ダークエルフ姉妹と召喚人間
雪女族の魔王
「捕らえた男の子に恋しちゃいましたっ」
尋問、という名目の身元確認を済ませ、謁見用の衣装から比較的ラフな衣装に着替える魔王ニルスは複雑な心境にいた。
(よりによってティアが恋したのが人間だとは・・・)
「こ、こ、こ、恋!?  しかも捕虜に!?  ばっっっかじゃないの!?」
たはは、と頬をほんのり赤く染めるリスティア。完全に恋愛脳だ、年下が好きだとか、リスティアを取られるとかの類の嫉妬とは関係なく魔王ニルスの頭に血が上る。
「たはは〜。じゃないわよ!  分かってるの?  人間族の可能性だってあるかもしれないのよ?  あたしがしてあげた話、忘れちゃったなんて言わせないわよ?」
せっかくの糖分摂取も怒りのせいで、おじゃんになった。それほどまでに、人間族に対する認識は最悪。ニルスの、ニルス達の歴史が目の前の大事な親友を傷つけてしまうことを恐れるほどに。
「もう、そんなに怒らないでよ。もちろん、それを承知の上、いや、一目惚れみたいなものだから承知も何も無いか・・・。とにかくよ!  好きなっちゃったの!  どうしようもないの!」
リスティアの耳は針のように立ち、尻尾は猫がいたなら戯れるぐらいにぶんぶんと勢いよく振っている。これは・・・本気だ。
恋は盲目、とはよく言ったものだ。もはや盲目という日射病でいいんじゃないかとニルスは肩を落とす。
「こうなればその男の子が魔族であることを祈るしかないわね。それで?  ティアはどう思うのよ?」
「十中八九、人間族ね!  魔力、身体能力が脆弱だもの」
「アー・・・」
言葉にならないって本当に起こるのか。魔王として君臨しているものの、恋話なんて全くすることは無いので耐性はゼロに等しい。リスティアは人間族とわかった上でニルスに打ち明けた。ならば本意は最後まで聞くのが親友としての在り方だろう。
「変な声ださないでよ。多分大丈夫、あの子達はみんな真っ直ぐな瞳をしていたわ。まだ何も汚れていない、純白の布の様な心を持っている。話に聞いたような感じじゃないわ。捕らえたのも、ニルスに直にあの子達を見てもらいたかったから。」
「それにしては随分と乱暴だとは思うけれど・・・。うん、わかったわ。頭痛が痛い程度だけれどティアの想いは無下にはしないわ。余が、騎士魔王として見定めてやろうではないか」
「それでこそ、我が王。謁見の間へ参りましょう」
「んはぁ・・・」
着替えを済ませ先に応接間へ入室し、椅子に深々と座り込む。
ティアとあの客人がまだ来ていないということは、ティアの能力、"万華鏡"を明かしているのだろう。
さて、ニルスの雪女族についてだ。この世界で数少ない希少種族である雪女族に男は存在せず、その名の通り全員が女である。雪女族は一定の周期に子を宿し、親の記憶と魔力を子に継がせる。性格といった自我は成長過程で培われるので親の生まれ変わりという訳では無い。記憶と魔力のみが子に託されるのだ。
そして、子が成人すると親は雪となり自然へ還る。それが雪女族である。
ニルスが魔王として君臨しているのは、代々強力な魔力を有する雪女族として生きてきたからである。
そのニルスが人間族に嫌悪感を抱くのは、まだ人間族が存在していた頃に由来する。先代は千年戦争の関係者であり、人間族が行った罪を目撃し、愚かさをその身をもって体感していた。
ニルスが知る、人間の罪とは。
神界器と呼ばれる器。
その材料。
生贄に捧げられた子供達。
千年戦争を終結させるために人間族が取った手段は、同族の人間を神に捧げ、武具へと変えることだった。
そもそも、何故、千年戦争などという争いが産まれたのか。ニルスの先代はその根本的な理由を知らなかったのが一族代々の後悔ともいえる。唯一知り得るのは、人間族が火種を撒き、魔族と神を巻き込み、同族の人間を使って争いを鎮め、滅びた。
なんて馬鹿馬鹿しい。
人間族というのはこうも自分勝手な種族なのかと、記憶を受け継いだ時にニルスは吐き気を催すような嫌悪感を抱いた。
それが騎士魔王であり、雪女族であるニルスが人間族を嫌う理由。
そして、実際に人間族と言葉を交わしたニルス。問答したのは大半がイルザで、人間族とはスミレとのほんの少しのやり取りだった。
ティアが惚れたというグレンをあえて無視したのは、主人のイルザと同族のスミレの心を揺らし、グレンという男の器を測るためだ。
結果的にティアの言う通り、彼女達は害のない、寧ろ知らなさすぎる。純白の布と例えた意味がなんとなくわかった。応接間へ呼び出したのは千年戦争と神界器について知ってもらう必要があるからだ。
肝心のグレンという少年。彼は臆病者だ。それでいて自覚している。故に、恐怖に立ち向かう精神が彼には在った。尋問の最中、魔王としての威圧をかけ、主人を責め、同族の少女を怯えさせた。それでいて尚、屈することなく怯えながらもニルスをひたすらに、ただひたすら真っ直ぐに見つめていた。
「弱い。が、ティアの言う通り強い。これはティアの恋愛を認めざるを得ないわね・・・」
などと、子煩悩な父親の様な独り言を呟く。
「いや、あたし女だけどね?」
独り言で自分にツッコミを入れる。
応接間の扉からノック音。ティアとメイド長が彼女らを連れてきたのだろう。
「構わぬ、入るが良い」
魔王ニルスとして、だらしない体勢を正し、声色を変えて入室を許可した。
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