お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

幕引き




 「あーもう。まじでムカつく」
 「りっちゃん、気持ちはわかるけど落ち着いて…」
 部活の練習後、私と一緒に私のバイト先のお店で夕食を食べていたゆきちゃんが私を宥めるように言う。
 ゆいちゃんとホールで話した後、私はあのクソバカと会って話をしたが、はっきり言って時間の無駄だった。ゆいちゃんに何かしたりしてないかを聞いても答える気はなかったし、お前には関係ないだろ。の一点張りだった。ゆいちゃんと同じパートのゆきちゃんなら何かゆいちゃんから相談されていたりしないか、ゆいちゃんの練習中の様子はどうだったかを尋ねるためにゆきちゃんを食事に誘い話をしていたのだが、やはりいつもと様子が違ったようだ。
 いつもより、暗くて、パート練習の時もいつもよりミスが目立ち音がかなり不安定で、たまに話を聞いていなかったりもしていたらしく、ゆきちゃんも心配だったようだ。ゆいちゃんと拓磨のやり取りについて私が知っていることをゆきちゃんに話すと、ゆいちゃんが今日元気がなかったことに納得しているようだった。
 「ゆきの方から今日パート練習の時に様子変だったけど大丈夫?って聞いてみた方がいいかな…」
 「うーん。どうだろう…まあ、でも、そうしてあげた方がゆいちゃんもゆきちゃんに相談しやすくなるかな…」
 「うん。心配だし、ちょっと連絡してみる」
 ゆきちゃんはそう言いながら机に置いてあったスマホを手に取りゆいちゃんにLINEを送り始めた。私たちの考えすぎ…だと、いいのだが、私にはすごく嫌な予感がした。
 


 怖い…怖いよ……助けて……誰でもいいから……私を止めて……
 「ゆい、どうしたの、大丈夫?」
 練習が終わり、ホールを出て駅まで歩いている途中、私が震えていたことに気付いたさきが私の手を握って心配そうな表情で私と向き合ってくれた。
 「大丈夫だよ」
 だめ、さきにはこれ以上負担はかけられない。私が売った喧嘩なのだ。私が、なんとかしないと。その喧嘩にこの子は巻き込めない。
 「何か、あったら言ってよ。私にできることならするから、ゆい1人で抱え込まないでね」
 「うん。ありがとう…」
 助けてって言いたかった。でも、だめだ。あなたは巻き込めない。ごめんなさい。私、1人でなんとかしないと…私はそう思いながら私の手を温かく覆ってくれていたさきの手を払った。
 最高の笑顔で、この子に心配されないように。大丈夫だよ。と伝わるように…
 「じゃあね。また明日」
 「うん…また、明日ね」
 私の表情を見て、一瞬戸惑ったように見えた。でも、さきは何も言わなかった。私にまた明日ね。と言い、私とは反対側の電車のホームに向かって行く。さきの背中を見送りながら私は手を伸ばしていた。さきの背中を目掛けて…本能が…助けて…と、言っているようだった。
 「また、明日ね」
 私は自分にそう言い聞かせてさきを見送った。ごめんね。また、明日、会おうね。
 大丈夫、死ぬわけじゃない。いくら相手がやばい人でもいきなり襲ってきたりなんてしない。大丈夫。怖くないよ。大丈夫だから。
 「りょうくん…助けて……」
 ボソッと、小声で私は呟いた。当然、周りにりょうくんがいるはずがない。怒るかなぁ…私が、勝手なことして…たぶん、怒られるだろうなぁ。無茶しないでって…でも、ごめんね。許せないんだよ。大好きな君をばかにしたあの人のことを……ちゃんと、君に謝らせるから…君の無実を完全に証明させるから……待ってて。
 スマホが震えた。ゆき先輩からだ。おかしいなぁ……私、自然のように振る舞っていたはずなのに…なんでばれてるんだろう。心配かけてごめんなさい。
 でも、大丈夫です。次の練習はちゃんと笑顔で楽しみます。そうだよ。まだ、私の音、ちゃんと鳴らせるようになってないんだよ。まだ、物語の結末を変えられていないんだよ。まだ、君と結ばれていないんだよ。
 これからの出来事が終わったら、頑張らないとな。今日1日、貴重な練習の時間を無駄にしちゃたから、取り戻さないと……次の練習も笑顔で参加できるように頑張ろう。

 さあ、行こう。戦いに……大丈夫。

 その後、私は電車に乗った。向かい側のホームで私が進む方向とは逆の方向に進む電車に乗ったさきが手を振っているのが見えた。私は笑顔でさきに手を振り返してさきが乗る電車を見送った。さきが乗る電車が見えなくなると私が乗った電車も動き出した。
 待ち合わせの時間まであと20分、間に合うだろう。ちゃんと、りょうくんに、春香先輩に、まゆ先輩に謝るように言ってやる。

 その日、私に彼氏が出来た。
 私の物語は終わらされたのだった。






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