落ちこぼれの少年が世界を救うまで

歩海

進むべき目標



「そうかい……その可能性は少ないがない、とは言い切れないね」
「だから、俺はどうすればいいのだろうか」


 俺はおばさんに俺が今考えていることを全部説明した。あり得ないが、俺が本物だったらそれでいい。だが、違っていた時、その場合をどうすればいいのかということだ。最悪退学になることも考えられる。しかしおばさんは特に意に返していないようだった。


「別にいいんじゃないかい」
「え?」
「それでいいじゃないか。あんたをエル・セレクシアとして迎えるって話なんだろ? それが嘘か本当かわからないが相手が言っているんだ乗っかりなよ」
「で、でも……」
「グダグダ言わない! あんた自分の目標を忘れたのかい?」
「うっ」


 おばさんは容赦なく言ってくる。俺の目標、それはいたってシンプルだ。『契約獣がいなくたって、肩身の狭い思いをすることなく過ごすことができる世の中に』いつも契約獣がいなくて苛められていた。それが当たり前だと思っていたけれど、それは決して当たり前ではない。契約獣の有無で、もっと言えば良し悪しでその人の人生が決まるだなんて間違っている。


 高校側も別に明言しているわけではないが、契約獣も審査の対象になる。就職活動の時だって結局人々が気にするのはなんだかんだ言っても契約獣だからだ。だから、俺はそんな世の中を変えたいと思っていた。それは自分が契約できない人間だからというのが大きい。人にはみんな生まれてきた理由があるという。ならば僕の理由はなんだろうと考えた時に、それは自分の境遇から世界を変えるようにというものだろうと思った。


「あんたの目標は立派だよ。でも今の自分を振り返ってみてごらんよ。達成できそうかい?」
「それは……」
「これはチャンスだよ。あんたの目標を叶えることができる。学園でうまいこと成績を収めることができたらあんたは手に入れられるだろうよ」
「……」
「ま、決めるのはあんたさ。今日はもう疲れているだろう。今はしっかりお休み」


 そう言い残しておばさんは部屋から出て行った。俺は先ほどのおばさんの言葉を考える。確かにその通りだ。ナルシス学園への推薦状はそれほどまでに俺の目的を達成するために大きい。それに、おばさんは一切言わなかったけれど、みんなの期待とかそういうものもある。みんな自分のことのように喜んでくれていた。その気持ちを裏切るようなことをしてもいいのだろうか。


「でも、今は休むか」


 結局、俺は考えることを放棄してそのまま寝ることにした。1日で色々なことが起こりすぎて疲れていたのだろう。俺はぐっすりと寝ることができた。


ーーーお前には申し訳がないが、その日が近づいてきているぞ


「え?」


 夢を見ていた……そんな気がする。でも、全く覚えていない。誰かに何かを言われたような気がするけど、誰に何を言われたのか全く思い出せない。そんなことを思っていたらドアをノックする音が聞こえてきた。


「誰?」
「お兄様、サクラです。朝ごはんの用意ができたので呼びに来ました」
「ああ、ありがとう」


 いつもサクラが起こしに来てくれているんだよな。いつからかはわからないけれど、それが当たり前になってきている。俺は部屋の中で着替えると、食堂へと向かって行った。


「おや、起きたかい」
「あ、おはようございます」
「おはようございます、お兄様」


 食堂に向かったらもうみんな勢ぞろいしていた。どうやら俺が一番最後だったみたいだ。少しだけ遅れてしまったことに罪悪感を覚えるので素早く席に着く。


「さて、みんな揃ったところで」
「いただきます」


 おばさんの掛け声に従って俺は朝ごはんを食べる。量はそこまで多くはないが、孤児院だしこうして毎日ちゃんと出されているってだけでありがたいことなんだよな。すると、隣に座っていたスリライが俺に話しかけてきた。


「それで、エル。いつ引っ越すの?」
「ん?」
「ナルシス学園に行くんだろ? その準備とか引っ越しとかだよ」
「あー、これから連絡が来るみたいだ」
「そうなのか」


 簡単な説明で納得してくれたみたいだ。でも、本音を言えば俺はまだ悩んでいる。行くべきか断るべきか。いや、8割がた行くことで確定している。でも、もう少しだけ考えておきたい。


「はぁ」
「どうしたのですか? お兄様」
「サクラが気にすることじゃない」
「そうだね……もう部屋に戻っておいで」
「あ、はい」


 おばさんはどうやら俺の悩みをわかっているみたいだった。部屋でしっかりとなやみなさい。そう言ってくれているみたいだった。だから俺は素直にうなづいて部屋に戻った。


「ふぅ……ん?」


 戻ってすぐに部屋をノックする音が聞こえてきた。もしかしてサクラかなと思ったが開けてみたらまさかのおばさんだった。


「え? おばさん?」
「昨日一つ言い忘れていたことがあってね」
「な、なに?」


 言い忘れていたことって何かあったっけ? いや俺が知るはずはないけれど、それでも何も予想がつかない。そしておばさんは一気に言い切る。


「お前が学園に行って、もしダメだった時は、ここに帰ってきな」
「え?」
「そりゃ何年もっていうのは無理があるが、それでもここはあんたの家だ。いくらでも、戻って来ればいいさ」
「う、うん……」
「言いたかったのはそれだけさ。じゃ、一人でしっかりと悩みな。でも急ぎでね」


 そしてまた、昨日と同じようにおばさんは出て行った。でも、一つだけ違う点がある。


「戻ってきても、いいんだ」


 それだけで、その言葉だけでどれだけ救われるだろう。もちろん、おばさんが言っていたようにそれを当てにすることはできないが、俺の目的のため、ここまで言ってくれる家があるのなら、挑戦しないわけがない。俺はもう、吹っ切ることができた。あとはまあ、気になることといえばナルシス学園は全寮制だったと聞くけれど俺がいなくなって……いやそれこそ余計なお世話だな。俺がいなくたってむしろスペースが浮いて万々歳とかそんな感じになるんじゃないか?


「さてと、それじゃあ手紙書くか」


 気持ちも決まったので俺は手紙に内封されていた入学手続きの書類を取り出して必要事項を書き記した。そしてそれをナルシス学園に出した。これからどんな生活が待っているのかわからないが……それでも、与えらえたチャンスをものにして、俺は絶対に自分の目標を叶えてやる。俺みたいなやつが、これから先、ちゃんと生きていけるように。

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