神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

六十三





 ディザスターの火球魔法が消滅したのを見て、ミレイは、リアに近付き抱きつく。
 「やるじゃない! リア!」
 ミレイの牛の尻尾が左右に振られていた。
 リアは何処か苦しそうな表情をしている。「ミライさん······苦しいのです」

 「ごめん! 力加減間違えたわ!」
 ミレイはパッと放す。
 「体中の骨が砕けると思ったのですよ······」
 「あんた、何気に酷いわね······」

 「二人共、話してる場合じゃないよ! アジ・ダハーカが仕掛けてくる!」シングは注意を促した。
 アジ・ダハーカの周囲にまた、複数の魔法陣が展開される。
 するとそれぞれの陣から、大気が渦巻き始めた。次に幾つもの風が、巨大な球形として一つになる。
 「おい、リア! あれを消せ······後はオレがやるからよ」
 「ヴェルスト、分かったのです!」

 リアは杖を、前で構え詠唱し始める。
 「魔力を打ち消す力······」
 ヴェルストも右手にダガーナイフを構えた。「フライ」彼がそう口にすると、宙に浮かび、上空へ勢い良く飛んでいく。
 「ブースト······ウィンド・エンチャント」更に魔法名を言葉にし、身体能力を強化、ダガーにも風を纏わせる。

 リアも詠唱を続けていく。
 「此は対なる方にある······」
 ヴェルストは、上空へ飛行していく中で、ダガーに纏った風を巨大な暴風の剣と化させていた。
 「ウィンド・ブレイド!」
 ヴェルストの準備が整ったのを見て、リアは叫ぶ。
 「霧散せよ! アンチ・マジック!」
 すると先程と違い、杖から発される光は、全てを照らすのではなく、曲線を描きつつアジ・ダハーカの魔法へ向かっていった。
 同時に、球形の巨大な風が地上へ、ヴェルストへ放たれる。

 ヴェルストはそれを見ても、暴風の剣を振るわない。

 彼へディザスターの魔法が迫る瞬間。

 その横を光速で追い越した光が、球形の渦巻く風に当たり、包み照らした。
 みるみる、相手の魔法は消えていき、光が収まった時。ヴェルストは続けて飛行し、アジ・ダハーカへ距離を詰めていく。
 「喰らいやがれ!」
 暴風の剣の攻撃範囲内に、相手を捉えると、叫んだ。
 と共に、斜め上へその胴体を狙って、斬ろうとする。
 だがアジ・ダハーカは、更に上空へ飛翔して回避した。
 「なっ、くそがっ!」
 アジ・ダハーカは、止まることなく、どんどん上へ飛ぶ。

 ヴェルストも、急な曲線を描き上へ飛行していく。
 それでも、アジ・ダハーカの飛翔速度は衰えず、むしろ速くなる。
 ヴェルストは、それに合わせるように、速度を上げた。
 いや、それどころか、更に速く飛行する。

 やがて、彼は呟く。
 「手間かけさせやがって······!」
 気付けば、アジ・ダハーカに距離が迫っていた。
 ヴェルストは、即座に暴風の剣で斬り上げていった。
 真っ二つに切断するかといった所で、相手の飛ぶ軌道が、僅かに横に反れる。

 ヴェルストの魔法の剣は、代わりに翼の片方を捉え、斬ったのだった。
 片翼を失ったアジ・ダハーカは、地上へ墜落していく。


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