お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

折れた心





 「りょうちゃん、また後でね」
 「うん。またね」
 大学に到着して僕は春香とまゆと別れる。今日は僕も春香もまゆもバイトがある日だ。夜ご飯どうしよう…となったのだが、まゆが4限と5限に授業がないため、その空き時間で作ってくれると言ってくれた。本当にありがたい…
 
 「りょうちゃん、おはよう」
 教室に向かって歩いていると背後から突然声をかけられた。振り向くと陽菜とさきちゃんがいた。さきちゃんは僕たちと教室が違うため、少し歩いてすぐに居なくなってしまい僕と陽菜は2人きりになった。
 「聞いたよ……」
 しばらく無言で歩いていた。何て言えばいいのか、何を話せばいいのか、どう接すればいいのかもわからなかった…悩んで、悩んで、悩み続けて口から出てきた最初の言葉が、この一言だった。
 「そっか…」
 陽菜は一瞬、暗い表情をする。それから少しして笑顔を作り、何もなかったように関わって。とでも言うような表情で僕を見る。
 「春香はまだ知らない…」
 「そっか…出来れば…言わないで欲しいかな…」
 「たぶん…知らなかったら春香は後悔する……」
 「知って、陽菜と関わるのに比べたら辛くないはずだよ。りょうちゃん、すごく辛そうに陽菜と話してる。春香ちゃんには…そんな風になって欲しくないからさ…お願い…」
 そっか…僕は今、そんなにも辛そうな表情をしているのか…辛いわけじゃない。でも、自分が嫌になる。どうしようもないことだとはわかっている。だからと言って…普通に昔のように関わることはできない……
 「あと少しでいいから…春香ちゃんには黙っててね」
 「陽菜はそれでいいの?」
 僕が、尋ねると、陽菜は意外そうな表情をする。何でそんなこと聞くんだろう。とでも言うような表情だ。
 「それでいいから、お願いしてるんだよ」
 「それは本心?」
 「本心だよ。だって、怖いもん。陽菜が、あと…少ししか生きられないなんて春香ちゃんに知られるのが…それを知って、春香ちゃんが陽菜に気を遣うようによそよそしくなるのが怖いの…今のりょうちゃんみたいに、どう関わればいいのかわからないって表情で話をされるのが怖いの…まゆ先輩に言った時も…まゆ先輩の表情を見て…陽菜は今、まゆ先輩にどう思われてるのかな…って…だから、もう誰にも言わないことにしたの」
 陽菜には…あと少ししか時間がない。陽菜が予定通り入学できなかった理由は…悪化した持病と闘っていたからだ。闘った末に…得られた結果は…長くて2〜3年の命…病院に居れば、もう少し生きられるかもしれない。だが、陽菜は残された時間、自由に生きる道を選んだ。いつ倒れるかわからない。そんな恐怖と戦いながら陽菜は今、ここにいた。残された時間を、自由に過ごすために…好きなことをするために…最後に、いっぱい学び、いっぱい遊び、いろいろな経験をして、いろいろな思い出を残し、自分が生きていた跡を残すために…幸せな気持ちで最後の時を迎えるために陽菜はここに来ることを望んだ。
 「陽菜は残された時間、幸せでいたいの。自由でいたい。病気のことを忘れられるくらい、いろいろな思い出を作って、最後にいい人生だった。って思いながら最後を迎えたい」
 その言葉を聞いて僕は泣きそうになる。痛いほどよくわかる。でも、僕には、陽菜が病気と闘うのを諦めて…終わりを受け入れているように見えてしまった。病気と闘う苦しみは当事者でないとわからない。僕はわかってあげられない。だから、無責任なことは言えない。今、ここで、諦めないで、受け入れないでなんて言えない。陽菜がどれだけ苦しい思いをしてどれだけ長い時間、闘っていたのかを僕は知らない。もう、疲れきっているのかもしれない、陽菜の心は…すでに闘うことを諦めてしまうくらいボロボロになってしまっているのかもしれない。
 「わかった。春香には…言わない…」
 「ありがとう」
 「まゆにも言わないように言っておく。だから…春香に言うなら自分で言ってね」
 無責任なことを言おう。まだ、諦めて欲しくない。だから…ボロボロになった心を癒してあげよう。もう一度、陽菜が闘う覚悟を決めることができるようにしてあげたい。陽菜に生きて欲しいから…諦めて欲しくないから…だから、陽菜が生きたい。と思えるようにしてあげたい。それが、僕が幼馴染みとして陽菜にしてあげられることだろうと…僕は思った。
  「急にどうしたの?目付き変わって…なんか、昔のりょうちゃんを見てるみたい」
 「さっきまではごめんね。陽菜とどう接すればいいのか悩んでた」
 僕が陽菜に言うと陽菜は気にしなくていいよ。と笑いながら僕に言う。
 「でも…もう迷わないから…幼馴染みとして、陽菜に少しでも生きて欲しいから…」
 「そっか…りょうちゃん、昔と変わってないね。すごく優しい…けど…今回ばかりはごめんね」
 陽菜は泣きながらそう言った。僕が言葉に込めた想いに対する謝罪なのだろうか…例え、そうであっても…陽菜には生きて欲しい。





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