《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。
第8-23話「最終決戦 Ⅳ」
ケネスはヴィルザと対峙している。すこし風が強くなってきた。ケネスのかぶっていたトンガリ帽子を風がさらっていった。その帽子をヴィルザが受け止める。そして笑いかけてきた。
「どうしてあの女を助けた? あの女はコゾウの記憶を弄ったヤツじゃ」
「そりゃ弄るだろ。なにせオレは魔神を復活させようとしてたんだから。こうなることを、見越してたってことだろ」
「こうなる?」
「ヴィルザが世界をメチャクチャにすること。オレはヴィルザのことを信用しきってたから、まさかそんなことするとは思わなかったけどな」
こうして話していると、敵、という感じがしない。実際ヴィルザからは敵意を感じられなかった。
「私の魅力にやられておったからな。くひひっ。このロリコンめ」
「誰がロリコンだ。お前もう、1000才は越えてるんだろうが」
くひひっ、とヴィルザは笑っていた。
が――。
不意に真剣な表情になった。
「なにしに来おった?」
「なにって、お前を止めに来たんだ」
「一度は見逃してやった命じゃと言うのに、わざわざ殺されに来たか」
「刺し違えてでも、止めなくちゃならないだろ。それがお前を復活させた、オレの責任だからな」
「良かろう。どれほど強くなったのか、試してやる」
ヴィルザはそう言うと、つかんでいたケネスの帽子を燃やしてしまった。帽子が布きれとなって風に散っていった。
「火系A級基礎魔法《龍の息吹き》」
ケネスの魔法陣からドラゴンをかたどった炎が発生する。ドラゴンはヴィルザのカラダを食いちぎろうとした。
「甘いわッ」
ヴィルザは巨木のような赤黒い腕を伸ばすと、その炎をかき消そうとした。が、ケネスの炎がヴィルザの右腕に燃え移った。
「甘いのはそっちだ。オレの炎は、お前を燃やすぜ」
悪系統の魔法がカラダに宿っていたせいか知らないが、ケネスの魔力はヴィルザの魔力にたいして多少の特効性能を持っていた。菌が体内に入り込んで免疫を作ったような案配だ。
「ほお。面白い」
とヴィルザはおのれの右腕を切り落とした。
「次はこっちから仕掛けさせてもらおうか。悪系基礎魔法《貪欲なる飢餓》」
ヴィルザの発生させた魔法陣から、食欲をもった腕が伸びてくる。かつてケネスが《無名》と名付けていた魔法だ。
「それがオリジナルってわけか。《貪欲な飢餓》ってのは、ヴィルザにピッタリだな」
炎で焼き払ってゆく。
「どういう意味じゃ」
「ハンバーガー食いすぎなんだよ!」
「やかましいわ! 美味いから仕方なかろう!」
火系基礎魔法《火球》で、赤黒い腕を焼き落としてゆく。ケネスの炎は、ただの《火球》でも、ヴィルザの魔法を焼いていく。
「その魔法。はじめて私がコツを教えてやって会得した魔法であったな」
ハーディアル魔術学院で、ロレンスとケンカになったときだ。図書室で本を借りて、ガンバって習得したのだ。
「弟子は師匠を越えるもんだからな」
「言うようになりおって」
「じゃあ、ついでにこれも食らっとけ」
火柱。
ヴィルザの足元から、炎の柱が吹き上がる。ヴィルザはあわててそれを避けていた。
「火球の次に習得した魔法か」
「あの時とは、比べものにならないだろ」
最初は、人の指の細さぐらいしかなかった火柱だが、いまや、人間を丸のみ出来るぐらいの柱になる。
「私を焼く炎とは厄介な……」
「ヴィルザを止めるってのは、オレに打ってつけの役目みたいだからな」
「私がコゾウを殺せんと思うか。甘ったれめ」
地面が割れる。
巨大な穴が開いて、そこから無数の赤黒い腕が伸びてきた。ソルト・ドラグニルを屠ったときにヴィルザが見せた魔法だ。これに捕まったら、地中に引きずり込まれる。炎で焼き払ってゆくが、あまりに数が多い。後方に跳びずさりながら、焼いてゆく。それでも、肩や脚を、腕がかすめてゆく。かするだけで、焼けつくような痛みが走る。
「ほれ、踊れ踊れ。必死のダンスは面白い」
「人の苦しむ姿を見て楽しむのはやめろって、言っただろうが!」
煙草を吹き飛ばした。
煙草が爆発を起こした。ヴィルザは素早く身を引いて、それをかわした。
