落ちこぼれの少年が世界を救うまで

歩海

プロローグ



「どうか……どうか、お願いします」
「この子が、無事に生きられますように」


 その日は、珍しく月の光が全くない日だった。辺り一面が暗闇に覆われている。都会に行けば家々の明かりでもう少し賑やかなのだろうがあいにくここにはそんな光源は全くない。そんな夜に真剣な表情で祈りを捧げる一組の夫婦がいた。


「ーーーーーーーーーーー」


 しかしそんな暗闇に、突然光が立ち込めた。人間の夫婦の目の前が急に輝き出し、そして、そこには一人の羽が生えた男の姿があった。


「はぁ……はぁ……これで、無事に」
「私たちの命を……捧げます」


 その瞬間に夫婦は希望を見出したかのように明るい表情をする。そんな夫婦を見ながら羽が生えた男はなにも言わなかった。


「どうか私たちの息子を助けてください」
「謎の獣に襲われて……家で苦しんでいるのです」
「ーーーーーー」


 男はその言葉を聞いて目を細めると夫婦の家がある方向にだろう。手を挙げた。次の瞬間にはその手から光が輝いて家の方向に進んでいった。それはまるで祝福のように、どんな災厄を祓う光のごとく突き進んでいった。


「ああ、ありがとうございます」
「よかった……これでよかった……」


 その光を見て、男女は互いに満足げな表情を浮かべるとその場に倒れこんだ。互いに手を繋ぎあいながら、全く動くことがなかった。そして男はそんな夫婦を見て男は表情を変えることなくその場から立ち去ろうとした。


 カタッ


 しかし、突然聞こえてきた物音に動きを止める。音がした方向にはまだ幼い少年が一人いた。


「お父さん、お母さん、どこ?」
「ーーーーーー」


 その少年の言葉を聞いて男はついに表情を崩した。驚愕の表情を浮かべたと言ってもいい。さらに少年は言葉を続ける。


「あの、ぼくのお父さんとお母さんを知りませんか? 具合悪くて寝てて起きたらいなくなっていて……」
「ーーーーーー」


 静かに下の方を指差した。そして少年は下の方に倒れている男女の姿をみると、一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、すぐに恐怖の表情を浮かべた。


「お父さん! お母さん!」


 そしてそのまま倒れている夫婦に近寄っていく。そこで夫婦に触れるが……倒れている男女はまたしても一切動く気配がない。


「どうして! どうして倒れているの?」
「それはお前の父と母か、人間」
「え?」


 初めて、初めて男は少年が聞き取れる言葉を発した。その言葉に驚いた表情を浮かべるが、すぐにしっかしとうなづいた。その間、少年は涙を溜めながらも一切目をそらすことなく、少し睨むように男の方を見ていた。


「私が憎いか? 人間。私が殺したようなものだからな」
「」


 その言葉には首を振っていた。少年もわかっていた。目の前にいるのが人間ではない存在であることがわかっていた。


「けいやくじゅうですか?」
「違う……が、まあ似たようなものだ。だが人間よ。私が憎くないのか?」
「きっと、ぼくのせいだから」


 そしてわかっていた。父と母が倒れているのが目に入った時、いや、目を覚ました時からずっと感じていた。起きた瞬間に今まで感じていた具合の悪さが一切消えてしまっていたから。今まで両親がずっと治療をしてくれていたのに治らなかった、それが治っていたのはこの目の前の存在に頼んだからに他ならないと。


「ぼくをなおすためにあなたをよんで……そしてたおれたのですよね」
「二つ、違う。一つは倒れたのではない、死んだのだ。そしてもう一つ、私は確かに呼ばれたが自分から進んでここにきた」
「?」
「わからないか。人間の子よ。だが悪いな。私にはもう、時間が残されていない……それでもお前を救うことができてよかった」
「?」


 少年は男の言葉がまったくわからずに首をかしげるしかない。ただ、唯一理解することができたのは、時間が残されていないという部分のみ。何故ならば、男の体がゆっくりと輝き始めたからだ。


「どうしたの?」
「私は今から死ぬ……逆らってしまったからどうなるか知らないが、ここで命が尽きる」
「なら、ぼくとけいやくしない?」
「なに?」


 男は聞こえてきた言葉が信じられずに聞き返す。ここでまさか契約をしようだなんて言ってくるだなんて信じられなかった。しかし少年はまったく意に返すことなく、言葉を紡ぐ。


「けいやくしたら生きのびることができるんだよね?」
「事実ではあるが……生憎私はその対象外だ」
「?」
「しかし……そうだな。あの毒を耐えることができたお前なら、世界を救うことができるかもしれん。まだ子供というのは少し不安だが私にも選択肢が残されていない。いいだろう。お前と契約をしてやる」
「ほんと?」


 男の言葉に嬉しそうな表情をする。その表情を見て男は少しだけ悲しそうな表情を浮かべながらも、大切なことを聞く。


「ああ、それで……お前の名前はなんという」
「ぼく? ぼくはエル。エル・セレクシア。おじさんは?」
「おじっ……まあいい。私の名はーーー」


 男は何か呟いたが、また聞き取ることができなかったようで少年は苛立ったような言葉を投げかける。


「聞き取れなかったよー。お父さんとお母さんにしょうかいしたいのに」
「……」


 少年が明るかった理由、それは両親の死について理解していないからに他ならなかった。だからこんなにも明るく振舞うことができていたのだった。


「そうか。じきに理解するだろう。もう二度と会うことはないだろうが……いや、正式に契約を結ぶときにまた、会おう」
「どうしたの?」
「いや、これからを頼む、エル・セレクシア」
「うん、よろしくね!」


 そして少年と男は互いに握手をした…………朝日が昇ったときに、そこには眠っている少年と、死体になっていたその少年の両親と思われる男女の姿だった。

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