《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。

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第7-7話「天使 Ⅱ」

 豊穣の神デデデルに仕えていたという大猿と、ケネスは水辺で対峙していた。



 風がやんでいた。次に吹いたときが、端緒になるだろうとケネスは予感していた。大猿のほうもケネスの出方をうかがうように、大槌を構えたまま動かない。



「魔神ヴィルザハードがなぜ厄介か、教えてやろうコゾウ。あれは見た目が幼き人間の姿をしている。だから、ヘイトが集まらん。可憐な姿をしておるからな。しかし、だからこそ最悪なのだ」



「それも知ってるさ。人を殺すことに快感を覚えてることもな」



 身のフタもない言い方をすれば、ヴィルザはただの快楽殺人者だ。大量殺戮兵器とさえ言えるかもしれない。



「それ知っていても、八角封魔術を解くか?」
「ああ」



「ならば、ワシはそれを全力で止める。魔神が復活してしまっては8大神さまが浮かばれぬ。豊穣の神デデデルさまのためにも」



「オレはすでに『マディシャンの杖』『カヌスのウロコ』『アクロデリアの香水』を破壊してる。それで4つ目だ」



 大猿の表情が険しくなった。



「《神の遺物アーティファクト》をそこまで……」



「デデデルってのは、どんな神様なんだ?」



「ワシの主人だ。非常に温厚な神さまであった。いつも人々のことを気にかけておられた。少しでも実りを多くして、人間たちを豊かに暮らしてもらうことを願っていた。だからこそ、人間を踏みにじるヴィルザハードを許さなかった」



「女性か?」



「人間で言うならば、女性の姿をしておられた。愛の女神アクロデリアさまと豊穣の神デデデルさまは、よく主神ゲリュスさまを取り合いになっておられた」



「取り合い? 8大神は兄弟だって聞いたけど」



「長男のゲリュスさまは、みんなに好かれておったのだ。そして魔神ヴィルザハードのことをもっとも気にかけていたのも、主神ゲリュスさまであった」



「そうか」



 神さまにも、神さまのエピソードがあるのだ。



「ちなみに魔神ヴィルザハードは、末っ子の娘ということになる」



「ああ。たしかに、末っ子っぽい感じはする」
「昔話を聞きに来たわけではないのであろう?」
「もちろん」



 風が、吹いた。
 ケネスにとって追い風だった。
 運が良い。



 ヴィルザが後押ししてくれたような気がした。駆ける。大猿が大槌を振り下ろす。横に跳んでかわす。そこに大猿のコブシが叩き落とされた。ケネスは炎の壁を展開して、コブシを追い払った。



「熱ちぃ」



 怯んでいる大猿に、地獄の劫火ヘル・フレイムを放つ。黒い炎が大猿を包み込んだ。大猿は黒い炎を踏み蹴散らして鎮火させてしまった。



「人の身で、天使に勝てると思うな。コワッパがァ」



 大槌。
 今度は払い振りだ。反応が遅れた。ヤバい。目が合う。大猿は勝利を確信した表情をしていた。叩き潰されるかと思った。しかし、どういうわけか大猿の動きが一瞬、ピタリと止まった。大槌はケネスに触れるか、触れないかのところで止まっていた。おかげで、逃げ出すことが出来た。



「次で決める! 火悪系魔法《ファラリスの雄牛》!」



 魔法陣から、牛をかたどった赤黒い炎が現れる。牛は大きくふくれあがって、大猿を呑み込んだ。



「うおおおおッ。この程度で、オレを燃やせると思うなァ。しかし、何故だァ。何故、それを持っている!」



「は?」



 大猿は全身炎に包まれていた。大槌を捨て去って、ケネスにつかみかかってきた。ハエを叩くかのような、ビンタの猛攻を躱して避けて耐え忍んだ。



「なぜ? なぜだ。どうやって見つけた!」
「何のことを言ってやがる。猿野郎が!」



「そうか! すべて得心がいった。たかが人間ごときが、虚無の世界に落ちた魔神を見つけたのは、そのせいか! しかし、なぜだ!」



 大猿は吠える。



「だから、なんのことを言ってやがる!」



 この暴れ猿を止めるには、《ファラリスの雄牛》よりも、さらにもう一つ上の魔法が必要なようだ。



 あれを、使うしかない。
 出来れば、あまり使いたくないのだが……。



「悪系魔法《無名ノーネーム》」



 ケネスの展開していた魔法陣が赤く染まった。魔法陣の中から、赤黒い蛇のようなものが生えてくる。食欲をもった腕だ。腕の一本一本が、大猿の肉を食いちぎっていく。血が吹き出てくる。大猿の血が、透き通った湖を赤く染め上げていった。



「ギャァァァッ。この魔法は……貴様、すでにヴィルザハードに犯されておるなッ」



「オレは、オレだ。犯されてなどいない」



 食われながら、すこしずつその肉を千切られながら、大猿は吠えてきた。



「良いか。オレの言うことをよく聞け」



 大猿の首が胴体から落ちた。
 生首だけでも、ケネスと同じぐらいの大きさがあるのだが、それがしゃべり続けていた。



「魔神ヴィルザハードは復活しない! もしホントウに……魔神がコゾウを恋人なら、復活などしない。……なぜなら……コゾウには……」



 大猿は、息絶えた。
 何か、言おうとしていたが、聞き取れなかった。



 非常に気になる内容だったが、ケネスも他人を思いやる余裕はなかったのだ。右手が、熱い。焼けるようだ。《可視化》で見たとき、ケネスの右手に異変が生じていた。ヴィルザに与えられた魔力が、ケネスのカラダをむしばんでいる。赤黒い場所が広がっているのだ。



「大丈夫か? ケネス」
 とヴィルザがケネスの背中をナでてくれた。



「ヴィルザ。この右手」



「怒るでないぞ。私もそんなことになるとは思わんかったのだ。どうやら、人間が悪系魔法を使うと、私の魔力に侵蝕されるようじゃ」



「オレのカラダが奪われるってことかよ」



 言うと、ヴィルザは悲しそうな顔をした。



「もう奪おうとは思っておらん。誓ってホントウのことじゃ。しかし、私の魔力がケネスの中に住みついてしもうておる。心配なら、もう悪系魔法は使うでない。それなら侵蝕されることはない」



「……わかった」
「とにかく、水で冷やしてみろ」



 大猿の血で真っ赤に染まっていた湖に、右手を突っ込んだ。焼けるような痛みは徐々に引いていった。

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