お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

2人分の重さ





 「選べない…です。やっぱり、春香もまゆも…どっちも大好きだから……」
 「そっか…そうだよね。りょうちゃんならそう言うと思ってた…」
 りっちゃんさんは儚い表情で僕に言う。その口調はなんとなく柔らかく聞こえて…柔らかい口調は、僕の気持ちに同意をしてくれているように感じた。
 「じゃあさ…りょうちゃんは…自分のことを好きになってくれた人が2人いて…そのどちらにも好意を持っているのに強引に優劣をつけてどちらか片方を選ぶっていう選択肢をどう思う?」
 質問の意図はわからない…だが、りっちゃんさんの表情を見れば……りっちゃんさんが僕にどのような答えを求めているのかは大体察しがついた…だが、その答えを僕は口にしない。できない…
 「それは…普通…というか、常識的だと思います。恋ってすごく大切な感情だと思いますけど…その感情は幸せを勝ち取るために他人や自分を傷つけてしまう可能性がある諸刃の剣のような感情だと思います。だから…自分と自分がもっとも愛する人が幸せになれる可能性がある道を選ぶと言う意味ではりっちゃんさんが言った選択肢は否定できないです……それに、僕は今、僕がしているような恋を許せないです…」
 僕の答えを聞きりっちゃんさんは驚いたような表情で僕の方を見る。
 「あの日…春香とまゆに告白した日…僕は心の中でどちらかが…いや、どちらも…僕のことを否定してくれることを少し期待してたんです。間違った恋をした僕を否定して欲しかった…なのに2人は僕を受け入れてくれて……もちろん嬉しかったですし、春香とまゆのおかげで僕は今めちゃくちゃ幸せです。でも…ほんとうにこれでいいのかな…って思います。今、僕が春香とまゆに向けている愛情は本来ならばどちらか片方に全てを注がないといけない感情だと思います。春香とまゆは僕に愛情の全てを注いでくれているのだから…僕もそれに応えないと失礼だと思うから……なのに僕は2人と付き合って、ほんとうに2人を幸せにできているのかなって…実際にこの前…春香に辛い思いをさせてたみたいですし…どちらか片方を選んでいればあんな出来事は起こらなかったはずなのに…どちらか片方にだけ愛情の全てを注ぐことができれば…ってたまに思います。でも…やっぱり僕は春香とまゆ、2人が大好きです。だから……せめてもの償いとして…全力で春香とまゆのために尽くして春香とまゆを幸せにしてあげたいなって思います。なんか、話がめちゃくちゃ逸れてごめんなさい」
 「春香ちゃんとまゆちゃんは…りょうちゃんにどちらか片方だけを選んで欲しかったとは思ってないかもね…りょうちゃんは知らないと思うけど、私やゆきちゃんとかとお話しする時、春香ちゃんとまゆちゃんはね。りょうちゃんとの思い出をすごく幸せそうに話すの。りょうちゃんのこんなところがいい。とかりょうちゃんとこんなことをして楽しかった。とか、りょうちゃんに幸せにしてもらっているから私たちも精一杯お返ししてりょうちゃんを幸せにしてあげたい。とか…りょうちゃんは春香ちゃんとまゆちゃんにすごく大切に想われてる。春香ちゃんとまゆちゃんとりょうちゃんのこと話していると2人は最後に必ず、2人を幸せにしてくれているりょうちゃんには感謝しかない…りょうちゃんが2人を選んでくれてよかった。2人を幸せにしてくれてりょうちゃんはすごく大変だから2人もりょうちゃんが幸せになれるように愛情の全てを注いであげたい。2人に注いでくれている愛情を倍にして返してあげるんだ。って本当に幸せそうに話すんだよ」
 それを聞いて僕はすごく嬉しかった。自信がなかった。春香とまゆ先輩、2人を幸せにしてあげられている自信が本当になかった。だから、春香とまゆ先輩が幸せって思っていてくれていたのなら本当によかった……
 「私ね。昔、好きな人がいたの。振られちゃったんだけどね…私じゃなくて違う子を選んだ時に…あー、私は負けたんだ。って思った。それ以降、私、しばらくトロンボーン吹けなくなったんだ。音が鳴らなくなって…立ち直るまで時間がかかった。その時に吹いていた曲が『夢海の景色』なんだ。私は…完全に折れた。心が…『夢海の景色』の作曲者の想いを知って当時の私と重ねて…辛くて完全に吹けなくなった。好きだった人が好きって言ってくれたから一生懸命練習して…熱量を込めて演奏していた私のトロンボーンの音も嫌いになった。私はね。幼馴染みに負けたんだ。だから…なんていうのかな…ほんとうに仲のいい幼馴染みだったから今の春香ちゃんやまゆちゃんみたいな関係になりたかった……今でも思う……あれから…なんとか立ち直ってトロンボーンは吹けるようになった。劣化したとか言われたけどね。でも…『夢海の景色』だけは吹けない……あの時を思い出すから……辛い……それに…熱量を無くした私にあの曲は吹ききれない……」
 びっくりした。自分の過去をあまり話そうとしないりっちゃんさんが僕に過去のことを話してくれて…きっと…僕と春香とまゆ先輩の恋を昔の自分と重ねていたのだろう。話を終えたりっちゃんさんの表情は儚かったが、なんとなくだが、過去の辛い記憶を掻き消そうとしているような表情にも見えた。りっちゃんさんの瞳から涙が溢れ出したのを見て僕はりっちゃんさんに背を向けた。今のりっちゃんさんを見てはいけないと思ったから…そっと、りっちゃんさんの前にティッシュを置いてりっちゃんさんの顔が見えないようにりっちゃんさんの背の後ろに移動して、りっちゃんさんが涙を拭うのを僕は待つのだった。







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