魔術学院最下位の俺が最強スキル絶対真眼を手に入れちゃいました。~必ず首席で卒業してみせる~

一条おかゆ

第5話 その夜、俺の夢


「――それで、カインって奴を倒して、逃げるように帰ったんですよ」
「やるわねぇ」
「でも仕方ないとはいえ、そのオリヴィアって子が今まで以上に目を付けられたら嫌だなぁ、って思うんです」
「ふぅ~ん」

 いつもよりかなり時間が押していた事もあって、ご飯を食べたらすぐにバイト先へと来た。
 店にいる客は少ないので、俺が食器を洗ってる間、サラスティーナさんには相談に乗ってもらっていた。

「やっぱり、俺鍛えたほうがいいんですかね……」
「アベル君がぁ、これからもその娘を守り続けるっていうなら、鍛えたほうがいいんじゃない?」
「……なら、鍛えます」

 これからもカインは関わってくるだろう。
 俺が原因なら俺が守る、当たり前のことだ。
 その為なら……あんまり気は乗らないけど少しは努力しないと。

「あらぁ~かっこいいのねぇ~」
「ちょ、ちょっと!」

 サラスティーナさんが身体を近づけてくる。
 黒い服から開かれた豊満な胸や、切れ目からすらりと伸びた足は身体に触れそうだ。
 その細めた双眼や、ぷるっとした唇が妙に艶めかしい。

 しかし洗い物をしていて、手も足もその場から離れない。

「その娘ぉ~羨ましいわぁ~」

 囁き声が左耳の奥まで入って来る。
 漂う香りは甘く、とろけてしまいそうだ。

 やばい!
 これ以上は――

「ふふふ」

 妖艶な笑いと共にサラスティーナさんは俺から離れた。
 いや、"離れてしまった"の方が正しいかもしれない。

「アベル君、やっぱりいい子ねぇ。だからこそ……無理はしないでね」

 正直、緊張と興奮でその言葉は耳に入っていなかった。

 ◇◇◇

 俺は玄関の扉を開いた。

「ただいまぁ~」

 返事はない。
 もう深夜だし、カレンも寝てるだろう。

 家に帰ってまず、俺は風呂に入った。
 湯船ではサラスティーナさんの事を思い出して恥ずかしがりながらも、風呂から出たらすぐに着替て、自分の寝室へと向かった。

「今日は……カレンは、いないみたいだな」

 カレンがいない事を確認して、俺は自室の本棚に向き合う。

「んーっと……あっ、これこれ」

 そして子供の頃、よく母さんに読んでもらった絵本を本棚から抜き、魔石灯の明かりも消さずにベッドの中へと入った。

 今日、ベルナール先生に魔族が復活したという極秘情報を伝えられた。
 なんで俺に伝えたのかはよく分からないけど、理由はあるはずだ。
 なら、魔族の事を知っておいて損は無いだろう。

 本当はもっとちゃんとした本で魔族を調べたかったけど、滅んだ魔族について、教科書はそれ程詳しく書いてないし、いちいち本屋に行くのもだるかった。
 家にあるのといえば……聖杖の勇者に関しての絵本くらいだ。

「なになに……魔族は杖無しで魔術を使い、魔族独自の闇魔術を使える。うわ、卑怯だなー」

 そりゃ数百年前の人間も苦戦するな。

「更に2枚の黒い翼で飛び回り、神出鬼没。……本当に強いな」

 魔術も機動力も人間の上位互換。
 それを滅ぼしたんだから200年前の人類は優秀だな。

「しかし聖杖の勇者は仲間と共に、そのスキルでもって魔族共をなぎ倒した」

 あぁ、ここに関しては俺も知ってる内容だ。

「そう、そのスキルとは『絶対真眼』――魔術を根本から『崩壊(ブレイクダウン)』させる最強の瞳」

 いやーかっこいいな。
 さぞ、強かったんだろうな。

 聖杖の勇者のスキル、『絶対真眼』とは全く違うけど、俺のスキル『遅緩時間(スローモーション)』もおそらく、瞳に関したスキルだ。
 ……何だか妙な親近感を覚えるな。

「彼は最強のスキルと固い友情を武器に、あらゆる困難を乗り越え、遂には魔王までも倒した。……しかし彼とて無敵ではない。彼は残党刈りで命を落としてしまったのだった――」

 ふーん。
 まぁ子供用の絵本にしては、結構詳しく書かれていたな。

「……寝るか」

 俺は絵本を本棚に仕舞い、魔石灯の明かりを消した。
 かなり寝る時間が遅くなってしまったな……。

 俺はゆっくりと瞳を閉じ、身体を完全にベッドに預けた。
 するとすぐに、俺の意識は眠りについた。

 ◇◇◇

「な――かい――――よ。―――ル」
「――あ――さん」

 ……ん?
 誰かの話し声?
 なんだか聞き慣れた声だな……。

 にしても目の前が暗い――のは眼を閉じているからか。
 足裏に感触があるのは、立っているからか。
 どういう状況だ……?

