポも……そうだな君のところの寮の管理人に伝えてくれればいい。私から話しておこう」
「わかりました」

 ここまで譲歩してくれているとかありがたい。それだけ俺に期待してくれているっていうことなのだろう。そうなれば当然、きちんと役目を果たさなければいけない。こうして期待してくれているわけだし。

「話は以上だ……道はわかるか?」
「多分大丈夫です」
「そうか、では、また」
「はい、失礼いたしました」

 一礼して、俺は外に出た。さすがにさっき来た道を忘れることはない。だから俺は迷うことなく寮まで戻ってくることができた。そういえば管理人の人に伝えてくれていたみたいだけど、いったいどんな人なのだろうか。そんなことを思っていると寮の前で掃除をしている人がいた。

「あ、こんにちは」
「こんにちは」

 その人は、見た感じすごい若かった。偏見で申し訳ないし、この人が管理人であるとあたりをつけて思っているわけだけど、違っていたら恥ずかしすぎる。

「君は新入生かな? 私はリシナ・ナスリ。この寮の管理人をしているの」
「あ、エル・ロンドです。新入生です」
「……!」
「えっと?」

 やっぱり管理人であっていたみたいだ。そして気になることに、俺の名前を言った瞬間、少し動揺したような気がした。でも、すぐに普通の表情に戻っていたのでもしかしたら俺の気のせいだったのかもしれない。

「ああ、ごめんね。なんでもないよ。そっかー新入生ね。明日の入学式、頑張ってね」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、俺は自分の部屋に戻っていく。そして、部屋の扉をノックする。

「はーい」
「こんにちは」

 部屋から声がしたので俺は扉を開けて中に入る。ちょっと遠回りになったけれどついに同室の人と会うことができるわけだ。

「えっと、君が僕と同室なんだね」
「ああ、よろしく」

 部屋の中にいたのは……青目金髪のイケメンだった。おい、なんでこんなに惨めな気分を味合わなければいけないんだよ。

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