「そう言えば、あのときビンタされたんであったな。仕返しじゃ」
地中から生えている赤黒い腕がケネスに猛然と襲いかかってくる。その腕の上に乗ってヴィルザがケネスに接近してきた。ヴィルザはケネスの頬を思いきり引っ叩いてきた。キーンと左耳に耳鳴りがする。
「くっ……」
視界が歪んで、左のワキバラを腕にえぐられることになった。
「だいたい約束が違うだろうが! オレの故郷を蘇らせてくれるって話はどうなったんだよ」
「あんなウソに騙されおって」
「火系固有魔法《魔神の劫火》」
ヴィルザとは程遠い、大男の姿が現れる。ケネスが想像した魔神の姿だ。筋骨隆々で頭から角が生えている魔神。それを炎でかたどっている。炎でつくられた魔神がヴィルザの乗っている赤黒い腕の群れを焼き尽くした。
「おわっ」
と、ヴィルザがよろめく。
見逃さなかった。
ヴィルザの腕をつかむ。そのまま地面に叩きつけた。火球でトドメをさそうと思った。が、一瞬の躊躇があった。どうしても躊躇ってしまう。情が、邪魔をする。
「やはり甘いな」
ヴィルザはその隙を見逃さなかった。逆にケネスが地面に叩きつけられることになった。ケネスの首にヴィルザの手がかかる。
「長い付き合いじゃ。せめてこの手でくびり殺してやろう」
小さな手のくせをして、物凄い怪力で首をしめてきた。
「……そ、そっちこそ、泣いてんじゃねェか」
ヴィルザの頬に、涙がつたっているように見えたのだ。
「な、泣いてなどおらんわ! このドアホウ! 泣いてなどおらん!」
「それにしては、オレを殺すのに時間をかけすぎてねェか?」
ヴィルザの腹を蹴り上げた。
おかげで首絞めから脱することができた。
ふたたび距離をとって、相対する。
雨が、降りはじめた。
ヴィルザが微笑む。
「ほれ。雨が降ってきおった。私の頬に雨粒が付いていただけじゃ」
「オレは辛いけどな。魔法を撃つたびに、胸が痛い」
ヴィルザに向かって、火を放つ。そのたびにジクジクと胸が痛む。それでも、止めなくてはならない。
シュネイの村のような惨劇を、世界に広めるわけ にはいかない。
この罪を止める。
それがせめて蘇生させたケネスの責任だ。
「えぇいッ。ウットウシイ。貴様を相手にしていると、胸がモヤモヤする! 次で仕留めてやる」
「ヴィルザ」
「なんじゃ」
「オレを殺せるか?」
そう質問をブツけた。
風がピタリと止んだ。
雨の音だけが静かに響いていた。
「私を誰だと思うておるか! 私は魔神じゃ。魔神ヴィルザハードじゃ。貴様を殺せんわけがなかろうが!」
「でも、泣いてる」
「泣いてないと言っておろうが!」
もう言い訳できないほどに、ヴィルザの頬に涙がつたっていた。髪は雨で濡れて萎れている。それがいっそう情けない姿に見える。
「なぜそこまでして、戦う必要がある。いい加減に反省しろ」
「私を殺そうとしてくるのは、そっちであろうが!」
「ヴィルザが大人しくするなら、オレも手を引く」
「それでも……それでも私は……どうせ、どうせ私は1人になる。それならいっそのこと貴様を殺したほうが良い」
ヴィルザの生んだ魔法陣から、赤紫色の光線のようなものが放たれた。もうケネスに避ける余裕はなかった。
(やっぱり殺せちゃうのか)
しかし、その光線からケネスをかばうように割り込んだ者があった。ガルシア・スプラウドだ。
「これだ、これだ、これだァァァァァ! スバラシイ魔力! なんという絶頂! これが私の求めていた魔法ぉ」
光線が止む。
ガルシアは黒焦げになって倒れ伏していた。
「ガルシアさん!」
ガルシアを気遣おうとしたら、ヴィルザが跳びかかってきた。腹に蹴りが入り込んだ。ヴィルザの右手から、あの巨木のような腕が生えてきた。そして、ケネスのことをつかんだ。ケネスの腕は、その腕力に巻き込まれることはなかった。引きはがそうと試みたが、びくともしない。
「邪魔が入った。殺し損ねたではないか」
ヴィルザの双眸が充血している。
もともと赤い瞳をしているが、白眼の部分に赤い筋がいくつもはいっていた。雨もいよいよ本降りになっていた。
「マジでオレを殺そうとしてるみたいだから、最後に渡したいものがあるんだが」
