お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

憧れの音





 「りょうちゃん、一回りょうちゃんが吹いてみてくれないかな?りょうちゃんならどうやって吹くのかイメージしたいから」
 金曜日のバイトが終わった翌日も僕とまゆはバイトに出かけていた。日曜日、昼まで僕とまゆは爆睡していて昼食を食べた後、僕と春香とまゆは3人でホールに来て練習をしていた。
 しばらくは個人練習して、また後で3人で合わせよう。と約束をしたので、僕は個人練習をしていたのだが、春香が僕の元にやって来て僕にお願いする。先程から春香が課題曲のtrioの部分の練習をしていた音が聞こえていたのだが、中々に苦戦しているみたいだ。及川さんとチューバのグループで話し合った結果、trioは終わりまで全部春香が担当する。春香の音はたしかに、trioに向いている優しい音色だ。だが、trioの終わり、曲の最後に向けてcrescendo(段々強く・段々大きく)をかける部分の表現に苦戦しているみたいだ。しかも、かなり広範囲のcrescendoで、trio全体を通して徐々に金管の盛り上げを作るような構造だ。勢いで吹き切る感じのcrescendoなら楽なのだが……
 「わかった。いいけど、少しだけ練習してからでいいかな?30分くらい時間くれない?」
 「うん。わかった。じゃあ、また後で来るね。えっとさ…りょうちゃんの音を聴かせてもらった後に私の音を聴いてもらっていいかな?」
 「もちろんだよ」
 「うん。じゃあ、よろしくね」
 春香は笑顔で僕に言い、控え室に戻って楽器を吹き始める。現在、舞台でまゆ、舞台下手で僕、控え室の一室で春香がそれぞれ個人練習をしている。30分か…基礎練習は終わっていて、自由曲の練習をしていたのだが、trioは春香に決まった為、全く触れていない。春香に何かあった時のために練習をしなければならないのだが、完全に後回しにしていた。30分でどこまでクオリティをあげられるだろうか…と思い、僕は慌てて楽譜を取り出して練習を始めようとする。

 
 「りょうちゃん、お疲れ様」
 「あ、りっちゃんさんお疲れ様です」
 課題曲の練習を始めようとすると、りっちゃんさんがホールに入って来たので僕はりっちゃんさんに挨拶を返す。
 「まゆちゃんは舞台にいるかな?」
 「はい。舞台でsoloの練習してますよ。中々苦戦しているみたいで…」
 「まゆちゃん十分上手くなったのにねぇ…」
 りっちゃんさんの言う通りまゆはめちゃくちゃ上手くなった。だが、本人はまだまだ納得していないみたいだ。もっと吹ける。もっと頑張れる。もっと上手くなれる。soloの練習をした後のまゆの口癖だ。すごく努力家さんだ。素直に応援してあげたい。
 「りっちゃんさんも練習をしに?」
 「ん?あー、今日はね。まゆちゃんにレッスン頼まれたの、音を聴いていろいろ指摘したり教えて欲しいって…私なんかでいいのかな?って思うけど、まゆちゃん頑張ってるからさ、断れなくて…」
 「りっちゃんさんほど適役はいないですよ」
 りっちゃんさんはトロンボーンが上手いだけではなく、音楽の知識がすごい、しかも教えたり、指摘を口で表すのが上手く、楽器の知識もあるため的確なアドバイスをくれる。なので、指導役を頼むならりっちゃんさんほど適任はいないと僕は思う。
 「そんなことないと思うけどなぁ…まあ、頼まれたからにはきちんとやるけどね。りょうちゃんも春香ちゃんと練習頑張りなよ」
 りっちゃんさんは笑顔で僕に言い、荷物を机に置いて楽器庫からバストロンボーンを持ってきて舞台に向かいまゆと合流した。少しすると、りっちゃんさんが音出しをしてまゆと基礎練習をしている音が聞こえてくる。春香と同等…もしくはそれ以上にきついことやってるな…と思ったのは黙っておく。さ、僕も練習しよう。


 「りょうちゃん、そろそろお願いできるかな?」
 りょうちゃんと約束をしてから30分ほど経過して、課題曲の練習をしてくれていたりょうちゃんの音が止まったので、私は控え室を出てりょうちゃんに尋ねる。りょうちゃんがいいよ。と言ったので、私は楽器と譜面台を持ってりょうちゃんがいる舞台下手に向かう。りょうちゃんが途中で、譜面台とか持つよ。と言ってくれたので、譜面台を預けた。優しい。りょうちゃんのこういうところ好き。りょうちゃんと練習する前にいいことがあって、練習へのモチベーションが高まった気がする。
 「じゃあ、りょうちゃん、いきなりで悪いけどお願いしていいかな?」
 「うん。わかった。メトロノームは付けてていいよね?」
 「うん。いいよ」
 りょうちゃんは近くに置いてあるメトロノームでテンポを鳴らし始める。そして、メトロノームの音に合わせてtrioの少し前から吹き始めてくれる。

 あー、私みたいな音出してる。私の音を憧れの音って言ってくれてるけど、そのうち私の音より綺麗な音出せそうだなぁ…悔しいから、もっと練習して追いつかれないようにしないと……trioの最初、もっとも優しく、もっとも繊細な部分を聴いて私は思う。
 りょうちゃん、上手くなったなぁ…trio中盤、徐々にcrescendoで曲に勢いを与える。昔のりょうちゃんならcrescendoするのに夢中で勢いのまま暴走してテンポ走りがちになっていたのに…安定してる。昔より落ち着きよくなったね。そして…音、綺麗…音の綺麗さではまだ負けてないと思った。でも、どうだろう…trio序盤の優しく繊細に吹く箇所は私の方が綺麗に吹ける自信がある。でも、中盤は…りょうちゃんの方が上手いかも…trio中盤、音の綺麗さはたぶん、私と同じくらい。私の演奏を聴いているみたいだった。でも、曲の勢いはりょうちゃんの方がいい。生き生きと吹いている感じがする。ほんとうに上手くなったね。
 trio終盤…すごく好き。trio終盤、りょうちゃんは音の強さをもう一段階上げる。そして、私の音を辞めて、自分の音で吹き始めた。一気に勢いをつけるために…これが聴きたかった。この、終盤…りょうちゃんを超えないと…私に本番で吹く資格はない。りょうちゃんと及川さんがなんと言おうと…私に資格はないと私は思う。だから、超える。trio終盤、りょうちゃんの音を超えるよ。

 私はそう決意した。
 君が憧れていたみたいに私も君の音に憧れる。今はまだ、良くて君を真似ることが精一杯、君について行くのが精一杯、だけど本番までに…私は君を超えるよ。






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