お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

今までの想い






 さて、今日はどうやって始めようか…この曲を始める時はいつもそう思う。ある時は、私の初恋の人、ある時はりょうちゃん、ある時は春香ちゃんへの想いを込めて私はこの曲を吹いてきた。最近だと陽菜ちゃんへの想いを込めたりしている。でも、せっかくの本番、もっと、楽しみたい。

 そうだなぁ。でも、最初は、この音、始まりを鳴らそう。

 「おはよう」

 と、この曲を始めよう。



 あの日、りっちゃんさんの音が進化した日を思い出した。それは、全員を奮い立たせ、引っ張る目覚めの音、凄まじいほどの熱量とともに、りっちゃんさんは演奏の始まりを鳴らした。りっちゃんさんに続いて、陽菜とみはね先輩、バリトンサックスが伴奏を奏でる。りっちゃんさんの圧倒的な音を、陽菜は受け止め、支えていた。陽菜の背しか見えなかったが、陽菜は楽しんでいるように見えた。陽菜に支えられ始めてからりっちゃんさんの音色は変わる。



 目覚めがあった。それから私は、ただ音楽と向き合うだけだった。でも、そんな私に新しい色をくれたのは…陽菜だった。今、この瞬間、陽菜へこの音を捧げるよ。陽菜、コンクールが終わったら話があるの。後で話そうね。



 バトンが渡された。私が、することは決まっている。大好きな君へ想いを届ける。何度でも。しつこいって思われても、私は、君が好き。大好き。だから、この音を君へ捧げる。大好きな君へ…

 練習の時、横にいるゆき先輩が、懲りないなぁ。と言うような表情を何度かしているのを思い出した。私だって何度も何度も折れそうになったよ。だけど、私は、諦められなかったの。何度折れても、何度折られても、私は、諦められなかった。君が大好きだから。例え、結果がどうであれ、私は音を鳴らし続ける。大好き。君のことが大好き。




 今朝、言われたことを思い出した。何度も何度もきみは諦めてくれない。僕なんかのどこがいいんだろう。ごめんね。何度も言う。僕には、春香とまゆがいる。こういう言葉はあまり好きではないけど、これ以外言葉が出てこない。きみにはもっといい人が、いい出会いがあるはずだよ。と……これを言ってもきみは、絶対諦めてくれないんだろうね。ごめんね。応えられなくて。




 「りょうちゃん、集中して!」

 私はそう言うように音を鳴らした。まったく、もうすぐ、私とりょうちゃん、チューバが2人だけの状態になるんだからさぁ。私と吹くこと楽しんでよ。

 曲の中盤、曲の盛り上がりが落ち着いたタイミングで及川さんが抜けた。私とりょうちゃんは2人で音を重ねる。楽しい。幸せ。

 最初はりょうちゃんの音に私が合わせる。まだ、大変だけど前よりは楽に出せるようになった音。何度も何度もりょうちゃんに練習に付き合ってもらったなぁ。

 何度も何度も繰り返したりょうちゃんとの練習の日々を思い出す。そうすると、りょうちゃんの音との重なり具合が増す。音が重なり、美しいハーモニーを放つ。この状態が、楽しすぎて心が熱くなる。もっと、続けたい。ずっと、こうやって吹き続けたい。

 


 春香と、今までで1番、綺麗に音を合わせられている気がした。僕の音に春香が合わせてくれている。今度は、僕が春香の音に合わせる番…耳を研ぎ澄ませ、集中しろ、大好きな人の音を、憧れの音を、聴いて、イメージしろ。大丈夫。簡単だ。いつも、してることだから。春香の綺麗な音色なら、簡単にイメージできる。あとは、イメージ通り、息を吸い、音を鳴らすだけ。




 どんどん、合っていく君と君の大切な人の音を聴いて、敵わないなぁ。叶わないなぁ。と何度も思う。私は君の大切な人に敵わないし、私の望みは叶わない。何度も感じたことだ。今更、傷つかない…それでも私は諦めないって決めているから。やっぱり私、しつこいなぁ。





 りょうちゃんと春香ちゃん、すごく楽しそう。いいなぁ。まゆも早く混ざりたい。思いっきり吹きたい。なんだろう。今なら、今までで1番いい音を出せる気がする。りょうちゃん、春香ちゃん、聴いてて、感じて、そして、2人でしっかりまゆを支えて…まゆ、本気で吹くから。




 まゆがテナーサックスを構え、息を吸う。まゆが、テナーサックスに息を吹き込んだ瞬間、時が止まるような感覚がした。








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