ダークエルフ姉妹と召喚人間
孤独な変態紳士
スミレ曰く第一研究所と呼ばれるボロボロになった館で、イルザ一行はエルザが目を覚ますまでの間、この次をどうするか話し合っていた。
「俺は、選択肢は一つしかないと思っている。奴を追いかけて殺す。こっちの住処がバレてんだ、放っておくのはよくねぇと思う」
「それはそうだけども・・・」
殺す。それはスミレの主を殺すということ。
「ね、ねぇ。もし、もしよ? 神界器の持ち主が死んだとして、残された人間はどうなるの?」
大きな疑念を問いかける。紋章で繋がっている魔族と人間、その主が死を迎えたら従者はどうなるのか? 下手を打つとスミレも死んでしまうかもしれない。イルザはそれが心配だった。
「それは俺にはわからねぇ。共倒れになるのか、人間界に戻されるのか、はたまたそのまま魔界に残されるのかの三択だと思うぜ」
「ブランを殺すということは、スミレが・・・」
そして、一応ふたりは主従関係でもある。その主を殺すということに対して、スミレの心情も心配である。
いつもは凛とした表情のイルザだが、珍しく弱々しい表情でスミレの様子を伺った。
それに気がついたスミレは意を決し、自身の思いを告げる。
「私は・・・主様を・・・。殺します・・・です。憎い気持はもちろんあるです。心を封じて、やりたくもない殺しをさせられたです。だけど・・・」
歯を食いしばり、憎しみに震えていた少女の表情に憂いをみせた。
「それと同時に、解放してあげたいのです。しばらく傍についていて気がついたのです。彼は、主様は愛情に固執するあまり、孤独になっているのです。きっと、今の主様に手を差し伸べても、自分の心にも鍵をかけて自ら離れていくです。“隷属の鍵”。それがあの能力の本質だと思うです」
「愛情に固執? とてもそんな風には見えなかったけども」
イルザが受けた印象は狂った科学者、そしてインキュバスらしい変態紳士。変態発言が多かったものの、そこには愛に飢えているなど微塵にも感じられなかった。
しかし、魔族固有の能力の昇華となれば話は別である。
淫魔の魅了やホルグの様な猛禽魔族の風を操る力など、魔族には種族ごとに固有の能力を持っている。
だが、ごく稀に強い意志や欲望を持った者の中に固有の能力を昇華させ、独自の力を扱う魔族が現れる。その能力を有する者を“躍進する者”と呼ぶ。
「主様は躍進する者です。予測ですが、主様の“隷属の鍵”は愛したい者、愛されたい者を傍に永久に置いておきたいという欲や願望が魅了として具現化したものだと思いますです」
「なんか・・・寂しいつーっか、虚しい能力・・・だな」
ため息交じりにグレンは自然と思ったことを口にした。
「はいです。とても、寂しくて、悲しい能力です。決して向けることも向けられることのない心、臆病で閉鎖的。きっと魔王となっても本質的な部分は変わらず、今と同じように苦しみ続けると思うです。だから、そんな苦しみの輪廻から解放するために私は・・・主様を殺すです」
ブランと共に滅んでいく運命だろうとそれで構わない。スミレはそう決意していた。魔界に召喚されてからの日々は決して幸せなものではなかった。しかし、スミレの純粋ともいえる優しさが、ブランを完全に憎むことを阻んでいた。
「覚悟を・・・しているのね。・・・わかったわ、私も覚悟を決める。あいつを止める自信はないけども、やれるとこまでやってやるわ!」
自分よりも年下の少女が決死の覚悟を決めたのだ。年長者がいつまでも、うじうじしていられない。イルザは普段通りの凛とした表情に戻った。
「・・・皆」
エルザが目を覚ました。疲弊しきった声と同時にエルザの腹の虫が研究所内を響かせた。
「寝起きからさっそく食い意地かよ・・・」
「・・・魔力切れのせい。仕方がない」
やれやれとグレンは携帯用に乾燥させたオグリの実を手渡した。
「とりあえず今はこれで我慢し・・・」
グレンが言い切る前にエルザは口の中にオグリの実を放り込んでいた。おいしいと伝えたいのか、親指を立てている。
「あー・・・まあいっか。とりあえずエルザが動けるようになったら行動を起こすぞ。スミレ、ブランの居場所は?」
男として格好付けたかったが、半分諦めた。
「主様は・・・ここから一キロ東にある第二研究所にいるです。あそこは主様の隷属化した魔獣や魔族がたくさんいるです」
「あいつ、私たちの森に二つも研究所を建てていたなんて驚きだわ。」
「この土地は多種多様な魔獣が住んでいるので実験に最適なのです」
「実験ね・・・またロクでもない魔獣が出てくるかもしれないから、今度は分断されないように気を付けましょう」
「ああ、道中は任せろ、今度は警戒を怠らないぜ」
グレンもまた、次こそは守り抜くと覚悟を決めていたのであった。
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