ショートショート集
舐める電池
「アイスキャンディはいかがですかー!」
夏真っ盛りのうだるような暑さの中、大公園の広場に、アイスキャンディ売りの声が響く。
今日は朝から昼過ぎまでずっと、街の清掃ボランティアをしていたもんだから、汗だくだった。
会社の休みに合わせて、たまには人の役に立つことをと思い立ち、もう若くない体に鞭打って、街中のゴミを片っ端から拾い集めた。
その甲斐あってか、街は明るさを取り戻したかのように、輝いて見えた。
達成感はあったものの、少しばかり無茶しすぎたようだ。
ずっと前のめりに作業していたせいで、腰も痛む。
喉もカラカラだった。
家から持ってきていた水筒の中身もすでに空で、ちょうど喉の渇きを潤せるものを探していたことだし、たまにはアイスキャンディもいいかもしれない。
そう思い立って、アイスキャンディ売りのカートをのぞいてみることにした。
「いらっしゃい!」
カートに近づくと、元気な声で店主が出迎えてくれた。
僕はチラリとカートの冷凍庫を確認する。
好みの味があるかどうかを知りたかったからだ。
しかし、カートの冷凍庫の蓋は霜がビッシリと生えていて、外側からは中のものがよく見えなかった。
それでも、その真っ白なガラス蓋からは、カチカチに凍らされたアイスキャンディが想像できて、見た目に涼しげで購買意欲がそそられた。
「毎日、暑いね。こう暑いと伸びてしまいそうだよ」
僕は店主に挨拶代わりの言葉をかける。
「ホントですねぇ」
店主は、僕の言葉に相づちを打ちながらも、とても本心からそう思っているようには見えないほど、涼しげな顔で答えた。
「でも、なんだか、君はこの炎天下の下で、ずっと商売しているとは思えないほど元気だね」
思ったことをそのまま口にすると、店主は満面の笑みを浮かべた。
「おっ! 嬉しいこと言ってくれますね、お客さん。実は、ここだけの秘密なんですけど、毎日、うちのアイスキャンディを食べてるからなんですよ」
「えっ? 自分のところの商品を自分で食べてるのかい?」
いささか予想外だったので、思わず聞き返してしまった。
しかし、店主はあっけらかんとした調子でこう続ける。
「そうなんですよ。だから、お客さんもうちのアイスキャンディを食べたら、みるみるうちに元気になりますよ」
「ははっ、なるほど。そういうことか。なかなか商売上手だね」
「ありがとございます」
「じゃあ、さっそく、その元気がでるアイスキャンディとやらを見せてもらおうかな」
「ええ、どうぞどうぞ!」
店主は嬉しそうな顔をしながら、カートの冷凍庫の蓋を開けた。
「なんだ、これは!?」
冷凍庫の中身を見た瞬間、僕は驚きのあまり目を丸くした。
冷凍庫の中にあったのは、色とりどりのアイスキャンディではなく、様々な種類の電池だった。
「アイスキャンディなんか、ひとつもないじゃないか!」
どういうことかと店主に詰め寄ると、店主は信じられないようなことを語り出した。
「いえいえ、これはれっきとしたアイスキャンディですよ。嘘だと思うなら、おひとつ試しに舐めてみて下さい」
店主は冷凍庫の中から適当な電池を取り出すと、慣れた手つきで透明なパッケージを開け、中身を半信半疑の僕の手に乗せた。
「さあ、どうぞ! キンキンに冷えていて、甘くて美味しいですよ」
僕は手の平の上で転がっている電池に視線を落とした。
どうやら、単四電池のようだった。
さきほどまで冷凍庫でキンキンに凍らされていたため、電池は白い冷気をゆらゆらと纏っている。
実際、氷のような冷たさだった。
恐る恐る、舌を近づけてみる。
ヒンヤリとした冷気が鼻先に触れた。
ペロリ、と電池の表面を舐めた瞬間、体に電流が走った気がした。
「うわっ!?」
慌てて体を仰け反らせる。
店主の方を見ると、店主は笑っていた。
「どうです? 甘かったでしょ? なんだか元気がでてきたような気がしませんか?」
脳天気そうな口調に、なんだか腹が立ってきた。
「なにを言っているんだ! 甘いかどうかなんて感じる暇もなく、ビリッときたぞ! 危うく感電しそうになったじゃないか」
怒りのあまりに文句を言ったが、店主は涼しい顔でさらに驚くことを口にした。
「まさか、感電なんてしやしませんよ。電流が走ったように感じられたのは、お客さんが電池を舐めることによって、充電されたからです」
「充電!?」
「ええ、そうです。この電池型のアイスキャンディは、舐めた人に電気じゃなく『元気』を充電する、画期的な商品なんです」
店主が自信満々で続ける話の内容に、僕はポカンとしてしまった。
「まさか、そんな……」
「大丈夫、最後まで舐めてみればわかりますよ」
僕は手にしている電池を、しばらくしげしげと眺めた後に、覚悟を決めて口に放り込んでみた。
やはり、最初はビリッときたものの、身構えていたせいか、前ほどの驚きや、不快感はなかった。
ヒンヤリとしていて、甘く、ときおり思い出したかのようにビリッとする。
「うむ、これは……」
しばらく舌の上で転がしているうちに、最初は不快だったビリッとした刺激が、なんだか心地良く感じられてきた。
「ううむ」
ほどなくすると、思わずうなり声が漏れてしまうほどの心地良さが襲ってきた。
とろけるような甘さと、火照った体全体が冷やされていく感覚、脳がリフレッシュされていくようなピリピリ、ビリビリとした電気刺激の快感。
舐め終わる頃には、すっかり元気を取り戻していた。
猫背気味だった背中もシャンとなり、体中がエネルギーで満ちあふれているようだった。
「すごい! 青年時代に戻ったかのようだ!」
ガッツポーズをしながら、喜びを店主に伝えると、店主も我がことのように喜んでくれた。
「そうでしょう、そうでしょう! 今のは単四電池で、充電されるエネルギー量は少なめだったんですが、どうやらお客さんにとっては効果抜群だったみたいですね」
「これでエネルギー量が少なめなのか!?」
なんてすごいんだろう。
僕は素直に感心してしまった。
確かに、僕が舐めたのは単四電池で、ここにある中では1番小さなやつだった。
そうだとすると、もっと大きなもの、例えば、単一電池とかを舐めたら、いったいどうなってしまうのか?