 俺は重いまぶたを開いた――
 俺の瞳に映るのは、優し気な表情で本を読む女性と、その膝の上に乗って楽しそうにしている子供。

 子供の方は何の変哲もない普通の子供だ。
 黒髪黒目、見た目から察するに、おそらくは男の子だろう。

 しかし、上品で可憐な女性の姿が俺の気をひいた。
 女性も腰まで伸びた綺麗な黒髪に、宝玉のような輝きを放つ黒目。
 ……何でだ?
 ……何で、ここに!

「……か、母さん……!」

 俺の口からは言葉が勝手に漏れていた。
 しかし――

「この人、かっこいいわよね」

 俺の言葉は届かない。
 どころか、見向きもしてもらえない。
 そして――

「うん! かっこいいよ、お母さん!」

 少年がそう答えた。
 ……もしかして、この少年は俺か?
 という事は――

「これは夢……いや、記憶か」

 もしかして、よく母さんに読んでもらった本を、久し振りに読んだ影響か?
 それで子供の頃を、夢として見ているのか。
 なら、大人しくこの夢を見届けさせてもらうとするか……。

「アベルはこの人みたいな大人になりたい?」
「え!? ……おおっと」

 そうだ。
 反応しても意味ないんだった。
 母さんが呼んでいるアベルは俺の事じゃない。
 この記憶の中にいる、子供の頃の俺だ。

「うーん。ぼくはねーカレンを守れる大人になりたいっ!」

 やべ……めちゃくちゃ恥ずかしい。
 何だこれ。
 羞恥拷問なのか?

「アベルは優しいわね、でも――」

 母さんは急に拳を握りしめ、

「――男の子なら、世界最強を目指しなさい!!」

 高らかにそう放った。

 ……うん。
 母さんはこういう人だったな。
 見た目こそカレンに似ているが、性格は真反対だ。
 むしろカレンの性格は父さんに似たからな。

「せかいさいきょー?」
「そう。この地上で最も強い存在の事よ」
「でもお母さん。……ぼく才能ないよ」

 ……。
 つい、俺も落ち込んでしまう。

「そんな事ないわよ、アベル。あなたには諦めない強い心――勇気があるわ」
「ゆーきって、ゆーしゃが持ってるものだよね」
「違うわよ、アベル」

 違うぞ、アベル。

「「勇気があるから勇者なのよ」」

 気付けば、俺は口を開いていた。
 意味がないと知りつつも。

「ならぼくも、せいじょーのゆーしゃみたいになれるの?」
「えぇ必ずなれるわ」
「おぉー! なりたい!」
「じゃあ、お父さんを練習台にして魔術の勉強でもしましょうか」

 いや、何でだよ!
 せっかくいい事言ったのに台無しだよ……。
 ま、こういう所が母さんっぽいけど。

「それは……かわいそうだよ」
「あらアベルは優しいわね。でもお父さん最近運動してなくて、太ってきてるからいいのよ」

 ものすごい理論だな。
 これを見てると、俺とカレンが過激思想に染まらなくて本当に良かった。

「太ってたら、ダメなの?」
「肥満はおよそ人類の犯し得る最大の罪よ。もし犯した場合はよくて死刑、最悪の場合地獄より深い所に落ちる事になるわ。太っていて許されるのは、スモーレスラーと小説のキャラクターぐらいね」
「もしお母さんが太ったらどうなるの?」
「その場合は特例により、食事制限+毎日運動30分の刑に処されるわ」

 うわー超ひきょー。
 格差社会だなー。

「へー、大――う」
「――ル。でも――よ」

 ん?
 何かがおかしいぞ。
 もう、夢の終わりか?

「――ん。――す―――よ!」
「そう―――」

 景色がはっきりしなくなってきたし、なんて言ってるかもわかりにくい。
 ……この夢ともお別れか。
 夢の中とはいえ母さんに会えて、嬉しいような悲しいような……。

「――――これから頑張るのよ、アベル――」

 その言葉を最後に、俺の夢は儚く消えた――

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