神聖具と厄災の力を持つ怪物
四
ミノタウロスは言葉を理解できた訳ではないが、突然の大声に動きを止めて、シングの方に向き直っていく。
「ミレイ、ごめん。やっぱり、これを使うよ······」
シングは、背負っていた長い何かを地面に置き、白布をほどいていく。
「······使うからには勝ちなさいよ」
ミレイは不満そうだが、その中で仕方ないと諦めている。
何故なら、彼とは幼い頃からの付き合いが長いため、こうなってしまったら止められないと分かっていたのだ。
「ああ、勝つさ。守れる時に······守れなかった後悔はしたくないからね」
シングは、ミレイにそう返答すると白布をほどき終った。
中からあらわになった何かは、二メートル程の槍で、シングはそれを手に取ると立ち上がる。
「さて······」シングは、ミノタウロス目掛けて全速力で走り出す。
向かってくるのを見て、ミノタウロスは大斧を横に構えていく。
シングは距離を詰めていき、大斧の攻撃範囲に入る。
すると、すかさず大斧の横薙ぎがくるが、上体を屈めてかわした。
続けてシングは、槍でミノタウロスの左脚を突く。
「刺よ、はぜろ!」
シングが叫ぶと、ミノタウロスの脚を、内部から無数の光子状の刺が生えて貫いた。ミノタウロスは、たまらず悲痛な声を上げて片膝を突く。
シングは、すぐに槍を引き抜くと、眉間に狙いを定める。
次の瞬間、槍の穂先から光子状の刺が生えて、高速で真っ直ぐに伸びていく。
眉間に迫った時、光子状の刺はミノタウロスの手に掴まれる。
それだけでなく、もう片方の手で、大斧が斜めに振り下ろされていく。
「くっ!」
シングは咄嗟に、光子状の刺を消してかわそうとする。
だが、一瞬反応が遅い。そのためシングは、後方へ跳びつつ、槍の柄で防ぐ構えを取った。
大斧と槍の柄がぶつかり合う金属音が響くと、シングは後方へ飛ばされていく。その中で、転がりながら受け身を取っていき、最後は足を地面に着けて止まった。
「あんた、詰めが甘いわよ!」
戦いを眺めていたミレイは喝を飛ばす。
不意に、一人のがたいの良い男が、ミレイに話し掛けてくる。
「なあ、嬢ちゃん。あの坊主の武器は何なんだ?」
「さぁね。知らないわ」
「おいおい、教えてくれたって良いだろ? それに、あの武器でやった傷が再生してねえよな?」
「······秘密よ」
ミレイは、真剣で頑な面持ちをしていた。
その様子を見て察した、がたいの良い男はある考えに行き着く。
「······まさか、あれは······神聖具の······槍だってのか? でも、あれは······あれを持ってた······王国は滅んだはずじゃ······」
シングは緊迫の表情で、槍を構えたまま動かないでいる。
いや、動けないでいた。
そうしていると、ミノタウロスの方からシングに突撃していく。
あっという間に距離は詰まり、大斧の横薙ぎが迫る。
シングは、前進しながら又もや屈んで、横薙ぎをかわした。
さらに擦れ違い様、槍を振るい穂先の刃で脚に傷をつける。
背後を取ったシングは、槍の穂先をミノタウロスの後頭部に向けて、「貫け!」と叫んだ。
槍の穂先から、光子状の刺が生えて伸びていく。
だが、ミノタウロスの尻尾が鞭のように振るわれて、横方向にシングを叩く。
すると、尻尾の一撃で倒れ込んだシングに、ミノタウロスが向き直っていく。
その動作を終えると、続けて、大斧を頭上に構えていく。
「させないわよ!」突如、ミレイの声が響いた。彼女は背後から、ミノタウロスの左脚を剣で斬りつける。
だが、シングの槍とは違って、ミレイの剣で傷を与えた箇所は、瞬時に再生してしまう。
「ミレイ、逃げるんだ!」シングはそう叫ぶが、遅かった。
ミレイに向かって、ミノタウロスの左腕が凄い勢いで振るわれ、迫っていく。
咄嗟に盾を構えて防ごうとする。が恐らく、衝撃は殺しきれず、後方へ飛ばされるだろう。
「きゃっ!」
予想通りミレイは、後方へ飛ばされていく。いや、一つ予想外がある。
それは、かなりの距離を飛ばされている所だろう。
「ミレイ!」
シングの声に隠された思いに応えるように、声が響く。
「任せな!」がたいの良い男は、ミレイに向かって駆け出していた。
ミレイが地面に打ち付けられる既の所で、がたいの良い男は跳び、両手を伸ばして受け止める。
「嬢ちゃん、無事か?」
「おかげさまで大丈夫よ」
ミレイは体を起こし、ミニスカートの後ろをはたく。
「なあ、嬢ちゃん。俺もあの坊主に加勢するぜ。戦わず眺めてるだけじゃ、この筋肉が泣くからな」がたいの良い男は、やる気に満ちた笑顔を見せる。
「そう、勝手にすれば」
「ということで坊主! 俺も加勢するぜ! 指揮は誰が取る!?」
一方シングは、ミノタウロスと再び戦っていた。攻撃をかわしながら、がたいの良い男の問いに答える。
「そちらで決めて下さい!」
「了解だ! それまで持ちこたえろよ!」がたいの良い男はそう言うと、思案顔をする。
「······俺はあの坊主が適任だと思うんだがな」がたいの良い男の独り言に、一人の王国軍の者が近付いてきて、言葉を発する。
「その必要はない。ここからは私が指揮を取りましょう」
ミレイとがたいの良い男は、王国軍の者に向き直る。
「あんた、軍の関係者ね」
ミレイの言葉に、「その通りです。私は、もしものための副指揮官。指揮なら私に任せてください」と副指揮官は返答した。
「じゃあ、これで決まりだな」
がたいの良い男は、口角を吊り上げた。
「俺らも戦わせてくれ! あの坊主だけに戦わせるなんて出来ないからな」
「オレもだ!」「おれも!」
突然、周りにいた冒険者達から口々にそう声が上がっていく。
その様子を茫然と眺めているミレイ。
「良かったな、嬢ちゃん」
がたいの良い男は、ミレイの肩を叩く。
「それではこれより、あの少年の加勢に入ります!」
副指揮官の声が皆に響いた。
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