神聖具と厄災の力を持つ怪物

志野 夕刻

二十二





 温和そうな声の主は、二十代半ばに見える女性で、両の側頭部に一本ずつ角が生えていた。

 ヴェルストは舌打ちをする。
 「やっぱり、お前か······。何しに来やがった」
 温和そうな女性は、言葉を返さず、突如駆け寄っていく。
 次に、両手を広げて抱き締めようとする。それをヴェルストは横にかわす。
 「なーんて、フェイントよ」
 だが、温和そうな女性は、途中で軌道を変えてヴェルストを抱き締めた。
 「会いたかったわ、ヴェルちゃん」

 温和そうな女性の豊かな胸が、ヴェルストの顔に当たる。
 「離しやがれ!」
 「ヴェルちゃん、冷たいのね······。せっかく、久しぶりに会えたのに······」

 「ヴェルちゃん······」
 ミレイはその言葉を呟くと、つい笑ってしまう。
 「ヴェルスト······ヴェルスト・ハーディ······あっ、そうなのです!」
 リアは唐突に声を上げた。
 その様子を見て、シングは訊ねる。
 「リア、どうしたの?」
 「シングさん! あのヴェルストさんという人は、かつて輝炎の一座にいた有名魔法曲芸士なのですよ!」
 リアは、ヴェルストを指差しつつ、そう答えた。

 「何だって!?」シングは驚きを隠せない。
 「あいつが?」
 ミレイは、驚きより疑いの方が強い感じだ。
 「どおりで、あの兄ちゃん見たことあるって思ったぜ」
 ダークスは驚くことなく、納得していた。

 やっと、女性の抱擁から解放されたヴェルストは、「昔の話だ······。三年以上前のな······」とだけ言った。
 「それに······もしやあなたは、輝炎の一座のマリエーネ座長ではないですか?」
 リアは、温和そうな女性に問う。
 「そうよ、お姉さんが輝炎の一座の座長よ」
 マリエーネは、にこやかにそう答えた。
 するとヴェルストは、即座に呟く。
 「お姉さんって歳じゃねえだろうが······。実際、二千······」
 「ヴェルちゃん······そうゆう事を言う子には、こうよ」
 再び、マリエーネはヴェルストを抱き締める。

 「なっ!」
 ヴェルストの顔に、包容力抜群な胸が当たる。
 「離しやがれ!」
 「離しやがれ・・・・・? じゃないでしょ? ごめんなさいは?」
 マリエーネは、にこやかな表情で言った。
 ヴェルストは黙る。謝りたくないのだろう。
 「ごめんなさいは? 言っとくけど、謝らないと離してあげないから」
 マリエーネは、更に抱き締める力を強くする。
 「いてっ! 離せ、馬鹿力女が!」
 ヴェルストは逃れようとするが、マリエーネの力が強いため無理なようだ。
 その理由は、彼女が亜人だからだろう。

 「ごめんなさいは?」
 マリエーネは、なおもその言葉を繰り返す。
 ヴェルストは、とうとう耐えれなくなったのか、「······悪かった······オレが悪かったから、さっさと離せ!」と言葉にして謝った。
 「そんな謝りかたじゃ離してあげれないわ」
 マリエーネの言葉に、ヴェルストは睨みを利かせる。「てめぇ······」
 「なんて冗談よ。約束どおり離してあげるわ」
 マリエーネは抱擁を解いた。

 ヴェルストは一息、吐く。
 「それにしても、ヴェルちゃんが元気そうで安心したわ······。三年前、一座で揉め事を起こして去ってから、気になっていたから······」
 マリエーネは、安心した表情を見せた。
 ヴェルストは舌打ちする。
 「別に、その後どうなってるかは、お前も知ってるだろうが······」
 「そうね······。そうそう、モルちゃんは元気にしてる?」
 「ああ、あの女か······。相変わらずってところだ」
 「そう、それなら安心ね」

 「あのですね、ちょっと良いですか? ヴェルストさん·····」
 リアが、恐る恐る話し掛けた。
 「あっ? なんか用か? それより、さん付けはいらねえ。気持ちわりぃ」
 「分かったのです。ヴェルスト、是非あなたに仲間に加わってほしいのです!」
 「仲間だぁ?」
 ヴェルストは怪訝な顔をする。
 「そうなのです! 仲間です!」
 「リア、彼が仲間になってくれれば、助かるけど······。先に事情を話さないとさ」シングは、リアを諭す。
 「あたしは、反対よ。さっき、揉め事を起こして一座を辞めたって言ってたじゃない。又、問題を起こすに決まっているわ」
 ミレイは腕を組みながら、反対意見をぶつけた。

