ダークエルフ姉妹と召喚人間
森のお茶会
  イルザはキッチンに立っていた。
  第一印象は微妙、どちらかと言うと悪いが。初めて訪れたお客ということで、お茶と作り置きの焼き菓子を準備している。
  「イルザさん、カップはこれでいいです?」
  「ええ、それでいいわよ。人数分あるかしら?」
  「ごー、ろく、なな、はい! あるです」
  スミレもイルザの手伝いのため、食器棚からティーカップを取り出しお盆に並べていく。
  その肝心のお客だが、今は連れてきた本人のグレンと妹のエルザが庭で応対している。どうやらすぐに神界器を見せてくれるらしく、それならそのまま外で話をしよう。ということになった。
  イルザ達の庭は広く、玄関から見て左側に小規模な畑、右側に芝生の遊び場、裏には母の墓がある。
  今や遊び場は鍛錬を行う場所となっており、昔に比べて土が所々剥き出しになったりと荒れている。変わっていないのは、遊び場の奥にあるテーブルぐらいだ。
  昔はよく母と妹でお茶を楽しんでいた思い出の場所。
  カップに注がれるお茶の香りが、母との温もりをセピア色に思い出させる。
  「いい香りがするです」
  「でしょ? 私のお気に入りの茶葉なのよ。蜂蜜を入れると風味が引き立つからスミレも気に入ると思うわ」
  「蜂蜜・・・」
  ゴクリと、子供にとっては魅力的な甘味料である蜂蜜。それをお茶に入れて飲む。なんて素敵な大人の飲み方なのだろうと、スミレはワクワクしていた。
  全てのカップに注ぎ終わり、お盆を持ち上げる。
  「スミレはお茶菓子のお皿を持ってきてもらえるかしら?」
  「はいです!」
  「辺ぴな森を抜けた先には素敵な森のお家があった。・・・っス。いゃあ、まさかお茶を頂けるなんて有難いッスね〜。イルザさんがいい人で良かったっス」
  庭先のテーブル席で上機嫌にアウラが鼻歌を歌う。
  「一触即発、危なかった」
  隣に座っている無機質な話し方をするメイド服を着た少女、コルテは抗議を表すようにヴェンデを見る。
  「そうっスよ〜。殺気というか闘気を剥き出しにして話すのは危ないって前から言ってるっスよ〜」
  上機嫌だったアウラもコルテの指摘に乗っかり、ヴェンデに釘を刺す。
  「闘鬼の癖なんだから仕方ねぇだろ」
  コルテの隣に座るヴェンデは頬杖をつきながら慣れたように言葉を返す。
  三人にとってこのやりとりは旅の定番のようなものになっている。
  「おっさんの第一印象は俺も微妙だったな」
  「ボクが居なかったら話にならないっスからねぇ〜。エルザさん、申し訳なかったっス!」
  「・・・大丈夫。アウラ達は悪い人じゃないって分かったから」
  「そう思って貰えるだけで感謝感激雨大嵐っス〜」
  たはは〜と陽気な笑顔を見せる。
  アウラという人間はとことん明るく良きムードメーカーである。その笑顔の裏には多くの苦労が詰まっている。そんな印象を抱いた。
  「あ、忘れないうちに例のブツを渡しておかないとだめっスね〜」
  「・・・例のブツ?」
  「交換条件のもうひとつっスよ〜。コルテ、よろしく頼むっス」
  森を抜ける交換条件がもうひとつ存在していたことに驚いた。濁した言い方だったので何が出てくるのか、警戒するエルザ。
  コルテは目の前に宙で円を描き、魔法陣を作り出す。その魔法陣に手を入れ、何かを引っ張り出した。
  「・・・っ!」
  酷く鼻をつく生臭さとそれを誤魔化すような様々なハーブの香り。エルザは思わず鼻を押さえた。
  「ホルホル鶏、引渡し」
  「待ってました! しっかし綺麗に処理してあるなぁ」
  コルテが引っ張り出したのは鶏肉二羽だった。基本的に肉は食べないダークエルフにとって、肉の生臭さは強烈だった。
  「コルテ特製スパイス漬けっスよ。こんがり焼くと鶏肉の旨みが脂と一緒に口いっぱい広がって、それはそれは翼を授かる心地になるっス」
  熱く語るアウラと、嬉嬉としてコルテから鶏肉を受け取るグレン。正直なところ、エルザは訳が分からなかった。
  「・・・グレン」
  どういう事なのか、名前を呼んで詰めかける。
  「あ、いや、べ、別に肉に負けた訳じゃないぞ? おまけで貰ったようなもんだ」
  「グレン君も交渉が上手くてっスね〜。肉と情報両方寄越せって迫ってきたんスよ〜」
  「迫ってねぇだろ? というか最初に提示してきたのはアウラの方じゃねぇか」
  なんだそんな事か、と呆れるエルザ。肉の件はともかく、情報を得ようとしただけでも上出来とは思う。
  アウラとヴェンデもそうだが、コルテが先程見せた技は未知のものだった。この三人はエルザの計り知れない強さを秘めていると再確認した。
  「お待たせー・・・って何この臭い」
  カップを載せたお盆を持ってきたイルザは鶏肉の生臭さに顔をしかめる。
  「肉だぜ肉! 今夜は肉パーティーだ」
  「臭うから何かに入れといてくれないかしら、あとこっちに向けないで臭い」
  「お前らってホントに肉が駄目なんだな」
  あからさまに嫌な顔をみせるイルザ。エルザも鼻を押さえっぱなしなので、保管できそうな入れ物を探しに席を立つ。
  「お〜なんだかいい香りがするっスね〜」
  「特製のハーブティーよ、蜂蜜を用意してあるからお好きにどうぞ」
  それぞれにティーカップを手渡す。香りを楽しむアウラ、小さく会釈するコルテ、そして。
  「ああ、その、なんだ、さっきはすまんかった。闘鬼の癖みたいなもんでな。有難く頂くぜ」
  バツが悪そうにイルザからティーカップを受け取るヴェンデ。
  「もう気にしてないわ、私達も警戒しすぎてたのもあるし・・・」
  「ところで、お前さん。」
  話を途中で切られた。アウラが一瞬慌てた表情を見せた。
  「俺と一戦交えないか?」
  「は?」
  アウラがあちゃー、と嘆くような声が聞こえた
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