「なんじゃ」
ケネスの着ていた外套はヴィルザの腕からはみ出していた。その外套のポケットから指輪を取り出した。
「これ。前に一度、帝都で見てただろ。結婚指輪なんだけど」
「い、いつ、こんなものを買った? 私は知らんぞ」
「あのとき、トイレに行くって言って、コッソリ買ったからな。ヴィルザが知らなくてもムリはないよ」
ヴィルザの腕が、あからさまに震えていた。
ケネスを握るチカラも弱まっている。
「そんなに私に惚れておったか。このタワケ」
「当たり前だろ。騙されていたのかもしれない。それでもオレはヴィルザのことを、一生守り抜いていこうって決めたこともあったんだから」
「私は魔神じゃ。守られる必要などない」
「そういう意味じゃないって」
ヴィルザの手が、ケネスを離した。ケネスは地面に倒れ伏した。地面は雨でぐっしょり濡れていた。地面もぬかるんでいる。そのやわらかい土に全身をあずけた。骨にヒビでもいったのかもしれない。カラダの節々が痛かった。仰向けに寝ているケネスをヴィルザが見下ろしてきた。
「私だって、ケネスを殺しとうはない。しかし、私はいずれ1人になる」
「オレはどこにも行かない。それはヴィルザがイチバンよく知ってるだろ」
ヴィルザの手のひらが、ケネスの手にあてがわれる。
雨のしずくがヴィルザの頬をつたって、ケネスの顔に落ちてくる。
「私は魔神じゃ。ケネスは人間じゃろうが。ケネスはやがて死ぬ。ケネスが老いていっても、私はこのまま生き続けることになる。そしたら私は1人になってしまう。どうせ人とのつながりなど持っても、私は1人になってしまう。ケネスも死ぬではないか」
そう言えば、以前に一度、そのような会話をした覚えがある。
ケネスはあまり重要視していなかったけれど、ヴィルザにとっては、大変な問題だったのだろう。
「だからさ」
「なんじゃ」
「子供。生もうぜ。そしたらオレが死んでも、オレとヴィルザの子どもが残る。その子はまた、新しい子を生むだろ。だから、オレと結婚してください」
「なんじゃ、その妙ちくりんなプロポーズは」
雨が降りしきるなかにて、ヴィルザはケネスに左手をさしだした。ケネスはその左手の指に、指輪をはめた。
「どうしてあの女を助けた? あの女はコゾウの記憶を弄ったヤツじゃ」
「そりゃ弄るだろ。なにせオレは魔神を復活させようとしてたんだから。こうなることを、見越してたってことだろ」
「こうなる?」
「ヴィルザが世界をメチャクチャにすること。オレはヴィルザのことを信用しきってたから、まさかそんなことするとは思わなかったけどな」
こうして話していると、敵、という感じがしない。実際ヴィルザからは敵意を感じられなかった。
「私の魅力にやられておったからな。くひひっ。このロリコンめ」
「誰がロリコンだ。お前もう、1000才は越えてるんだろうが」
くひひっ、とヴィルザは笑っていた。
が――。
不意に真剣な表情になった。
「なにしに来おった?」
「なにって、お前を止めに来たんだ」
「一度は見逃してやった命じゃと言うのに、わざわざ殺されに来たか」
「刺し違えてでも、止めなくちゃならないだろ。それがお前を復活させた、オレの責任だからな」
「良かろう。どれほど強くなったのか、試してやる」
ヴィルザはそう言うと、つかんでいたケネスの帽子を燃やしてしまった。帽子が布きれとなって風に散っていった。
「火系A級基礎魔法《龍の息吹き》」
ケネスの魔法陣からドラゴンをかたどった炎が発生する。ドラゴンはヴィルザのカラダを食いちぎろうとした。
「甘いわッ」
ヴィルザは巨木のような赤黒い腕を伸ばすと、その炎をかき消そうとした。が、ケネスの炎がヴィルザの右腕に燃え移った。
「甘いのはそっちだ。オレの炎は、お前を燃やすぜ」
悪系統の魔法がカラダに宿っていたせいか知らないが、ケネスの魔力はヴィルザの魔力にたいして多少の特効性能を持っていた。菌が体内に入り込んで免疫を作ったような案配だ。
「ほお。面白い」
とヴィルザはおのれの右腕を切り落とした。
「次はこっちから仕掛けさせてもらおうか。悪系基礎魔法《貪欲なる飢餓》」
