お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

優しさなんていらない





 また、一段と強くなっている気がした。
 あの子の想いに応えるように、あの子の音も熱くなっている気がした。

 熱く鳴り響くトランペットに負けない。と宣言するように、熱量を込めたテナーサックスのソロは圧巻の一言、テナーサックスのソロが終わると、聴いててくれた?と尋ねるように最愛の女性が一瞬後ろを振り返り吹き切ったよ。と言うような笑顔を見せてくれる。いつのまにか出来上がっていた通し合奏のルーティンだ。

 その最愛の人の笑顔と熱量に応えるように、もう一人の最愛の人と音を重ねてテナーサックスの熱量に応える。低音の核であるチューバが圧倒的な熱量を放つことにより、低音の力がぐんと上がる。低音に勢いがつくことにより、中低音、高音にもっと吹け。と圧力がかかる。

 中低音の核は、テナーサックスだ。テナーサックスの圧倒的熱量に釣られてホルンは綺麗で美しく響くまとまったグリッサンドを披露して曲を一気に盛り上げる。

 チューバとテナーサックスが放つ圧倒的な熱量を追い越そうとするように、トランペットに更に熱量が込められた。

 まるで争っているように、熱量と熱量はぶつかり合い、それは曲全体にいい影響を与えていた。熱量には人を引っ張る力がある。圧倒的な熱量のぶつかり合いで、盛り上がりテンションを上げて全員が、クライマックスを吹ききり綺麗な調和がもたらされる。はずだった………




 「さき、大丈夫?」

 合奏練習の最後、1日の最後に通し合奏が行われた。課題曲と自由曲を本番のように通して吹く。セクション練習や合奏で散々指摘されたことを…私は今日の最後に行われた通し練習でもミスしてしまった。

 「うん。大丈夫だよ。ごめんね。心配かけて」
 「大丈夫だよ。セクション練習どうだった?って聞いた時に元気なかった理由はあれだっただね…」
 「うん…ごめんね……」
 「大丈夫だよ。さっき、約束したよね。2人で練習して2人で上手くなろう」

 私の隣に座っていたこう君はそっと私の手を握ってくれる。この優しさが今の私にはすごく嬉しかった。

 「さっきさ、失敗したところずっとできなくて…パート練習の時、先輩にどうしてもできないならそこだけ吹かなくてもいいよ。って言われて……」
 「悔しかったんだね」
 「うん……」

 私が落ち込んだ表情で言うと、こう君は私の手を離して私の肩に手を置いて、私とこう君の肩が引っ付くように私を引っ張る。落ち込んでいるはずなのに…すごく、幸せ。

 「こういう時、なんて言ってあげればいいのかわからないや。ごめんね。でも、悔しいなら上手くなるしかない」

 優しい言葉をかけてもらえると思っていた。でも、こう君は真剣な表情で、私に言う。

 「傷つけてたらごめんね。でも、優しい言葉をかけてもさきは満たされないでしょう?大丈夫。さきならできるよ。上手くなれるよ。一緒にさ、上手くなろうよ」
 
 こう君は優しいけど、厳しかった。慰めて欲しかった。けど……

 「あ、ごめん…酷いこと言っちゃったかな?」

 泣いてしまった私を見てこう君は慌てる。たしかにちょっと慰めて欲しい。って思ったけど…上手くなれる。一緒に上手くなろう。って言ってもらえた方が…私は嬉しい。優しさなんていらなかった。私は…一緒に頑張ってくれるパートナーが欲しかったのだろう。それをわかってくれたこう君の存在が、本当にありがたかった。

 「ううん。謝らないで…嬉しかっただけだからさ…ありがとう」
 「僕もさ、低音セクションの時に嫌ってほど自分の実力不足を思い知ったよ」
 「低音セクション、レベル高いもんね…」
 「うん。上手い人しかいないから怖い笑」

 こう君も充分上手いはずなんだけどなぁ…私、こう君のファゴットの音大好きだし。

 「一緒に上手くなろうね。初デートはホールかなぁ」
 「えー、初デートはちゃんとどこか行きたいな…」
 「冗談、だよ」

 私がこう君に冗談と伝えるとこう君は安心したような表情をする。私も、初デートは…2人の思い出に残るようなことしたいな。

 「さきがちょっと元気になってくれたみたいでよかった」
 「うん。こう君のおかげだよ。ありがとう」
 「僕は何もしてないよ」
 「そんなことないよ。心配してくれてありがとう。好き。だよ」
 「……僕も、さきのこと好きだよ」

 好き。って、こう君に言われる度に、私は幸せを感じる。でも、少しだけ後ろめたさを感じることもある。複雑、な感じだ……

 「そろそろ行かないと…」
 「うん。そう、だね。ねえ、こう君、お風呂入った後、また会える…かな?もっと、こう君と…お話したい……」
 「うん。いいよ。僕もさきともっとお話したいからさ、じゃあ、お風呂でたら連絡するね」
 「うん。たぶん…待たせちゃうと思うから…先に謝っておくね……」
 「全然、大丈夫だよ。ゆっくりしてきてね。じゃあ、また後で」
 「うん。またね」

 またね。って言えるのは嬉しい。また、会える約束をして、私は幸せを感じる。こう君は…どう、なのかな?私と一緒にいて、幸せ。って思ってくれてるのかな。こう君を幸せにする。って決めたんだから…こう君に幸せになってもらえるように、もっと頑張らないと……





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