《完結》異世界最強の魔神が見えるのはオレだけのようなので、Fランク冒険者だけど魔神のチカラを借りて無双します。

執筆用bot E-021番 

第2-3話「修羅の笑み」

 外に出る。



 6つの月が、夜を照らしていた。ベルジュラックには、月が6つ浮かぶ。5つのときもあれば、4つのときもある。その加減にかんしては、空の都合しだいなので、どういう理屈なのかはよくわからない。春風に吹きとがれた三日月もあれば、まん丸に膨れた満月もあった。



 闇を照らす6つの月下には静穏な光さえあるが、村のあちこちから上がる松明の炎は、不穏に揺らめいていた。ホト村は襲撃にあっていた。王国軍かとチラリと思ったが、どうやらそうではないらしい。



「モンスターじゃな」
 と、ヴィルザは老獪な口をきいた。



 たしかに、モンスターのようだった。村の周囲は耕地になっている。その耕地を荒らされないためか、モンスター避けのためかはわからないが、木造柵が村を囲むように建てられている。



 その木造柵のところで、村人とモンスターが拮抗しているようだった。



「はあ。なんでもこうも、厄介なことに巻き込まれるのかなぁ」
 と、ケネスは吐息を落とした。



 ため息を吐きつつ、ヴィルザのほうをイチベツしたが、ヴィルザは気づかなかったようだ。




「運がないんだろう」
「そうかもしれない」



 こういうときこそ、冒険者の出番だ。ダンジョンと言われるモンスターの巣に潜るのも冒険者の仕事だが、各地の村に襲ってくるモンスターを撃退するのもまた、冒険者の仕事になる。



 さすがに都市に襲ってくるモンスターは、帝国騎士が相手をするが、各地の村までは手が回らない――ということだろう。



 ケネスも村人たちとともに、戦いに加わるべき場面ではある。



 が――。
「落ちつくまで、部屋にこもっていようか」



「なんだ。カッコウがつかんなぁ。冒険者なら颯爽と登場して、モンスターどもを追い返してやれば良かろう」



「だってオレは、Fランクなんだからな。自慢するようなことでもないけど」



 Eランク昇進のクエストに、ゴブリン3匹の討伐というものがある。ゴブリンというと、スライムと同程度の弱小モンスターだが、歯が立たないというのが現状だ。



「なら、私がチカラを貸してやるではないか」



「だって、ヴィルザのチカラを借りたら、メチャクチャになるじゃないか。何が起きるかわからないんだし」



 風貌は可憐な少女であるが、中身はまごうことなく魔神。ひとつ間違えれば、その内に秘めたる凶悪さが、魔法陣を介して顕現することになる。この牧歌的な村が凄惨な地獄と化す可能性もある。



「なッ、私はケネスのためを思って、チカラを貸してやっているのではないか! それを、まるで、檻のなかの虎のように言いおってからに」



 檻の中の虎――。
 言い得て妙だ。たしかに、その通り。そしてその檻のカギを握っているのが、ケネスなのだ。



 もっと言うなら――というより、文字通り、檻の中の魔神である。



 ケネスがヴィルザを思う気持ちは複雑だ。カワイイし頼りになるから、そこそこ信頼はしている。だが、世界征服をしたいとか、人間を虐殺したいとか平気な顔をして言うから、完全に信用してはいけないのだとも心がけている。すくなくとも、迂闊にチカラを使うことだけは、避けなければならないと肝に銘じている。



「きっと他の冒険者たちもいるだろうし」
「来おったぞ」
「え?」



 ヴィルザが指さした方を見ると、ミノタウロスが猛進してくるところだった。牛の顔。雄々しい角が生えている。筋骨隆々の上半身にチキンレッグ。上半身がはちきれんばかりに膨らんでおり、下半身が貧弱でも――むしろ、その巨躯には、鬼気迫る迫力があった。



「ひぇ」
 と、ケネスは腰を抜かした。



 ミノタウロスはCランク相当のモンスターだ。Fランクのケネスなんて、とてもじゃないが太刀打ちできない。



「魔法陣だ。魔法陣を使え」
「わかった」



 手のひらを前にかざして、念を込める。ほの青く発光する魔法陣が展開された。極力使いたくないとはいえ、己の身に危機が迫ると、すぐにこれである。



 我ながら、情けないとは思う。



 これはケネス自身の魔力が貧弱であると同時に、ヴィルザに魔法を使わせないぞという意思の弱さに起因しているのかもしれない。襲われたら、やっぱり、ヴィルザに頼るしかない。



「土系基礎魔法。《岩の手ロック・ハンド》だ。くらっとけ」



 ヴィルザはそう呟いて、グッと笑みを深くした。その笑みは幼子の風体には、あまりに似つかわしくなかった。ゾッとするほど妖艶で、凄みすら感じさせられた。



 ケネスを助けるためというよりも、みずからが魔法を行使できることを喜んでいる――いいや、違う――魔法を使って他者を痛めつけることに、快感をおぼえている。そういう表情に見えて仕方がなかった。そう見えたのは、夜の陰りのせいかもしれないし、月明かりのあたり具合もあるかもしれない。



 猛進してくるミノタウロスの足元に、巨大な岩の手が生えてきた。人間の手を巨大化したような岩だった。その岩が、ミノタウロスを包み込むと、そのまま握りつぶしてしまった。ミノタウロスの肉体は、血の粥みたいにグシャグシャになって広がった。



「物足りん。こんなんでは、ぜんぜん物足りん」



 そう言うヴィルザに怖れを抱いて、ケネスはあわてて魔法陣を仕舞い込んだ。魔法陣が消えたことで、ヴィルザはハッと我にかえったような顔をした。



「ケネス。無事であったか? ケガはしておらんだろうな?」



「守ってくれたから」



「そうじゃ。私を見ることが出来るのはケネスだけなのだからな。ケネスにもしものことがあれば、私はまた独りになってしまう。そのカラダ、何があっても守ってやるからな」



 ヴィルザはふわっと浮かび上がると、愛おしげにケネスの背中から抱きついてきた。2本の白くて丸みを帯びた腕が、ケネスの胴に回される。はたしてこの手は慈愛を帯びているのか。それとも、もっと別の、残虐な何かが帯びられているのだろうか。



「う、うん」



 さっきの凄みに満ちた修羅の笑みは、何かの見間違いだろうと思うことにした。

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