 「それは違うわ······」
 マリエーネは、ミレイの言葉を否定する。
 「あなた、名前は?」
 「ミレイよ」
 「そう······ミレイちゃん、ヴェルちゃんは理由もなく問題を起こす子ではないの。三年前、同じ団員に暴力を振るった理由は、お姉さんも知らないわ」
 マリエーネは、そこで一呼吸置くと、再び続きを話していく。
 「でもね、どんなヒトでも何かをするのに訳があるはずよ。ヴェルちゃんは、三年前のあの日に、余程の事をされたのだと思うの」

 「それでも、又、問題を起こす可能性があるじゃない。その可能性があるなら、仲間になんて出来ないわ」
 ミレイは、頑として反対する。
 「てめぇみたいな牛女と仲間になるなんて、こっちも願い下げだ」
 ヴェルストは、ミレイに向かって手で払うような仕草をする。
 「何ですって!? あんた······!」
 今にも掴み掛かりそうなミレイをシングが止める。
 「まあまあ、ミレイ落ち着いて」
 「これが落ち着いていられる訳ないじゃない!」
 ミレイの尻尾が激しく揺れ動く。

 マリエーネが、こほんと静かな咳を立てた。
 「話の続きを良いかしら?」
 するとミレイは、渋々「分かったわよ······」とだけ言う。
 「要は、ヴェルちゃんを温かく見守ってあげてほしいの······。それにね、ヴェルちゃんは自分の事だけでは、相手に手を出したりしないわ」
 「そう······でもやっぱり、仲間になるなんてごめんよ。あたしが怪物に止めを刺すのを横取りするし······」
 「それは、困ったわね。ヴェルちゃんも仲間になるならチームワークは考えないと駄目よ?」
 マリエーネは、ヴェルストのひたいを人差し指でつつく。

 「あのなぁ、オレは仲間になるなんて言ってねえぞ」
 ヴェルストはそう言うが、周りは聞いていない。
 「ミライさん、お願いするのです! ヴェルストが入れば、助かります!」
 リアは、ミレイの手を両手で握りつつ、そう言った。
 「僕からも頼むよ。ヴェルストの強さは見たよね? 彼が入れば、旅が楽になると思うしさ」
 シングがそう頼むと、ミレイは「分かったわ······」と頷く。

 「良かったわ。ヴェルちゃんをよろしくね」
 マリエーネは、にこやかな表情を見せた。
 「良くねえぇ! オレは仲間になるなんて言ってねえぞ!」
 ヴェルストの声が、ようやく皆に届く。
 「それは困ったな。ヴェルストが仲間になってくれれば、心強いのに······」
 シングは、思案顔でそう言った。
 「持ち上げたって何もねえからな」
 ヴェルストはそこで、何を思い付いたのか、親指と人差し指だけで輪を作る。
 「仲間になるってぇんなら、これが必要だな」
 シングは、分からないといった表情をしていた。

 ミレイは察したようで、怪訝な顔をする。「あんた······」
 「そこの男が分からねえようだから教えてやる。必要なのは、金に決まってんだろ」
 「こんな最低の男、仲間にする必要ないわ」
 ミレイは、ヴェルストの金発言にあきれる。
 「良いよ」
 シングが発した言葉に、一同は驚いた。
 「でも、あんた······あたし達は、金目当てで旅をする訳じゃないのよ」
 「それはそうだけど······ヴェルストが言うように、働きに見合ったお金はほしいんじゃないかな」
 「分かったわよ······あんたが良いなら、それで構わないわ······」
 ミレイは渋々、承諾する。

 「という事で、ヴェルスト。王宮には、僕から褒賞のためのお金を頼んでおくよ。後払いになるけど、良いかな?」
 「王宮がらみだったのか······。ああ、それで構わねえ」
 シングの問いに、ヴェルストは了承した。
 「それじゃ、これから仲間だね。よろしく」
 シングは手を差し出す。
 「ああ······」
 ヴェルストも手を差し出し、その手を握った。
 ミレイも握手しようと、手を差し出す。無言だが······。

 ヴェルストは握手に応じるが、余計な一言を口にする。
 「よろしくな、牛女・・
 「よろしく、あほ毛男・・・・
 ミレイは、怒りで顔を赤くしながら、即座にそう返した。


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