ダークエルフ姉妹と召喚人間
雪妖狐の憂鬱
北の国ジュデッカ。イルザ一行はその国境付近に居た。
ヴェンデによる"躍進する者"の鍛錬を終え、二組は別れる形でイラエフの森を出た。初めての旅ということもあり、予め教わっていた旅の心得のおかげで約五日程で到着した。道中、魔獣などに遭遇しなかったのはエルザお手製の魔獣避けマントのおかげだ。歩いて初めて見る風景や動植物に初めは感動したものの、徒歩での旅というのは思いの外疲れる。次長距離移動するなら、荷馬車か何かに乗せてもらおうと密かにイルザは思っていた。
「氷の木なんて初めて見たぜ・・・」
「低いとはいえ、山を越えたあたりから急に冷えてきたわね。グレン、まつ毛と鼻水凍ってるわよ」
「へへへ、そんなイルザもまつ毛に雪が積もってるぞ」
「・・・防寒対策はしていても想像を超える寒さね。スミレ、大丈夫?」
「はい、です。恐らく、前にも訪れたおかげか皆さんほど寒さを強く感じないです」
多少なりと寒そうな素振りを見せるも、寒さに耐性のないスミレを除く三人に比べて降り積もる雪の中平然としている。
辺り一体は氷と雪の銀世界。氷の樹海、純白の雪の大地、遠くには巨氷壁、そして灰色の曇天。生物が生きていくにはあまりにも過酷な環境である。
「場所的にはそろそろ村か町があると思うのだけれど、こんな環境で暮らす人達はいるのかしら」
ヴェンデは去り際に世界地図をイルザに渡していた(刀剣、旅の便利グッズも)、方角さえ間違っていなければ辿り着いてもおかしくない頃だ。
北の国ジュデッカは小国である。扇状に広がる国境付近に村及び町が数ヶ所、そして中央に都市がひとつといった具合だ。しかし、巨氷壁と呼ばれる山脈がジュデッカを囲っている。実質城砦国家である。旅の目的地でもある千年戦争の遺跡は都市の更に奥、この国を統べる魔王が管理しているという。
イルザ達は地道に雪を踏み固めながら北へ進んでいく。
「はぁぁぁ、仕事辞めて恋愛したい。でも諜報員は万年人手不足・・・というか私だけ。簡単に辞められないし、出会う男はみーーーんな暗殺対象。我ながら悲しくなるわ・・・」
イルザ一行より国境の東側から、フードを深くかぶり頭部の耳を隠し、白髪に右目の眼帯、白髪と同じ毛並みの尾を持つ獣人族、雪妖狐の女性リグレットの姿があった。幻葬の鐘の集会に参加していた彼女は母国であるジュデッカへ報告を兼ねて帰国の道中だ。
リグレットの身分は北国ジュデッカの騎士魔王、ニルス・グリガリオ直属の諜報員である。平時は王の側近として、世界情勢が不安定な時は諜報員として各国の組織へ潜入する。北国の魔王が最も信頼を寄せる者である。
そんな彼女が今回与えられた任務は、灰色の砂漠に最も近い国、ラ・ヴィレス魔王国と強い繋がりを持つ組織、幻葬の鐘の調査だ。団長(他のメンバーからの呼び名は様々)の招集がかかったことを期に、動向を探ることに成功した。
(詳細はあえて話さなかったのだろうが、神界器の封印が解かれたということが一番の問題だろう。他のメンバーも神界器の回収にあたるだろうし、早急に対策を立てる必要があるな。・・・この件が終わるまで休みはなさそう)
恐らく終わりが見えるのは数年単位だろう。恋愛願望マシマシのリグレットは諦めるしかないかと、嘆息。
もちろん、騎士団にも男性はいる。騎士魔王配下の五人の騎士達、その内男性は三人いるがリグレットの好みではなかった。年下が好みのリグレットは全員年上の騎士達を恋愛対象として見れない。
「ああ、もう、疲れた!  寝たい!  休みたい!」
爆発した不満と欲求は雪景色に吸収された。海と山の往復。短期間で行き来するのはどんなに体力があっても疲労は蓄積する。
(愚痴をこんな所でぶちまけてもしょうがないわよねぇ。私にはある程度の自由があるけれど王は・・・)
騎士魔王とリグレットは幼き日を共に過ごした仲でもある。彼女、王は一族の使命を深く背負っている。そのせいもあり、国政、恋愛、交友関係などに自由はない。彼女の境遇を考えると自由に世界を見て回れるのに愚痴を言ってしまう自分が嫌いになりそうだった。
とぼとぼと歩くリグレット、巨氷壁が徐々に見えてくる。ジュデッカに入国するにはクレバスを通る必要がある。クレバスはいくつか各所存在するが、正しく出口に繋がっているのは片手で数える程しかない。知らないものが適当に侵入してしまうと天然の迷路でそのまま凍死するという、危険な道でもある。
(ん?)
クレバスの迷路が有名のおかげもあり、外交以外でジュデッカに訪れる者は少ない。リグレットの瞳に四名ほどの人影を捉えた。
(あれは・・・ダークエルフ!?  こんな極寒の地になんの用かしら。それと、残りの二人はなにかしら。鬼族・・・にしては角は見たら無いし、耳や尾を隠している訳でもないから獣人族というわけでもない。悪魔族?  それでも外見はどう見ても子供よね・・・。少し様子を見てみるか)
樹氷に身を潜めて巨氷壁の前に佇む四人組の様子を探るリグレットは聴覚と嗅覚を最大限の感覚を意識する。
「近くで見るとすんげぇ絶壁だな。登って中に、は現実的じゃねぇし、どう考えてもクレバスの中を進まなきゃなんねぇよな」
「・・・グレンの言う通り。だけど、どれも出口に繋がっているとは思えない」
「だよなぁ、かといって虱潰しで中に入るのもリスクが高い。そもそもマーキングが足りねぇんだよな」
巨氷壁を目の前に、どうやってジュデッカに入国するかあれこれ議論してみるが、危険を回避してクレバスを進む方法が思いつかない。巨氷壁を回り道で入国する手段も無くはないが、ヴェンデによると巨氷壁をさらに囲む樹氷の森、太陽の見えない雲、磁場の乱れという、遭難直行コースということでオススメはしないとのことだった。
そして。冷気が徐々にイルザ達の体力を奪っていく。
「雪も強くなってきたし、今日のところは適当に中に入って野営をしましょう。もしかしたら外か中から誰かやってくるかもしれないし」
「その方がいいと思うです。グレンさんの唇がさっきから紫色になってきてるです」
言われて気がついたのか、グレンは意味もなく口を擦る。一同はイルザの意見に賛同し適当なクレバスの中に入り休憩をとることにした。
(・・・あの子たち、結構鋭いわね。普通の旅人ではなさそう。盗族、にしては若すぎるし、種族的にもジュデッカに親族がいるという線も薄そう。神界器のこともあるし、放置するのも危険。となれば・・・)
諜報活動で何年も使っている、人の良さそうな旅人という設定顔を作る。帰国した旅人、子供たちだけでは危険だから案内しよう。接触を図る理由はこんなところか。
ハズレのクレバスに入っていった四人を追うようにリグレットは近づいた。
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