ヴィルザの発生させた魔法陣から、食欲をもった腕が伸びてくる。かつてケネスが《無名》と名付けていた魔法だ。
「それがオリジナルってわけか。《貪欲な飢餓》ってのは、ヴィルザにピッタリだな」
炎で焼き払ってゆく。
「どういう意味じゃ」
「ハンバーガー食いすぎなんだよ!」
「やかましいわ! 美味いから仕方なかろう!」
火系基礎魔法《火球》で、赤黒い腕を焼き落としてゆく。ケネスの炎は、ただの《火球》でも、ヴィルザの魔法を焼いていく。
「その魔法。はじめて私がコツを教えてやって会得した魔法であったな」
ハーディアル魔術学院で、ロレンスとケンカになったときだ。図書室で本を借りて、ガンバって習得したのだ。
「弟子は師匠を越えるもんだからな」
「言うようになりおって」
「じゃあ、ついでにこれも食らっとけ」
火柱。
ヴィルザの足元から、炎の柱が吹き上がる。ヴィルザはあわててそれを避けていた。
「火球の次に習得した魔法か」
「あの時とは、比べものにならないだろ」
最初は、人の指の細さぐらいしかなかった火柱だが、いまや、人間を丸のみ出来るぐらいの柱になる。
「私を焼く炎とは厄介な……」
「ヴィルザを止めるってのは、オレに打ってつけの役目みたいだからな」
「私がコゾウを殺せんと思うか。甘ったれめ」
地面が割れる。
巨大な穴が開いて、そこから無数の赤黒い腕が伸びてきた。ソルト・ドラグニルを屠ったときにヴィルザが見せた魔法だ。これに捕まったら、地中に引きずり込まれる。炎で焼き払ってゆくが、あまりに数が多い。後方に跳びずさりながら、焼いてゆく。それでも、肩や脚を、腕がかすめてゆく。かするだけで、焼けつくような痛みが走る。
「ほれ、踊れ踊れ。必死のダンスは面白い」
「人の苦しむ姿を見て楽しむのはやめろって、言っただろうが!」
煙草を吹き飛ばした。
煙草が爆発を起こした。ヴィルザは素早く身を引いて、それをかわした。
「そう言えば、あのときビンタされたんであったな。仕返しじゃ」
地中から生えている赤黒い腕がケネスに猛然と襲いかかってくる。その腕の上に乗ってヴィルザがケネスに接近してきた。ヴィルザはケネスの頬を思いきり引っ叩いてきた。キーンと左耳に耳鳴りがする。
「くっ……」
視界が歪んで、左のワキバラを腕にえぐられることになった。
「だいたい約束が違うだろうが! オレの故郷を蘇らせてくれるって話はどうなったんだよ」
「あんなウソに騙されおって」
「火系固有魔法《魔神の劫火》」
ヴィルザとは程遠い、大男の姿が現れる。ケネスが想像した魔神の姿だ。筋骨隆々で頭から角が生えている魔神。それを炎でかたどっている。炎でつくられた魔神がヴィルザの乗っている赤黒い腕の群れを焼き尽くした。
「おわっ」
と、ヴィルザがよろめく。
見逃さなかった。
ヴィルザの腕をつかむ。そのまま地面に叩きつけた。火球でトドメをさそうと思った。が、一瞬の躊躇があった。どうしても躊躇ってしまう。情が、邪魔をする。
「やはり甘いな」
ヴィルザはその隙を見逃さなかった。逆にケネスが地面に叩きつけられることになった。ケネスの首にヴィルザの手がかかる。
「長い付き合いじゃ。せめてこの手でくびり殺してやろう」
小さな手のくせをして、物凄い怪力で首をしめてきた。
「……そ、そっちこそ、泣いてんじゃねェか」
ヴィルザの頬に、涙がつたっているように見えたのだ。
「な、泣いてなどおらんわ! このドアホウ! 泣いてなどおらん!」
「それにしては、オレを殺すのに時間をかけすぎてねェか?」
ヴィルザの腹を蹴り上げた。
おかげで首絞めから脱することができた。
ふたたび距離をとって、相対する。
雨が、降りはじめた。
ヴィルザが微笑む。
「ほれ。雨が降ってきおった。私の頬に雨粒が付いていただけじゃ」
「オレは辛いけどな。魔法を撃つたびに、胸が痛い」
ヴィルザに向かって、火を放つ。そのたびにジクジクと胸が痛む。それでも、止めなくてはならない。
シュネイの村のような惨劇を、世界に広めるわけ にはいかない。
この罪を止める。
それがせめて蘇生させたケネスの責任だ。
「えぇいッ。ウットウシイ。貴様を相手にしていると、胸がモヤモヤする! 次で仕留めてやる」
「ヴィルザ」
「なんじゃ」
