お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

心の傷





 「めっちゃ食べた…もう動けない……」
 ゆいちゃんが少しだけ膨れているお腹を手でポンポン叩きながら言う。たしかに、夕食の量はかなり多かった。ゆいちゃんとさきちゃんは夕食の前に美味しいスイーツ店巡りをしていたらしいからかなり限界までお腹が膨れたのだろう…ゆいちゃんの横で一言、美味しかったねーと言い夕食を終え、けろりとしているさきちゃんの胃袋はどうなっているのだろう……
 「今からどうする?温泉行く?」
 まゆ先輩が言うが、春香とりっちゃんさんはついさっき温泉に入ったばかりだし、どうだろう……
 「まだ時間早いしちょっとだけお散歩とかしない?その後温泉行こうよ」
 「お、いいね。賛成」
 春香の意見にりっちゃんさんが賛成して僕たちは6人で旅館の周辺をお散歩することにした。

 「やっぱり温泉街だから旅館とか多いんだね」
 「そうだね。かなり有名な温泉街だしね。たしか将棋とタイトル戦とかがよく行われている旅館も近くにあるみたいだよ」
 「りょうちゃん将棋できるの?」
 ゆいちゃんと僕が話しているとりっちゃんさんが将棋という単語に反応してきた。どうやらりっちゃんさんも将棋が好きらしい。
 大学とかだと将棋を指せる人が全くいない為、今度一緒に将棋を指す約束をした。ちなみに春香とまゆ先輩は全く将棋ができない。まゆ先輩は銀と金を間違えたり春香は飛車と角の位置が逆だったりと勝負以前の問題で僕と将棋を指した時は僕が一方的に虐殺する展開になってしまい春香とまゆ先輩はもう二度とりょうちゃんと将棋指さない。と言っている。桂馬を使って王手飛車取りをした時なんかこんなの反則でしょう。と真顔で言われた。
 
 そんなことがあった。とりっちゃんさんに話していると僕と手を繋いでいた春香の手にかなりの力が込められてめちゃくちゃ痛い。僕の後ろを歩いていたまゆ先輩は僕の腰をちょっと叩いて、それ以上言ったら怒るよ。と圧力をかけてくる。春香とまゆ先輩の面白い将棋トークはまだまだあるのだが、春香とまゆ先輩が怖いからこれ以上は言わない。
 「ねー、海近いんだよね?ちょっと海行きたい」
 春香の一言でみんなで海に向かう。夜の海は暗くてちょっと怖い。昼間は美しく聞こえる波の音も夜は不気味な音のように感じてしまうから不思議だ。
 「ちょっと怖いな…」
 そう言いながらゆいちゃんは僕の腰の袖を掴む。かわいい。そう僕が思っているとそれに気づいたまゆ先輩が頬を膨らませて反対側の袖を掴んできた。かわいいなぁ…
 「夜の海って花火とかしたくなるよね」
 「でもそういうのって条例とかで禁止されていたりしません?」
 「あーたしかに。さきちゃんの言う通りかもね」
 りっちゃんさんが残念そうな顔をする。実際どうなんだろう…大丈夫なら花火とかするのもたしかに悪くない。今度調べて大丈夫そうだったらこのメンバーで大学の近くの海とかで花火やったりしたいなぁ。

 「それにしてもりょうちゃん、いいご身分だよねぇ。こんなにかわいい女の子5人も連れて旅行なんてさぁ」
 「え、いまさらそんなこと言う?あれ、でもかわいい女の子って春香とりっちゃんさんとゆいちゃんとさきちゃんしかいないような……」
 「そうだね。まゆはめちゃくちゃかわいいもんね」
 ポジティブ…てっきり拗ねて頬を膨らませるのかなぁと思っていたらめちゃくちゃポジティブな回答が飛んできた。まあ、たしかにまゆ先輩はめちゃくちゃかわいい。うん。
 そんな感じのやり取りをしながら6人で海沿いを歩く。だんだんと暗さに慣れてきてまゆ先輩とゆいちゃんは海に足をつけたりしてはしゃいでいる。子どもか…
 それをりっちゃんさんが止めに向かい、僕と春香とさきちゃんは笑いながらりっちゃんさんたちのやり取りを見つめていた。
 「ゆい…すごく楽しそう」
 「だねぇ」
 「あんなに辛いことがあったのに、ゆいが笑顔を取り戻せたのはやっぱり、りょうちゃんのおかげ…それに、春香先輩やまゆ先輩も…ありがとうございます」
 さきちゃんは僕と春香を見つめて言う。そんなお礼言わなくていいのに。当然のことをしただけ…それに、そのお礼を言うとしたら、たぶん…まゆ先輩に言うべきだよ。あの時、辛い思いをしていたゆいちゃんを辛い暗闇から救い出したのはまゆ先輩なんだから……
 今みたいなバカなやり取りをしているだけだと最初は思っていた。だけど、本当はめちゃくちゃゆいちゃんに気を遣っていた。
 
 ゆいちゃんが初めて僕と春香の部屋にお泊まりに来てからしばらくの間、ゆいちゃんは僕たちの部屋にお泊まりしていた。
 最初は春香やまゆ先輩に気を遣っていたゆいちゃんもまゆ先輩のおかげですぐに春香とまゆ先輩と打ち解けられていた。
 でも、やはり、どうしてもゆいちゃんの心に残った恐怖心などは消えない。それをまゆ先輩はわかっていた。だから今みたいなバカなやり取りをいっぱいして、少しでもゆいちゃんが忘れられるように…ゆいちゃんの心に楽しい思い出を与え続けていた。
 ゆいちゃんの心に残った傷を刺激しないように細心の注意を払いながら、ゆいちゃんと接していたまゆ先輩の負荷はすごいものだった。バイト終わりの2人の時間にいろいろ相談されたよ。これでいいのかなって。まゆ先輩は本当にいい人だから…傷ついたゆいちゃんを見捨てたり放っておく選択はできなかった。僕も春香もだ。だけど、あの時1番、ゆいちゃんの救いになったのはまゆ先輩だ。
 だから、ゆいちゃんはまゆ先輩を慕っているしまゆ先輩もゆいちゃんを妹のように可愛がっている。
 いつの間にかそういった関係図が出来上がっていた。

 まゆ先輩は本当に優しい人だ。
 素敵な人だ。
 人間として尊敬をできる人だ。
 僕になんてもったいないくらい良い人だ。
 まゆ先輩と付き合っている僕は幸せ者だ。
 
 こうして、ゆいちゃんが笑顔でいられるのはまゆ先輩のおかげだ。
 ありがとうございます。その言葉をまゆ先輩に言うときっと怒るだろう。
 まゆは当然のことをしただけだと。まゆ先輩のそういった優しさがゆいちゃんの心の傷を癒したのだろう。
 僕は海ではしゃいでいるまゆ先輩とゆいちゃんを見て少し感情に浸ってしまった。






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