がぜん興味が湧いてきた。
「なんだか全種類舐めてみたくなったよ。単一電池と、単二電池、単三電池をひとつずつもらおうかな」
「はい! 毎度あり!」
店主がにこやかに、袋に入れた商品を手渡そうとして、ふと、僕の口元に目をやった。
「あれ、お客さん、ちょっと舌を出して見せてくれませんか?」
「ええっ!? こ、ここでかい?」
唐突な申し出にどぎまぎする僕に構うことなく、店主はレジ台の上に置いてあったらしい手鏡を持ち上げて、僕の顔を映した。
「ん?」
僕は自分の唇に、なにやら違和感を覚えて、鏡を覗き込む。
「赤く、光っている?」
間違いない。僕の唇はボンヤリと赤い光を放っていた。
「はい、舌も出して映してみて下さい」
店主に言われるまま、僕は急いで舌を出し、鏡に映る自分の舌を確認する。
「こっ、これは!?」
驚くことに、舌全体が暖かな黄色味を帯びた、電球のような光を発していた。
さらに、舌の真ん中には、なにやらくっきりと緑色の文字が浮かび上がり、ピカピカと点滅している。
その文字を確認した店主が、威勢良く、こう叫んだ。
「おめでとうございます! 当たりました! お好きなのを、もう1本どうぞ!」
夏真っ盛りのうだるような暑さの中、大公園の広場に、アイスキャンディ売りの声が響く。
今日は朝から昼過ぎまでずっと、街の清掃ボランティアをしていたもんだから、汗だくだった。
会社の休みに合わせて、たまには人の役に立つことをと思い立ち、もう若くない体に鞭打って、街中のゴミを片っ端から拾い集めた。
その甲斐あってか、街は明るさを取り戻したかのように、輝いて見えた。
達成感はあったものの、少しばかり無茶しすぎたようだ。
ずっと前のめりに作業していたせいで、腰も痛む。
喉もカラカラだった。
家から持ってきていた水筒の中身もすでに空で、ちょうど喉の渇きを潤せるものを探していたことだし、たまにはアイスキャンディもいいかもしれない。
そう思い立って、アイスキャンディ売りのカートをのぞいてみることにした。
「いらっしゃい!」
カートに近づくと、元気な声で店主が出迎えてくれた。
僕はチラリとカートの冷凍庫を確認する。
好みの味があるかどうかを知りたかったからだ。
しかし、カートの冷凍庫の蓋は霜がビッシリと生えていて、外側からは中のものがよく見えなかった。
それでも、その真っ白なガラス蓋からは、カチカチに凍らされたアイスキャンディが想像できて、見た目に涼しげで購買意欲がそそられた。
「毎日、暑いね。こう暑いと伸びてしまいそうだよ」
僕は店主に挨拶代わりの言葉をかける。
「ホントですねぇ」
店主は、僕の言葉に相づちを打ちながらも、とても本心からそう思っているようには見えないほど、涼しげな顔で答えた。
「でも、なんだか、君はこの炎天下の下で、ずっと商売しているとは思えないほど元気だね」
思ったことをそのまま口にすると、店主は満面の笑みを浮かべた。
「おっ! 嬉しいこと言ってくれますね、お客さん。実は、ここだけの秘密なんですけど、毎日、うちのアイスキャンディを食べてるからなんですよ」
「えっ? 自分のところの商品を自分で食べてるのかい?」
いささか予想外だったので、思わず聞き返してしまった。
しかし、店主はあっけらかんとした調子でこう続ける。
「そうなんですよ。だから、お客さんもうちのアイスキャンディを食べたら、みるみるうちに元気になりますよ」
「ははっ、なるほど。そういうことか。なかなか商売上手だね」
「ありがとございます」
「じゃあ、さっそく、その元気がでるアイスキャンディとやらを見せてもらおうかな」
「ええ、どうぞどうぞ!」
店主は嬉しそうな顔をしながら、カートの冷凍庫の蓋を開けた。
「なんだ、これは!?」
冷凍庫の中身を見た瞬間、僕は驚きのあまり目を丸くした。
冷凍庫の中にあったのは、色とりどりのアイスキャンディではなく、様々な種類の電池だった。
「アイスキャンディなんか、ひとつもないじゃないか!」
どういうことかと店主に詰め寄ると、店主は信じられないようなことを語り出した。
「いえいえ、これはれっきとしたアイスキャンディですよ。嘘だと思うなら、おひとつ試しに舐めてみて下さい」