「オレを殺せるか?」
そう質問をブツけた。
風がピタリと止んだ。
雨の音だけが静かに響いていた。
「私を誰だと思うておるか! 私は魔神じゃ。魔神ヴィルザハードじゃ。貴様を殺せんわけがなかろうが!」
「でも、泣いてる」
「泣いてないと言っておろうが!」
もう言い訳できないほどに、ヴィルザの頬に涙がつたっていた。髪は雨で濡れて萎れている。それがいっそう情けない姿に見える。
「なぜそこまでして、戦う必要がある。いい加減に反省しろ」
「私を殺そうとしてくるのは、そっちであろうが!」
「ヴィルザが大人しくするなら、オレも手を引く」
「それでも……それでも私は……どうせ、どうせ私は1人になる。それならいっそのこと貴様を殺したほうが良い」
ヴィルザの生んだ魔法陣から、赤紫色の光線のようなものが放たれた。もうケネスに避ける余裕はなかった。
(やっぱり殺せちゃうのか)
しかし、その光線からケネスをかばうように割り込んだ者があった。ガルシア・スプラウドだ。
「これだ、これだ、これだァァァァァ! スバラシイ魔力! なんという絶頂! これが私の求めていた魔法ぉ」
光線が止む。
ガルシアは黒焦げになって倒れ伏していた。
「ガルシアさん!」
ガルシアを気遣おうとしたら、ヴィルザが跳びかかってきた。腹に蹴りが入り込んだ。ヴィルザの右手から、あの巨木のような腕が生えてきた。そして、ケネスのことをつかんだ。ケネスの腕は、その腕力に巻き込まれることはなかった。引きはがそうと試みたが、びくともしない。
「邪魔が入った。殺し損ねたではないか」
ヴィルザの双眸が充血している。
もともと赤い瞳をしているが、白眼の部分に赤い筋がいくつもはいっていた。雨もいよいよ本降りになっていた。
「マジでオレを殺そうとしてるみたいだから、最後に渡したいものがあるんだが」
「なんじゃ」
ケネスの着ていた外套はヴィルザの腕からはみ出していた。その外套のポケットから指輪を取り出した。
「これ。前に一度、帝都で見てただろ。結婚指輪なんだけど」
「い、いつ、こんなものを買った? 私は知らんぞ」
「あのとき、トイレに行くって言って、コッソリ買ったからな。ヴィルザが知らなくてもムリはないよ」
ヴィルザの腕が、あからさまに震えていた。
ケネスを握るチカラも弱まっている。
「そんなに私に惚れておったか。このタワケ」
「当たり前だろ。騙されていたのかもしれない。それでもオレはヴィルザのことを、一生守り抜いていこうって決めたこともあったんだから」
「私は魔神じゃ。守られる必要などない」
「そういう意味じゃないって」
ヴィルザの手が、ケネスを離した。ケネスは地面に倒れ伏した。地面は雨でぐっしょり濡れていた。地面もぬかるんでいる。そのやわらかい土に全身をあずけた。骨にヒビでもいったのかもしれない。カラダの節々が痛かった。仰向けに寝ているケネスをヴィルザが見下ろしてきた。
「私だって、ケネスを殺しとうはない。しかし、私はいずれ1人になる」
「オレはどこにも行かない。それはヴィルザがイチバンよく知ってるだろ」
ヴィルザの手のひらが、ケネスの手にあてがわれる。
雨のしずくがヴィルザの頬をつたって、ケネスの顔に落ちてくる。
「私は魔神じゃ。ケネスは人間じゃろうが。ケネスはやがて死ぬ。ケネスが老いていっても、私はこのまま生き続けることになる。そしたら私は1人になってしまう。どうせ人とのつながりなど持っても、私は1人になってしまう。ケネスも死ぬではないか」
そう言えば、以前に一度、そのような会話をした覚えがある。
ケネスはあまり重要視していなかったけれど、ヴィルザにとっては、大変な問題だったのだろう。
「だからさ」
「なんじゃ」
「子供。生もうぜ。そしたらオレが死んでも、オレとヴィルザの子どもが残る。その子はまた、新しい子を生むだろ。だから、オレと結婚してください」
「なんじゃ、その妙ちくりんなプロポーズは」
雨が降りしきるなかにて、ヴィルザはケネスに左手をさしだした。ケネスはその左手の指に、指輪をはめた。
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