神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

六十八





 「あれは······!?」
 その朧気に見えた何かへ向かって、ミレイは走り出す。少し経つと、段々と距離が詰まってくる。
 だが、途中で遠ざかっていく。
 「これは、何なのよ!」
 ミレイは足に力を込め、更に猛ダッシュする。
 すると、人影に追い付いた。

 すぐにフゥッと消えてしまうが。

 「消えた? 何なのよ、一体!?」
 と思ったら、ミレイは背後に気配を感じる。サッと振り返ると、そこにはシングがいた。

 何処か、彼は悲しそうな寂しそうな表情をしている。
 「良かったわ······あんたもここにいたのね」
 が、ミレイの言葉には反応せず、踵を返し去ろうとする。
 「あんた、何処に行くのよ」

 その声に、シングは間を開けて答える。
 「何処って······ミレイとはもういられないから······さ」
 「どうゆうこと? あたしに、好きって言ってくれたのは何だったのよ······?」
 「ミレイ、良く見てよ」
 「良く見る? あんたを?」
 「······違うよ。ミレイ自身をだよ」

 「あたし自身を?」
 ミレイは自分の体を見、すぐに気付いた。「な、何なのよ! これ!?」
 気付けば、両足は見たことあるのになっている。
 そう、これはディザスター、ミノタウロスの脚と同じだ······。

 「ミレイ、分かったかな? だから、もういられない」
 シングは再び、背を向けて歩いていく。
 「待って······シング!」
 彼は振り返る事なく、徐々に遠ざかって。
 「ねぇ、待ちなさいよ······! ねぇ、シング!」
 ミレイは、追い掛けようと足を動かす。

 そうしようとすると、動かなくなったのだった。「な、何······? 体が動かないなんて······」
 突如、背後から声がする。
 「時は来た······間もなく、汝は我になるだろう······」
 ミレイは、この声に聞き覚えがあった。何度も、語りかけてきた、ミノタウロス。
 ミレイは今になって恐怖を感じていた。

 それは、ミノタウロスになってしまう事ではなく──シングと居られなくなる事にだ。
 「嫌、そんなの······!」
 ミレイは懸命に、体を動かそうとするが、どうしても無理だった。
 「こんな風に離れるなんて······! 待ってよ、シング! ねぇ······お願いだから······」
 やがて、シングの姿が見えなくなった。その時──。

 頭上からこの黒い空間を、眩い光が照らしたのだった。


「神聖具と厄災の力を持つ怪物」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く