店主は冷凍庫の中から適当な電池を取り出すと、慣れた手つきで透明なパッケージを開け、中身を半信半疑の僕の手に乗せた。
「さあ、どうぞ! キンキンに冷えていて、甘くて美味しいですよ」
僕は手の平の上で転がっている電池に視線を落とした。
どうやら、単四電池のようだった。
さきほどまで冷凍庫でキンキンに凍らされていたため、電池は白い冷気をゆらゆらと纏っている。
実際、氷のような冷たさだった。
恐る恐る、舌を近づけてみる。
ヒンヤリとした冷気が鼻先に触れた。
ペロリ、と電池の表面を舐めた瞬間、体に電流が走った気がした。
「うわっ!?」
慌てて体を仰け反らせる。
店主の方を見ると、店主は笑っていた。
「どうです? 甘かったでしょ? なんだか元気がでてきたような気がしませんか?」
脳天気そうな口調に、なんだか腹が立ってきた。
「なにを言っているんだ! 甘いかどうかなんて感じる暇もなく、ビリッときたぞ! 危うく感電しそうになったじゃないか」
怒りのあまりに文句を言ったが、店主は涼しい顔でさらに驚くことを口にした。
「まさか、感電なんてしやしませんよ。電流が走ったように感じられたのは、お客さんが電池を舐めることによって、充電されたからです」
「充電!?」
「ええ、そうです。この電池型のアイスキャンディは、舐めた人に電気じゃなく『元気』を充電する、画期的な商品なんです」
店主が自信満々で続ける話の内容に、僕はポカンとしてしまった。
「まさか、そんな……」
「大丈夫、最後まで舐めてみればわかりますよ」
僕は手にしている電池を、しばらくしげしげと眺めた後に、覚悟を決めて口に放り込んでみた。
やはり、最初はビリッときたものの、身構えていたせいか、前ほどの驚きや、不快感はなかった。
ヒンヤリとしていて、甘く、ときおり思い出したかのようにビリッとする。
「うむ、これは……」
しばらく舌の上で転がしているうちに、最初は不快だったビリッとした刺激が、なんだか心地良く感じられてきた。
「ううむ」
ほどなくすると、思わずうなり声が漏れてしまうほどの心地良さが襲ってきた。
とろけるような甘さと、火照った体全体が冷やされていく感覚、脳がリフレッシュされていくようなピリピリ、ビリビリとした電気刺激の快感。
舐め終わる頃には、すっかり元気を取り戻していた。
猫背気味だった背中もシャンとなり、体中がエネルギーで満ちあふれているようだった。
「すごい! 青年時代に戻ったかのようだ!」
ガッツポーズをしながら、喜びを店主に伝えると、店主も我がことのように喜んでくれた。
「そうでしょう、そうでしょう! 今のは単四電池で、充電されるエネルギー量は少なめだったんですが、どうやらお客さんにとっては効果抜群だったみたいですね」
「これでエネルギー量が少なめなのか!?」
なんてすごいんだろう。
僕は素直に感心してしまった。
確かに、僕が舐めたのは単四電池で、ここにある中では1番小さなやつだった。
そうだとすると、もっと大きなもの、例えば、単一電池とかを舐めたら、いったいどうなってしまうのか?
がぜん興味が湧いてきた。
「なんだか全種類舐めてみたくなったよ。単一電池と、単二電池、単三電池をひとつずつもらおうかな」
「はい! 毎度あり!」
店主がにこやかに、袋に入れた商品を手渡そうとして、ふと、僕の口元に目をやった。
「あれ、お客さん、ちょっと舌を出して見せてくれませんか?」
「ええっ!? こ、ここでかい?」
唐突な申し出にどぎまぎする僕に構うことなく、店主はレジ台の上に置いてあったらしい手鏡を持ち上げて、僕の顔を映した。
「ん?」
僕は自分の唇に、なにやら違和感を覚えて、鏡を覗き込む。
「赤く、光っている?」
間違いない。僕の唇はボンヤリと赤い光を放っていた。
「はい、舌も出して映してみて下さい」
店主に言われるまま、僕は急いで舌を出し、鏡に映る自分の舌を確認する。
「こっ、これは!?」
驚くことに、舌全体が暖かな黄色味を帯びた、電球のような光を発していた。
さらに、舌の真ん中には、なにやらくっきりと緑色の文字が浮かび上がり、ピカピカと点滅している。
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