魔術学院最下位の俺が最強スキル絶対真眼を手に入れちゃいました。~必ず首席で卒業してみせる~
第19話 暗い倉庫
「よし。サラスティーナさんに休む事も伝えたし、明日の準備も終わったな」
俺は荷物を詰めたリュックをリビングの隅に置いて、イスに座った。
「お兄様、少し休んではどうですか」
そう言ってカレンは紅茶の入ったティーカップをテーブルの上に置く。
「ありがとう」
俺は感謝して、ティーカップを口に運ぶ。
それを見て、カレンも俺の横に座って休み始めた。
……ふぅ。
さ、これからが正念場だ。
気合を入れないとな。
「……不安ですか?」
「うん、正直怖いよ。兄としては情けないね、はは」
これから何が起こるのか、不安で不安でしょうがない。
今は頑張って勇気を奮い立たせているが、この程度の勇気なんて、ちょっとした拍子に消えて行ってしまうだろう。
「そんな事ありませんよお兄様」
――ぎゅっ。
と俺の頭はカレンに優しく抱き締められた。
「カレン……」
「お兄様が頑張っていらっしゃるのは、私が誰よりも分かっています」
「……ありがとう」
俺はカレンの柔らかい胸の中で静かに目を閉じる。
そして何度も思い出すのは、諦めずに戦ってきた自分。
まぶたの裏に焼き付けるのは、守りたい大切な人達。
俺は確固たる決意を胸に再び目を開いた。
「そろそろ時間だし、行こうかカレン」
「はい」
その言葉を皮切りに、俺とカレンはおもむろに席を立ち上がる。
更に制服を整え、杖を腰に収める。
そして準備を終えた俺達は玄関を開き、静かに夜道を歩き始めた。
既に時刻は10時前。
当然街並みは暗いし、人もほとんどいない。
その静寂さには、世界がカレンと俺の二人きりだけになってしまったかのようにさえ感じさせてくれる。
そんな中、石畳を踏みレンガ造りの建物を抜け、目的の場所へと向かう。
するとその場所にはすぐについた。
「……ここか」
目の前に建つのは大きな倉庫。
ここがトロネコ通り25-5の三番倉庫だ。
「本当に人がいませんね」
横を見ても後ろを見ても、周囲は全て倉庫。
時間が時間だから、こんな場所に人がいるはずが無いし、実際周りを見ても人気すら感じられない。
……でも、この倉庫の中にはいるんだよな。
「カレン、準備はいい?」
「いつでも構いませんよ」
「なら、開けるね」
俺は倉庫の巨大な正面扉の横にある、小さな扉のドアノブに手をかけそっと開いた。
中も暗い。
多少ある月明かりのおかげで入り口近くはぎりぎり見えるが、奥なんかは正真正銘の暗闇だ。
しかし少し見える範囲だけでも、この倉庫にはたくさんの物が、規則正しく置かれているのが分かる。
タンスやベッド、机に布団、その他にも大量の筆記具やランプ等。
ここは廃棄物を収集している倉庫なのかもしれない。
この状況を見ただけで人がいるなんて到底思えないし、始め俺は待ち合わせ場所を間違えたかとも思った。
しかし――
「来てくれたのか! 助けてくれ、ここだ!」
奥の方から男の声が聞こえてきた。
「待っていてくれ、今そっちに向かう!」
俺とカレンはその声を聞き、すぐに声の主のもとへと駆け寄った。
そして男の顔を見た瞬間、俺は多少の驚きを受けた。
「お、お前はッ!」
そこに座り込んでいたのは、背の低めな小太りの男性。
おかっぱにした黒髪に、太っているせいで丸くなった顔。
逃げないようにするためか、両足をロープで結ばれている。
当然、この男の事は知っている。
初めて会ったのは昨日の夜。
こいつは俺の家の前に立っていた。
そして二度目は今日の朝。
楽し気に会話する俺達を何故か見つめていた。
俺がこいつに抱いている印象は最悪に近いが、現在彼は足をロープで結ばれている。
明らかに被害者だ。
しかもその原因が俺とカレンときた。
好きじゃないからといって、助けない道理は無いだろう。
「早く、ロープを解いてくれよ!」
「あぁ、わかってる」
俺はおかっぱの男に催促されて彼の足のロープを解き始める。
「二人が来てくれて、本当に助かったよ!」
「いや、俺達のせいでこんな目に会ったんだ、本当にすまない」
俺は彼のロープを解きながらも謝った。
「気にするな、来てくれて俺は本当に嬉しいんだ!」
俺達の事を責めないなんて、存外良い奴なのかもな。
……今まで疑って悪かったな。
「それより、呼び出した張本人はどこにいるのでしょうか?」
カレンは周囲を見回しながらそう言った。
カレンが疑問に思うのももっともだ。
この場で眼に入るのは、呼び出された俺とカレンと、連れ去られたこの男の三人だけ。
そう、何故か呼び出した張本人がいない。
もしかしたら暗闇に隠れているかもしれないし、隣の倉庫とかにあるのかも知れないが、明らかに違和感を感じる。
「確かになカレン。お前は何か知っているんじゃないのか?」
「し、知らねぇよ! 俺も急にここに連れてこられたんだ! それより早くこのロープを解いてくれよ」
「あ、あぁ。すまない」
俺が集中して解き始めると、ロープは思いのほか簡単に男の足から外れた。
もっと苦戦すると思ったが、どうやらそれ程きつくは結ばれてはいないようだった。
「よし。これでいいだろ。早くここから逃げるとしよう」
「そうですね。疑問は残りますが、雲行きが怪しくなる前に逃げるとしましょう」
俺とカレンは倉庫のドアに向けて注意深く歩き始める。
その際に俺達二人はおかっぱの男に背を向けた。
いや、向けてしまった――
「『覚めぬ夢(エバードリーム)』」
背後で声がした。
それと同時に背後から薄紫色の煙が広がってきた。
俺は振り返ろうとするが、
「どうし……った!」
何故か足に力が入らず、その場に倒れ込んだ。
……何が、何が起きている?
急に俺の足の力がなくなった。
昨日の筋肉痛のせいじゃないはずだ。
なぜなら、
「……お兄さま」
気付けばカレンも倉庫の床に倒れ込んでいる。
「これ、は……?」
「ハハハハ! こんな見え透いた罠に引っかるなんて、やっぱりカレンちゃんはお人好しだな。二人を呼び出したのは俺だし、さっきのも捕まったふりをしていただけだ。そう、全て俺の自演さ、ハハハハ!」
おかっぱの男の高い笑い声。
どうやら俺達は……はめられたようだ。
「ど、うしてだ……」
俺は重いまぶたを必死にこじ開けながら、男に問う。
「あ!? お前が邪魔だからだよ!」
「ぐっ!」
痛い。
腹に蹴りを入れられた。
「カレンちゃんは俺のものだ! なのに兄だか何だか知らないが、あんなに楽しそうにしやがってよ!」
「がっ!」
「カレンちゃんは俺のものだ! 俺のものなんだよ!!」
何度も蹴られる俺の腹。
しかし、もう既に痛みより睡魔の方が強い。
「ふぅ……だがこれでお前も終わりだ。長時間眠らせるのは無理だが、俺のスキルに抵抗はできないからな」
俺のまぶたは意志に反して、完全に閉じた。
何度も蹴られた俺でさえ睡魔に抵抗できないのだ。
カレンは既に眠りについただろう。
「せいぜい夢を楽しめよ、起きたら地獄が待ってるからな――」
その言葉が耳に入ったのを最後に、俺の意識は深い眠りについた。
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