お互いに好きだけど好きと言えない幼馴染の同居生活

りゅう

選択の分岐点






 久しぶりにあの曲を聴いた時、私の心が何かで強く締め付けられているような気がした。
 まゆちゃんが奏でる熱い想いの込められたテナーサックスの音色を聴いて、すごい…という気持ちと……何故……叶わないのに想うのだろう…想わなければ苦しくならなくて済むのに……という気持ちがあった。
 あの時……私はまゆちゃんが奏でていた音色を自分の音色と重ねていたのだろう……だが、それは違った。まゆちゃんは報われたのだから…私は……もう……………

 
 「りっちゃん、大丈夫?」
 部活の練習が終わり、僕は春香とまゆ先輩、りっちゃんさんと駐車場に向かって歩いていた。その際、まゆ先輩が今日の出来事を心配して恐る恐るりっちゃんさんに尋ねた。
 「うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
 りっちゃんさんはまゆ先輩の質問に即答した。いつものように自然に答えていたが、僕にはなんとなくだが、用意していた台本をそのまま読み上げているだけのように思えた。
 「そっか…ならよかった……その…何かあったら言ってね。りっちゃんにはいつも助けられてるからさ…もしまゆに何か出来ることがあったら言ってね」
 「うん。ありがとう」
 恐らく、まゆ先輩も僕と同じように感じたのだろう。たぶん、春香も僕とまゆ先輩と同じことを感じたと思う。
 だが、りっちゃんさんがこれ以上何も言わなさそうだったので、無理に話を聞くことは誰もできなかった。

 その後、僕たちはまゆ先輩の車に乗ってアパートに帰る。今日はまゆ先輩とりっちゃんさんがお泊まりに来る日だ。まゆ先輩とりっちゃんさんがお泊まりに来ると言っても今日の目的は春香とまゆ先輩、りっちゃんさんが3人で女子会をすることだ。僕は邪魔になりそうなので帰ったら自分の部屋に引き籠ることにする。
 アパートに帰り、4人で夕食を食べて軽くお話しした後、僕は1番にお風呂に入ってさっさと自分の部屋に入った。
 部屋の中で適当にスマホをいじっているとリビングから楽しそうな声が聞こえてきて女子会を楽しんでいることがよくわかった。
 しばらくして僕は部屋の電気を消してベッドに横になった。女子会の方も先程より音量が下がりそろそろお休みモードかな?と思っていたら隣の春香の部屋が開いた音がした。おそらく春香の部屋の布団をリビングに運んでいるのだろう。僕はそっと目を閉じて眠りに就いた。

 ピロリン…
 僕が眠り始めて1時間ほど経ち、僕はスマホの通知で目を覚ました。おやすみモードにするのを忘れていたな…と思いながらスマホを確認するとりっちゃんさんからLINEが届いていた。
 「りょうちゃん、まだ起きてる?」
 というりっちゃんさんからのLINEを見て僕は起きてますよ。と返事をするとすぐに既読が付き、今から部屋に行っていいかな?と聞かれた。何故だろう…と思いながら僕はいいですよ。と返事をした。
 するとすぐに部屋の扉が軽く叩かれたので僕は部屋の電気を付けて部屋の扉を開けてりっちゃんさんを部屋に入れる。
 とりあえずりっちゃんさんには部屋のクッションに座ってもらい、何故部屋に来たのか理由を尋ねた。
 「りょうちゃんさ、前にまゆちゃんと春香ちゃんと3人で曲を合わせていた時のこと覚えてる?」
 「『夢海の景色』ですか?」
 「そう」
 「はい。覚えてますよ」
 忘れるはずがない…まゆ先輩の熱量を…まゆ先輩の想いを……
 「あの時のまゆちゃんの演奏…私にはすごく熱く感じた。炎のように熱く感じたけど…炎の色は赤色じゃなくて青色みたいに感じて…なんか聴いてて儚くなったんだよね」
 何を言っているのだろう…僕には理解できなかった。りっちゃんさんの感覚の説明はよくわからないが、まゆ先輩の音が少し儚く聴こえたことは同意できる。あの時はたしかに儚く聴こえた…だが、今思い返すと…そうではない気がする……不思議な音の感覚だ。
 「あの音には熱量が込められていた…まゆちゃんのりょうちゃんへの想いが熱量になっていた。だから、私には儚く聴こえた。それは叶わない想いだと思っていたから…」
 まゆ先輩の想いが熱量となり音となって表現されていた。そのことはよくわかる。
 「私は、今、まゆちゃんの音を聴いたら儚さは感じないと思う。りょうちゃんは春香ちゃんとまゆちゃん、2人を選んだから…」
 それも共感できた。あの時、少し儚く聴こえたまゆ先輩の音はあれからどんどん成長して、前よりも美しく響く音に変わって、聴いていて心地よく感じるからだ。
 「もしも…もしも…だよ。りょうちゃんが春香ちゃんとまゆちゃん、どちらか一人としか結ばれない選択をしたら、今、2人の音…春香ちゃんとまゆちゃんの音はどうなっていたと思う?」
 りっちゃんさんはこれが本題と思わせるような真剣な表情で僕に尋ねる。春香とまゆ先輩、片方としか付き合わなかった場合、選ばれなかった方はどうなるのか……
 考えたくもない…春香もまゆ先輩も幸せになって欲しいからこの道を選んだ。
 だから…考えたくない…どちらかが幸せになれなかった選択肢のことを……だが、りっちゃんさんは答えを求めたのだった。







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